第192話 『 貴方を誘う特別な衣装ですよ 』


 豪勢だった夕飯と、美月手作りのケーキも食べ終えて、残すは美月をいただくだけとなったのだが。


 ――『少し部屋で待っていてください』


 そう言われてしまって、晴は現在部屋でスマホを眺めていた。


「……なんで待たなきゃならないんだろうか」


 その理由わけも分からないまま時間を潰していると、不意にノック音がした。

『お、お待たせしました』

「? 早く入ってこい」

『わ、分かってますよ』


 扉越しから聞こえる美月の声は、どうしてか緊張が垣間見えた。

 眉根を寄せながらも促せば、数秒の沈黙を経て美月が扉を開けた。


 ――すると、


「ど、どうでしょうか」

「…………」


 潤ませた紫紺の瞳が感想を求めるが、晴は目をぱちぱちと瞬かせたままで空いた口も塞がらずにいた。


 緊張と恥ずかしさで朱に染まった頬。新雪のように白く、華奢な身体が纏っていたのは、ベビードールだった。


 なんというか、非常にエロかった。


「あ、あの晴さん。感想をください」

「エロい」

「語彙力ゼロ」


 たしかにその通りだが、晴の感想は端的かつ簡潔だろう。


 その衣装では美月の立派な双丘を隠しきれておらず、思わず手を突っ込んでしまいたくなるほどの荘厳な谷間が生まれている。レースから覗く健康的な肌も、男の欲望ロマンを擽ってくる。


 可愛らしく、そして何よりも妖艶だった。


「頑張って着てみましたが、これ結構恥ずかしいですね」

「だろうな。その服、男を悩殺する目的で作られてるから」

「そういう目的で作られてる訳ではないと思いますけど……」

「でも今夜はその為に着てくれたんだろ?」


 挑発的に問い掛ければ、美月は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 頑張って着てみた、という言葉の時点で既に美月の真意が理解できる。


「ほら、いつまでも立ってないで隣座れ」

「い、いきなり襲わないですよね?」

「それは分からない」


 正直、今すぐにでも抱きしめたかった。

 ただ、もう少し美月のベビードール姿を堪能したい自分もいるのも事実で。


 高揚する感情をいつまで抑えられるかは分からないが、それでも美月はこくりと頷いたあとにゆっくりと晴の隣に座った。


「い、いつでも抱かれる覚悟はできてますからね」

「なに今更緊張してるんだ。それなりにしてるだろ」

「こんな明らかに貴方を誘っている恰好をしてるって自覚をすると緊張もするんですっ」

「なら無理しなくていいのに」

「だって、貴方に喜んでもらいたかったんですもん」


 そんな風に言われたら喜ばない男はいない。


 晴だって例外ではないし、それに最愛の人が自分の為に頑張ってくれたと思うと余計に愛しさが込み上がってくる。


「可愛いぞ」

「えへへ。なら着た甲斐があります」


 素直な気持ちを吐露すれば、美月は嬉しそうにはにかむ。

 それから息を整えると、紫紺の瞳が真っ直ぐに晴を見つめて告げた。


「さっきも言いましたが、いつでも覚悟はできてますからね」

「分かってる。俺も、そろそろ我慢できないから」


 さっきから、心臓はずっと高鳴って美月を求めている。

 触れて、触れ合って――満たされたい。

 そんな欲望に駆り立てられて仕方がなかった。


「……はぁはぁ」


 まだ何もしていないのに、美月の吐息は荒くなっていく。どうやら、既にやる気スイッチが入っているらしい。


「先に言っておくが、今日はお前に無理させるかもしれん」

「ふふ。どうやらこの姿は貴方に効果覿面だったみたいですね」

「あぁ。早くお前を抱きたい」

「どうぞお好きに。今日は貴方の誕生日ですから」

「じゃあ、言葉通り好きにさせてもらうな」

「――ぁ」


 手に頬を添えれば、美月は晴の真意を読み取ってゆっくりと瞼を閉じていく。

 晴も目を閉じた。


 その暗闇の世界に数秒後。柔らかな感触と熱が広がった。


「――んんっ」


 ぐっと美月の唇に自分の押し付けて、息を継ぐタイミングで彼女の口内に舌を入れていく。


「はぁむ……んぅ……あっ」


 舌に触れると、美月も待ち望んでいたかのように己の舌を絡ませてきた。


 熱い吐息を送り合って、互いの唾液を交わせる。


 大切に、込み上がる愛しさを伝えるように抱きしめれば、ギュッと強く美月も抱きしめ返してきた。


 ――もっと。

 ――もっと。


 お互いがお互いを求めて止まないから、興奮は収まらない。


 ありがとう。


「「――んんっ」」


 全身で妻に感謝を伝えれば、妻も全霊を尽くして愛を伝えてくる。

 満たすことがこんなに幸せで、満たされることがこれ程に至福なのだと、晴は初めて知って。


「――ぷはぁ……誕生日おめでとう、晴さん」

「――あぁ。祝ってくれてありがとな、美月」


 息継ぎの間にそんな言葉を贈り合って。

 夫婦は再び愛情を注ぎ合った。


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