第186話 『 一緒に頑張って元気にさせなきゃね 』
キッチンで晴のお粥を作ろうと準備していると、不意に足元に柔らかい感触が伝わった。
何かと視線を下げれば、
「……エクレア」
『にゃぁ』
美月には一向に懐かないお嬢様な猫が、どういう訳か美月の足元で鳴いていた。
かがめば、金色の瞳が何かを訴えかけているように感じて。
「どうしたのエクレア?」
『にゃぁ』
もしかしたらお腹が空いたのだろうか、と思い「ご飯?」と聞けば、エクレアはふるふると首を横に振った。
どうやらご飯ではないらしい。
『にゃぁ』
先程からずっとか細く鳴いているエクレアに、美月は小首を傾げる。
「私とご主人様との邪魔するな……という訳ではないみたい」
『にゃ』
色々と彼女の真意を探ろうと思案してみるも、そのどれもが否定される。
いつもは触ろうとすれば嫌がって逃げるのに、今日は頭を撫でても逃げる気配がない。
ひょっとしたらこの子にも風邪が移ったのだろうか、そう思惟した瞬間。美月は「あっ」と声を上げた。
「もしかして、晴さんのことが心配なの?」
『にゃぁぁ』
正解らしい。
そういえばエクレアはずっとリビングにいたことを思い出すと、もしかしたら晴に「風邪が移るかもしれないから入っちゃダメ」みたいなことを言われたのかもしれない。
それを律儀に守るエクレアはやはり賢いな、と苦笑を浮かべながら、美月は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。あの人わりと元気だから。すぐに治るよ」
『にゃぁ』
本当? と言っている気がした。
「本当だよ。心配してありがとうねエクレア」
『にゃ』
べつにそんなつもりじゃないわっ、とツンデレみたいな態度をとるエクレア。
相変わらずお嬢様然としている我が家の
「私が帰って来るまで、晴さんのことを看ててくれてありがとうね」
『にゃ』
「貴方の大好きなご主人様は私が責任を持って元気にしてあげるから」
『にゃ』
おねがい、と鳴いた気がして、美月は目を瞬かせる。
美月の言葉を聞いて、エクレアの垂れ下がっていた尻尾がゆらゆらと揺れた。
期待。あるいは応援してくれているように感じて、美月はふふ、と笑みがこぼれた。
「晴さんが元気になったら、その時は私にも多少は心を開いてね」
『にゃっ』
「……貴方と私は前世で恋人でも奪いあってたのかな?」
それは無理ね、と言われた気がして、美月は頬を引きつらせる。
ここまで相性が悪いといっそ奇跡な気がしてきた。
どこまでも美月に懐こうとしないお嬢様に辟易とするも、それでも珍しく美月に頭を撫でさせてくれているエクレア。どうやら今は休戦中らしい。
「貴方が大好きなご主人様は、私も大好きだから、一緒に頑張って元気にさせなきゃね」
『にゃっ』
「あら、珍しく協力してくれるの?」
『にゃにゃ』
乗り気ではなさそうだが、鳴いてくれたということは手伝ってくれるのだろう。
ならば二人で。否、一人と一匹で、大好きな人を精一杯看病してあげよう。
「頑張ろうね、エクレア」
『にゃっ』
「……それはどっち?」
肯定にも、否定にも聞こえた鳴き声。
眉根を寄せる美月に、エクレアはご満悦げに尻尾を揺らして。
「まぁ、どっちでもいっか」
結局、自分たちで晴を元気にすることは変わりない。
そう理解して、美月は立ち上がる。
まずは美味しいご飯を作ってあげないと。
両脇を引き締める美月の足元に、エクレアもやる気をみせながらついて来るのだった。
―――――――――
【あとがき】
風邪を引いた晴の看病回。ではなく、実は美月とエクレアが仲良くなる回でした。そんな訳で美月とエクレアはちょっと仲良くなりました。ちょっとだけね。
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