第177話 『 これまで通り定期的にあってやるよ 』


「うい、美月から土産だ」


 淡泊に言ってテーブルの上に紙袋を置けば、慎は「あぁ」と声を上げた。


「そういえば美月ちゃん、先週修学旅行だったんだっけ?」

「そうだ」

「どうだった、愛しの奥さんがいない数日は?」

「家が大きく感じた」

「それはつまり寂しかった、ってことかなぁ」 

「……想像に任せるよ」


 ニヤニヤと不快な笑みを浮かべている慎に腹立たしさを覚えるも、それは顔には出さずカフェオレを飲む。

 晴の沈黙を肯定だと受け取った慎は、たださえ不快な笑みをさらに深くして。


「晴くんたらもうすっかり美月ちゃんの虜ですなぁ。妻がいないと寂しいとか……くくっ、キャラがブレブレじゃないですか」

「どんなキャラだ。つか、俺を揶揄い続けるならこの土産は没収するぞ」

「やだやだ⁉ 俺も沖縄味わいたい!」


 ひょい、と手を伸ばせば、慎は慌てて紙袋を抱き寄せた。

 その様があまりに幼稚に見えて、晴は『子どもか』と内心でため息を落とす。

 それから、慎は未だにお土産を抱きしめながら「でも」と前置きすると、


「いいなぁ旅行。俺も詩織ちゃんとどっか行こうかな」

「行くにしても旅行シーズンに入るから予約厳しくないか?」


 そろそろ深緑が紅葉へと変わっていく季節だ。宿やホテルの予約もちらほらと埋まりつつあるだろう。


「だよなー。……でも行きたいなぁ」

「日帰りでもいいなら行けば?」

「日帰りは味気ないでしょ」


 それもそうだ、と慎の意見に納得する。


 温泉や観光地に赴くなら、どうせならそこで味わえない景観を思う存分堪能したいと思う。小説の世界観創りにも役立つし。


「晴は美月ちゃんと行かないの?」

「一応、そういう計画は立ててる」

「意外。家大好きなお前が遠出したいと思うとは」


 目を丸くする慎に、晴は心外だと鼻を鳴らす。


「俺だって遠出くらいできる。ただ準備に時間が掛かるだけだ」

「お前は行く前は面倒だって言い続けるもんな」

「事実面倒だ」

「まぁ準備に時間が掛かるのは分かるけどさ……だけどその開き直った態度腹立つわぁ」


 凛然とした目で答えれば、慎はやれやれと肩を落とす。

 基本、晴のスタンスは小説の為だが、それも今や昔の話である。

 今の晴には、隣で支えてくれて笑ってくれる人がいる。

 彼女の為なら、重い腰を持ち上げるのも悪くないと思えた。


「準備が面倒なことに変わりないが、そこでしか味わえない景色を楽しめるなら多少の労力は掛けてもいいと今は思える」

「ふはっ。まさか晴がそんなことを言うなんてね。それも全部、美月ちゃんのおかげかな」

「あぁ。アイツが引っ張り出してくれるおかげだ」


 感慨深そうに吐息する慎に、晴も素直な気持ちを吐露する。

 晴の怠慢な性格も、しっかり者の妻によって少しずつに改善されつつあった。


「本当に晴は美月ちゃん大好きだね」

「大好きというよりかは使命感だな。付き合わないと離婚される気がして」

「それくらいで離婚は流石にないでしょ」

「分からんぞ女という生き物は。美月はよく俺が言う事を聞かなかったら「家出しますよ」と脅してくる」

「……それはあの子の愛情が強すぎるだけだと思うけどね」


 慎が何か言うも、小声でうまく聞き取れなかった。

 眉根を寄せていると、慎は「まぁ」と苦笑を浮かべて、


「俺も、お前にはそのくらい強気に出てもいいかもな」

「お前は出るな。調子に乗られると不愉快だ」

「なんでだよっ⁉ もう少し俺と一緒に遊んでくれてもいいだろっ」

「お前の誘いにも応じてるだろ」


 慎とはこうしてこまめに会っているので、意外にも外出量は多いほうだ。

 それに、


「俺としては、こうしてお前の誘いに応じるのはただの息抜きだからなぁ」


 そう呟けば、慎は「でも」と言及してきた。


「最近はその息抜きも多いんじゃない? 晴、猫飼い始めたんでしょ?」

「成り行きでな」


 美月が古典的な猫との出会いを果たした結果、現在晴の家にはエクレアというメスの猫が一緒に暮らしている。


 慎の言う通り、エクレアと触れ合う時間は晴にとっていい息抜きになっていた。


「今度俺にも件のエクレアちゃんに会わせてよ。興味あってさ」

「なら今から家寄れば? 噛みつかれてもいいならだけど」

「……覚悟決めてからお邪魔するわ」


 慎が何かを悟ったように断った。


 べつにエクレアは凶暴ではないのだが、高飛車なお嬢様気質で晴以外には全然懐こうとしないやや難のある性格の猫なのだ。猫好きで言葉も分かるミケは例外だったが、それなりにエクレアと面識がある冬真には未だに警戒している。美月は言わずもがなだが。


 現状晴にだけ過剰に懐いているエクレアに思わず微笑がこぼれると、前の方から何やら感慨深そうな吐息が聞こえて来た。


「なんにせよ、晴の私生活が充実してるなら、そろそろ俺の出番も終わりかな」


 わずかな寂寥感を孕んだ瞳に、晴は目を瞠る。

 それから、ふっと微笑がこぼれると、


「何言ってんだ」

「――――」

「お前はこれからも俺の事情を鑑みずに定期的に誘えばいい」


 こうして慎に誘われるのも、億劫ではあるが悪い気はしない。それに、これも晴にとってはいい息抜きになっている。


 それを吐露すれば、慎は少しだけ嬉しそうな、照れくさそうに頬を掻いて。


「ま、まぁ……晴がそこまで言うなら、俺もこうして誘い続けるけど?」

「そうだな。月に一回くらいのペースで頼むわ」

「少な⁉ これまで週に二回は俺の誘いに応じてくれてたじゃん!」


 途端、涙目で縋って来る慎に、晴は距離を取りながら返す。


「むしろ週2は多いわ。俺だって仕事あるしお前だって仕事あるだろ」

「そんな倦怠期みたいな恋人の話やめてくれよ。俺はもっとお前といたい!」

「……きめぇ」


 上げて落とした影響か、情緒が不安定になってしまった慎。

 そんな慎に呆れながら、晴はカフェオレを飲むと、


「ま、これまで通り定期的に会ってやるよ」


 とどこまでも上から目線な態度で言ったのだった。



 ―――――――――

【あとがき】

一週間早すぎる件について。全然ストックできてねぇよ⁉

そんな訳で掲載再開です。ちなみに一週間はストレスとの戦いでした。仕事だ察しろ。

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