第178話 『 ムカつくけど、晴は何を書いても面白いからな 』
「てか晴、俺に相談があるとか言ってなかった?」
「あぁ。そうだったな」
会話もひと段落ついて、慎の言葉に晴はこくりと頷きながらバッグからとあるものを取り出した。
「……なにこれ?」
「プロット」
淡泊だが、同じ作家である慎はすぐに理解したように吐息した。
「例の新作?」
「いや、まだそうするかどうかは決めかねてる」
「だから俺にも見て反応が欲しいと」
「理解が早くて助かる」
「俺もよく晴に見てもらってるからねぇ」
慎とは互いに作品の改善点を探しあう仲でもあるので、彼は特に訝しむことなくプロットを手に取った。
「短編にするの?」
「これは長編にする体で進めてる」
ふーん、と慎は生返事。
一枚目を凝視しながら慎は晴に訊ねる。
「これジャンルは?」
「ダークファンタジー系」
珍しい、と慎が小さく呟く。
「初めてなんじゃない? 晴がそういうジャンルに手を出すのは」
「ネットにはちらほらとではあるが上げてる」
「反応は?」
「……普通」
「まぁ、晴は恋愛系が面白いって
苦笑する慎に、晴はもどかしいと言いたげに眉間に皺を寄せる。
ネットで小説を投稿するとはまさしくギャンブルのようなもので、一つ人気作が生まれてそれが書籍化したとしても、他作品は全く読まれない、なんてことはよくあることだ。
運も実力のうち、ということわざがあるが、それはただ単に豪運な者のことを指すのではなく、幸運を掴み取るだけの実力を手にしている者に与えられたことわざなのだと、晴はそう思っている。
努力なくして手に入れた幸運とは、案外メッキのように簡単に剥がれるものだ。
晴の実力がメッキではないことを当の昔から既知している友人は、悔しそうに奥歯を嚙みながら呟いた。
「ムカつくけど、晴は何書いても面白いからな」
「自覚してる」
「うざっ⁉ 一気に読む気失せたわ」
「そういう言わずに読んでくれ」
はいはい、と慎は呆れた風に返事した。
それから数分程時間が立って、一枚目が捲られた。
「設定としてはかなりよく纏まってるじゃん。コンセプトもしっかりしてるし、この世界観と設定も晴の読者層とマッチしてると思うよ」
「そうかな」
いつからか二人、真剣な顔になっていた。
曖昧に返事した晴に、慎は眉根を寄せる。
「なんで不安なのさ。戦闘描写も資料程度に作ったと思うんだけど、よく書けてるよ。臨場感も伝わってくるし、主人公とメインヒロインの戦闘中の会話も面白い」
「ふむ。だけど書いてて納得いかないんだよな」
「晴は世界観的に戦闘描写はあまり書かないから仕方ないでしょ」
「だからこそアドバイスが欲しんだ」
やはり経験から戦闘描写では慎の方が達筆なので意見を求めれば、慎は「そうだな」と顎に手を置いて答えた。
「臨場感は伝わってくる。でも、俺だったらもう少し読者に分かりやすい描写を加えるかな。……例えばだけど、このシーンはどういう情景をイメージしてるの?」
「ここはヒロインの攻撃が通らないで苦戦してる描写だ」
「ならもっと迂遠な言い回しをせずシンプルでもいいかもね。ええと……【二度、三度立て続けに剣撃を浴びせる。しかし、装甲には傷一つ付いていなかった】とか」
「なるほど。参考にさせてもらう」
普段は飄々としているが、こういう適切な指摘を受けるとやはり慎も自身と同じ作家なんだと感服させられる。慎だって、相当レベルの高い作家なのだ。
「ざっと見させてもらったけど……俺はこれ売れると思うよ。晴としては何巻分くらいで完結するイメージ?」
「六、七巻くらい?」
「もっと長くてもいいと思うよ。第一部、第二部に分けたりしてさ」
「あぁ、それはアリだな。……八、いや十はいけるか?」
慎のアドバイスを反芻して、頭の中で設定を修正していく。
その時晴の身に起こっているのは、膨大な
こうなればしばらくは、誰の声も耳朶に届かなくなる。
「これを……こう……あぁ、こうすればもっと面白くなるか」
ぽつぽつと独り言を呟いているのは、晴がまさに今、新たな世界を創りだしている証拠だった。
そこに、一切の介入はない。
だから、慎の嫉妬を宿した言葉も、晴には届かなかった。
「それですぐ設定を修正できるお前はやっぱ化け物だよ……あ、もう聞こえてない」
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