第182話 『 いつか絶対。家族で遊びに来ましょうね 』 


「でもまさか、貴方がそんなことを悩んでたなんて予想外でしたよ」


 手を繋ぎながら帰路につく最中、美月がくすくすと笑いながら言った。

 悪かったな、とバツが悪い顔をすれば、美月は愛し気に双眸を細めた。


「でも、私のことをそんなに大事に想ってくれていたのは嬉しいです」

「お前は妻なんだから当たり前だろ」

「貴方の当たり前が私にとっては幸せなんですよ」

「安い幸せだな」


 微笑を浮かべれば、美月は「安くありませんよ」と紫紺の瞳を揺らしながら返した。


「貴方が私を大切に想ってくれるなら、この先も何も問題ありません。好きなだけ小説を書いて、そしてそれと同等の愛情を私にください」

「善処する」


 苦笑交じりに答えれば、美月は「言質取りましたから」と微笑む。


「では今夜はさっそく一緒にお風呂に入るということで」

「家に帰ったら書くつもりだし、ひと段落つくのが何時か分からないぞ?」

「構いませんよ。約束してくれるなら、いつまでも待ち続けます」

「ふ。なら頑張らないとな」

「無茶は禁物ですよ?」

「安心しろ。今は気分がよくて調子もいい。この分なら三時間もあれば余裕で終わる」

「流石は天才作家さん」


 挑発的に言う美月に、晴は「自覚してる」と謙遜せず答える。


 そんな晴に美月は呆れるも、こうして迷いなく肯定できるのは誰でもない美月のおかげだった。


 先の妻の言葉が、小説家ハルの道を照らしてくれたのだ。だから、これからも晴は躊躇わずに突き進める。


 自分のやりたい事。自分の書きたい物語――それを実現できる才能を、晴は既に持っている。

 今は、アイディアが溢れて止まらない。


「お前との時間を大切にしながら小説を書くのも悪くないな」

「ふふ。どうしたんですか藪から棒に」


 自然とそんな言葉がこぼれれば、美月は不思議そうな顔をする。

 晴を見続ける優しい目。その愛しさに触れながら言った。


「いつか、俺たちもあんな風になれればいいな」

「あんな風に?」


 晴の言葉に眉根を寄せる美月が、視線を逸らす。そして、晴と同じ光景に顔を向ければ、


「――ぁ」


 晴と美月の視線の先。そこには、公園で楽しそうに遊んでいる親子の姿があった。

 父と母とそして子ども。三人が仲睦まじく、平和な時間を営んでいる光景を。


「晴さん、少し気が早すぎでは?」

「まぁ数年先ではあるがな。でも、いつかは出来るかもしれないだろ」


 晴の言葉を理解した美月が困った風に言うが、現実的に起こり得る話だ。


 美月とはそれなりに夫婦の営みの回数が多い。今だって、しっかりと避妊しているから〝その〟可能性が低いだけで、なくはないのだ。


「私まだ高校生なんですけど」

「だからしっかり配慮もしてる。でも、お前は絶対欲しいんだろ?」

「当たり前です」

「高校生がそれに強く頷くのもどうかと思うがな……」


 肯定する美月に晴は頬を引きつらせた。


 高校生でこんな話をするのも珍しいが、まだ未成年であるうちから子どもが欲しいと真面目に答える高校生はもっと珍しかった。


「お前はもっとこう、自分の人生を楽しんでいいと思うんだが」

「私は私で楽しく過ごしてますよ。貴方と過ごすのも楽しいし、chiffonで働くのも好きです。友達と遊ぶのも楽しいので……充分人生を謳歌してます」

「お前、俺より人生エンジョイしてんなぁ」

「晴さんももっと人生エンジョイするべきでは?」

「俺はこれくらいが性に合ってるんだよ」


 小説ばかり書いていた人生だが、こんな生き方も悪くないと思える。そのおかげで、こうして最愛の人と巡り会えたわけだし。


「私はいつでも覚悟できてますからね」

「高校生なのに立派なことで」


 覚悟、というのはつまり母親になる覚悟だろう。


 本当に強かな女性だ、と改めて美月に脱帽させられながら、晴は華奢な手を強く握った。


「まぁ、もう少しこの時間を楽しむのも悪くないだろ」

「ふふ。そうですね。子どもは授かりものですから。気長にイチャイチャしながら人生を楽しみましょう」

「ふっ。そうだな」


 少なくともあと一年、二年くらいは、美月の言う通りの時間を過ごすことになるだろう。


 ゆったり、けれど時々忙しない時間を過ごしながら、美月との愛を深められればいい。


 そんな願いを胸に宿しながら並木道を歩く。


「いつか絶対。家族でこの公園で遊びに来ましょうね」

「――あぁ。そうだな」


 穏やかな声音に、晴は微笑をこぼして頷く。

 こうしてまた一つ。新たな約束と叶えたい夢が生まれた――。


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