第5章 【 甘々でビターな文化祭(10月~11月編 】
第195話 『 ミケ先生! 見えてる! パンツ見えてる! 』
今日は日曜日だが、前日調子乗って絵を描き続けていたら起きたのは昼過ぎだった。
「ふあぁ……おはようっす、金城くん」
「あ、おはようございますミケさん……ってわあああ⁉」
大きな欠伸をかくミケの耳元に突然、悲鳴が聞こえてくる。
何事かと小首を傾げれば、金城は顔を真っ赤にしながら両手で覆っていて。
「みみみミケ先生! なんですかその恰好は⁉」
「何って……いつもと同じじゃないっすか」
動きやすさ重視のラフな格好。
平然と答えれば、冬真は「そういう事じゃなくて‼」と叫んだ。
「ズボンを履いてください!」
「……ズボン?」
はて、と首を捻り視線を下げると、なるほど冬真が赤面する理由が分かった。
今のミケの恰好は、ぶかぶかのパジャマ一枚とパンツだけを身に着けている
だけの無防備な格好だった。
少し身体を揺らせばしま柄のパンツが見える状態だが、当の本人は冬真に見られることを全く気にしていない上に羞恥心もなかった。なんなら日頃のお礼に見せても、と思ってるくらいだ。
「金城くんは初心っすねぇ。たかがパンツが見えるくらいで動揺しちゃって」
「誰だって同じ反応しますよ⁉」
「私のパンツに需要はないすっよ?」
「大アリですよ⁉ というかなんでミケ先生は全く恥じらいがないんですか⁉」
自分に魅力がないことを知っているからである。
まぁ、冬真が狼狽するのもある意味では健全な反応なのだろう。
こういう女性の無防備な格好はヲタクなら誰しも萌えるもの、とミケはそれには共感する。
「いいすっよねぇ。大きめのパジャマとパンツだけを纏った女性の姿って。こう、性欲を刺激する感じがたまんねぇっす」
「分かってるなら早く着替えてくださいよ⁉」
「まぁ私は論外っすけど」
「なんで⁉ ミケ先生だってれっきとした女性でしょう⁉」
「女性にしては恥じらいというものも乙女心も持ってない気がするんすけどねぇ」
己の肘を抱いて真剣に考える。
下着に拘りもなければ、見られてもどうでもいいと思っている。なんなら冬真には裸も見せていいくらいだ。
羞恥心が薄い、といえばそうかもしれない。まぁ、流石にこの姿を全く知らない赤の他人に見られるのは抵抗はあるが、美月や詩織、晴には見せても問題ないと思っている。慎は生理的にNGで。
そんなことを腰を揺らしながら考えていれば、当然チラチラとパンツも見えてしまって。
「ミケ先生! 見えてる! パンツ見えてる!」
「サービスとして見せてあげましょうか? ほれほれ~」
「何のサービスですか⁉ 要りませんよ⁉」
全力で拒否してくる冬真。うむ。やはりミケには女性としての魅力はないらしい。
こういう時男性って食いつくのでは、と現実離れしてしまったヲタク思考のせいで冬真の心の叫びはミケには届かなかった。
そろそろ金城くんに怒られそうだな、と悟るとミケは一拍吐いて、
「それじゃあ、顔洗って着替えるっすかね」
「やっと着替えてくれる……そうだ、ミケ先生」
んんっ、と背を伸ばしていると冬真に声を掛けられた。
振り返ると、冬真は顔を手で隠したまま、その隙間をわずかに開けながら聞いてきた。
やはり興味あるのか、と思惟していると、
「朝ご飯、どうしますか?」
どうやらミケの反応を知りたかっただけらしい。
しゅん、としながらもミケは己の肘を抱いた。
「そうっすねぇ……」
時刻は既に正午。今日は身体も元気なので、軽食よりもしっかりとしたものを食べたかった。
うん。
「あれ食べたいっす。ベーコンに目玉焼きが乗っかったやつ」
「分かりました。それじゃあ、すぐに用意するので、ミケ先生は支度済ませて待っててください」
「はいっす」
敬礼すれば、冬真はふふ、と微笑を浮かべた。
それから、立ち上がった冬真と少しの間だけ一緒に歩く。
「いやはや、本当にいつもありがとうっす金城くん」
「気にしないでください。それが僕の仕事ですし、お給料も貰ってますから」
「キミには働く才能があるっすねぇ……羨ましいぃ」
「それを言ったらミケ先生だって凄い才能を持ってるじゃないですか。まさに神が与えたものですよ!」
「にゃはは。なんだか照れるっす」
「……照れたミケ先生めっちゃかわえぇ」
休日は好きだ。
こうして、まったりとしながらも賑やかな時間を過ごせるから。
彼が来てから、そう思えるようになった。
自分の為にご飯を作ってくれて、文句も言わず懸命に働いてくれる。
優しい笑みを見ると、不思議と気力も湧いて来る。
――いつまでもこの時間が続けばいいなと、そう思える心に。
何故か、ちくりと痛みを覚えた。
▼△▼△▼▼
「もぐもぐ……うまぁ」
豊潤な香りに食力をそそられながら食べて進めていくミケ。
そんなミケを冬真は微笑ましそうに見守っていた。
「金城くんはお腹空いてないんすか?」
「はい。実は僕もいつもより遅く起きちゃって。だから朝ご飯食べるの遅かったんですよね」
どうやら此処に来たのは一時間くらい前らしい。
ミケが起きるまでの間は部屋の掃除をしてくれてたそうだ。
ぺろっ、と指についたマヨネーズを舐め取ると、
「そうだ金城くん。部屋の片づけが済んでるならご飯の後ポーズ撮るの手伝ってもらっていいっすか? ちょっと一人で角度取るのが難しくて」
「……ええと」
「?」
懇願すれば、冬真は複雑な表情を浮かべた。
いつもは前のめりに頷いてくれる彼が眉間に皺を寄せるのは珍しい。
はて、と小首を傾げると、冬真は頬を掻きながら言った。
「ごめんなさいミケ先生。僕、実は今日これから用事ができてしまって……」
「用事っすか?」
目をぱちぱちと瞬かせれば、冬真はこくりと頷く。
「そうなんです。断ろうと思ったんですけど……でもせっかく誘ってくれたのに断るのは申し訳ないというか、学校でよからぬ噂が流れてしまうのではないかと思ってしまって、結局『行きます』と返事を送ってしまったんです」
「流石にそれはないと思うっすけど……」
ネガティブ思考過ぎてミケも頬を引きつる。
学校で、ということはつまり彼の友達からの遊びのお誘いなのだろう。今日は休日で日曜日だ。誘うのも無理はない。
それに、いつも頼ってばかりで忘れてしまっていたが、金城はまだ高校生なのだ。
ならこうして絵ばかり描いているダメ女のミケのお世話をするよりも友達と青春を送る方を優先するべき、と一人納得すると、
「了解っす。今日はせっかくの休日なんですし、その用事とやらを優先にしてください」
「でも……」
尚も躊躇う素振りをみせる冬真に、ミケは右手を突き出した。
「たまには羽を休めることも大事っすよ」
自分のことを棚に上げて、ミケは続ける。
「キミは私なんかの為にいつも頑張ってくれてるんすから、ね。だから今日は友達と楽しんできてください」
「――――」
にぱっ、と白い歯を魅せながら言えば、冬真は数秒の葛藤のあと、やがて納得したように頷いた。
「分かりました。それじゃあ、今日はこれで上がらせていただきます」
「はいっす」
「あ、でもせめて食器だけは洗っていきますね」
どこまでも律儀な冬真にミケは呆れた風に嘆息。
「もう……キミは本当に優しい子っすねぇ。でも、ありがとうっす」
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