第191話 『 誕生日おめでとうございます 』
月も替わり、十一月に入った。
そんな、朝の日のことである。
「――ん」
アラームの音に意識が覚醒して瞼を開けると、眼前に女神――ではなく美月がジッと晴のことを眺めていた。
「おはようございます。晴さん」
「おはよう」
淡泊に挨拶を返して、
「今日バイトは?」
「…………」
「?」
尋ねれば美月は何故か不服そうな表情を浮かべていた。
はて、と眉根を寄せる晴に、美月はジト目を向けてくると、
「貴方、もしかして大事なこと忘れてませんか?」
そんなものはなかったはずだ。
「今日はどこか出掛ける予定でもあったか?」
「はぁ。呆れました」
「なんだよ」
不満げに口を尖らせれば、ため息をこぼした美月は「いいですか」と前置きして、
「今日は何の日ですか?」
「休日だ」
「休日は休日ですが……貴方にとって特別な日じゃないんですか?」
「はて?」
考えるも、やはり分からない。
そんな晴に、美月は諦観を悟ったように何度目かのため息を吐いたあと、答えを教えた。
「今日は貴方の誕生日でしょう」
「……あぁ」
思い出した。
「あぁ、って……自分の誕生日忘れるなんてありえますか普通」
「あんまり自分に興味ないからな」
「興味あるのは小説ばかりですからね」
その通りで何も言い返せない。
でも、美月のおかげで思い出すことができた。
「そうか。今日は俺の誕生日だったか」
「何となく忘れてるかな、とは思っていましたが、まさか本当に忘れているとは思いませんでした」
お祝いの連絡とか来なかったんですか? と問われて首を縦に振る。
「貴方友達少ないですもんね」
「友達なんて片手分いれば十分だろ」
「五人もいないくせに」
「い、いるぞ」
反論しようとして脳裏に友人を数えようとすれば、虚しくなったので止めた。
兎にも角にも、だ。
「誕生日か……特にやることないな」
「私はたくさんありますよ。今日の為に色々と準備してたんですから」
「ほう。それは期待していいやつか?」
当たり前でしょう、と美月はくすりと笑いながら言った。
「私の誕生日は盛大に祝ってもらいましたから、今日はたっぷりとそのお返しをしないと」
「気にしなくていいのに」
「私がしたいんです。あんなに幸せな誕生日を送れたんですから、今度は私が貴方を幸せにさせないと」
「一緒にいてくれるだけで満足してるんだが……」
「ならもっと満足させてあげますよ」
ふふ、と微笑む美月。
美月の誕生日の時は、晴の時間を全部使って祝った。本人はそれくらいやらないとダメな気がしたからやったまでなのだが、どうやら美月にとっては最高の誕生日だったらしい。
だから今度はそのお礼にと、美月も自分の全部の使って祝うつもりようで。
「まずはお誕生日おめでとうございます」
「ん」
「それから、今日はなんでも言うこと聞いてあげますからね。どんな要望も応えてあげます」
なんて贅沢だろう。そう思いながら、晴はそんな妻に早速願いを聞いてもらった。
「なら、もうしばらくこのままでいさせてくれ。布団が気持ち良すぎて出られん」
「あらあら。それでうっかり二度寝なんてしないでくださいね?」
「心配ないだろ。もうしばらくしたらエクレアが部屋に入って来るだろうから」
「ふふ。そうですね。ならあの子が来るまで、もう少し一緒に寝てましょうか」
そんな会話を交わしながら、晴と美月はもう少しだけ布団の温もりに浸るのだった。
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