第183話 『 風邪ですか? 』
「おはようございます、晴さん」
「……おはよう」
「――?」
平日、朝。いつも通りに挨拶を交わすも、美月はほんのわずかに違和感を覚える。
それを覚えた直後、晴は淡泊に言った。
「今日朝ご飯いらない」
「珍しい」
美月は目を瞬かせた。
気分なのか、とも思ったが、いつも朝食をしっかり摂る人なのでそれはありえないと自らの思案を否定する。
「もしかして、体調悪いんですか?」
それ以外ないだろうと直感して問えば、晴は「少しな」と返した。
「頭痛がする程度だ。また寝ればすぐ治る」
「心配ですねぇ」
晴と共に生活を初めてから初めてみせる体調不良に、美月も眉間に皺を寄せる。
食べることが好きな晴が食事を避けるのは、意外にも重症な気がした。
「念の為、熱計っておきましょうか」
「そう言うと思って先に計測しておいた」
「何度でした?」
「37・1分だった」
「……微熱ですね」
自分の体調も慮れるようになった晴に胸中で感嘆としつつ、美月はその答えに顎に手を置いた。
それから近づけば、晴の額に手を当てる。
確かに晴の言う通り、熱はなさそうだった。
「食欲はないんですよね?」
「食べられる気がしない」
「分かりました。本当はご飯食べて薬を飲んで欲しいところですけど、貴方がそう言うなら無理強いはよくありませんね。あ、でもヨーグルトくらいなら食べられませんか?」
固形食ではなく流動食ならどうか、と訊ねれば、晴はこくりと頷いた。
「それくらいなら食べられる」
「良かった。すぐに用意しますので、座って待っててください」
「助かる」
「妻なんですから、夫を気遣うのは当たり前でしょう」
そうでなくとも心配は誰だってする。
まぁ、相手が相手だから余計に心配にはなるが。
自分の夫は放っておくと無茶をする性格なので、自分がしっかり見てあげないといけない。
「とりあえず、ご飯を食べて少ししたら薬を飲みましょう。あと、今日は絶対安静。私が学校に行ってる間に執筆なんてしたら許しませんからね?」
「寝て元気になったら書かせてください」
「だめ。今日は絶対安静」
有無を言わさぬ圧に、晴はしゅん、と項垂れながら「分かりました」と頷いた。
▼△▼△▼▼
「それじゃあ、私はもう学校に行きますけど、本当に安静にしててくださいね?」
「分かってるよ。今日は書かない……たぶん」
信用ないなぁ、と思いながら肩を落とせば、美月は晴の足元にエクレアにもお願いした。
「いい、エクレア。この人が執筆しようとしたらすぐ邪魔してね」
『にゃぁ』
いつもは美月の話など一向に聞かないエクレアも、晴の身の安全となれば素直に協力してくれるらしい。
これなら晴は絶対に書かないだろう、と安堵するものの、やはり不安は胸に残る。
「もし辛かったらメールください。早退してきますので」
「心配し過ぎだ。俺は男だし成人してるんだぞ」
「男で成人しても病は罹るんです。どうするんですか、一人の時に倒れたら。私が帰って来て死体が家に転がってる、なんて状況勘弁ですからね」
「そこまで軟弱ではない」
「はいはい。貴方が頑丈なのは分かりましたから。とにかく、何かあったら連絡してください」
適当に流せば晴は不服げに口を尖らせる。
強めの口調で「いいですか?」と返事を求めれば、弱々しい口調で「分かりました」と返って来る。
やっぱり心配だ、とため息をこぼしながらも、美月は靴を履いた。
「では行ってきます。今日はなるべく早く帰ってきますので」
「ん。じゃ行ってこい」
「行ってきます」
晴がこんな状態では今日はワガママを言えないな、と内心で呟きながら、美月は玄関を開けた。
最後まで手を振ってくれる晴と珍しく美月を玄関先まで見届けていたエクレアに小さく手を振り返しながら、美月はパタンと玄関を閉じた。
「はぁ。心配だなぁ」
こんなに学校に行くのが憂鬱なのはいつ以来だろうか。
美月は何度も後ろを振り返りながら、学校へと向かうのだった。
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