特別編 『 詩織ちゃんの不満 』

【まえがき】

休載中でも番外編を上げることで読者を楽しませていくスタイル。

――――――――――



「慎くん。私たちは今深刻な危機に瀕しています」

「ど、どうしたのさ急に」


 テーブルに肘をついて、いつになく真剣な顔をしている詩織に慎はごくりと生唾を飲み込んだ。

 今日は詩織とお家デートだったが、何やらまったりする空気ではないようで。

カッ、と目を見開いて、詩織は叫んだ。


「最近私たちの出番少なくない⁉」

「…………」


 バンッ、とテーブルを叩いた詩織に、慎は頬を引きつらせる。


 一般的には踏み込んではいけない領域だとは理解しているから慎は詩織と同じ感情を抱きながらも我慢していたが、どうやら詩織は我慢の限界らしい。


「まぁ、俺たちって友人の友達ポジションだし」


 とりあえず詩織を宥めようとすれば、彼女は「うるせぇ!」と怒り出した。


「慎くんはまだいいよ! ハル先生の親友ポジションでそれなりに出番があるから! でも私は⁉ これでも準レギュラー的なポジションだったはずなんですけど⁉」


 ムキー! と地団太を踏む詩織。


「プール回以降目立った出番が特になし! 第四章なんて未だに私出てないんですけど⁉」

「それは仕方ないんじゃないかな。ほら、四章って美月ちゃんが修学旅行に行く回だから。俺たちより美月ちゃんの友達が増えるのは当然だよ」

「他の人たちの出番が増えることに文句なんてないよ! でも私の出番がどんどん減っていくんですけど⁉ 今書いてる原稿にも私の出番なかったよ⁉」


 慎くんはあったのに! と睨んでくる詩織。

 全ては物語を構成している作者が悪いのだが、不満を解消させるのもカレシの務めだと必死に自分に言い聞かせて慎は詩織の背中を撫でる。


「大丈夫だよ。詩織ちゃんにもちゃんと出番は回ってくるから」

「……でも現状、出番が多いミケさんの方が人気なんですけど」


 需要の話をされては慎もどう返せばいいのか困ってしまう。


「み、ミケさんは独特なオーラと金城くんとの絡みが読者に人気だから」

「慎くんはハル先生とのBL展開があるからいいよねっ」

「そんな展開俺欲しくないから!」


 頬を膨らませながら詩織は言うも、慎としては全力でお断りだった。

 晴との回は基本慎がイジメられるだけなので、慎にはメリットがないのだ。

 たまには友情回があっていいのでは、と不満を見せながら慎は詩織に言う。


「俺はミケさんより詩織ちゃんの方が人気あると思うから。だから出番なんて気にしないでよ」

「でも……私だってもっと活躍したい! 読者からチヤホヤされたいのっ」

「それはカレシとしては少し嫉妬しちゃうんだけど?」

「今そんな嫉妬されても嬉しくない」

「酷い⁉」


 真顔で否定された。

 慎としてはかなり勇気を振り絞って言ったのだが、どうやら詩織の心には響かなかったらしい。

 思わず涙が出てしまうも、それに構わず詩織は容赦なく告げた。


「そもそも、慎くんとイチャイチャしたところでハル先生と美月ちゃんには敵わないよ」

「そりゃ、あちらは主人公とメインヒロインですから」


 おまけに読者が目を惹くような運命的な出会いを果たした夫婦だ。

 客観的にも睦まじい仲の晴と美月は、慎も胃もたれするほど甘い生活を送っている。


「――なら俺たちも同棲してみればいいのかな」


 突然、頭にそんな発想が降りてきた。


 慎と詩織の出番が少ないのは二人が一緒にいる機会が少ないからであり、それに友人関係もバラバラだからどちらか一方しか描写されない。


 ならば二人で行動する機会が増えれば自然と八雲夫妻とのエンカウント率も上昇するのでは、と妙案ならぬ逆転の発想を閃いた。


 ぽつりと呟けば、詩織はぱちぱちと目を瞬かせて。


「それだー!」


 と目を輝かせた。


「ふふっ。それなら同棲のお話も書いてもらえるし今後の出番も増える」


 黒い笑みを浮かべる詩織に、慎は「ちょっと待って」と狼狽しながら言った。


「これはあくまで提案だし、出番の為だけに本当に同棲する気じゃないよね?」

「? べつにいいんじゃないかな」


 あっさりと答えた詩織に呆気取られれば、面食らう慎に詩織は白い歯を魅せて続けた。


「だって慎くん。私と別れる気ないんでしょ?」

「――――」


 ぽかん、と開いた口が塞がらなかった。

 たしかに詩織の言う通り別れる気は毛頭ないが、でもこれではある意味プロポーズのようなものではないか。

 そう逡巡する慎に、詩織はにしし、と笑いながら、


「慎くんはどうする? 私と同棲したい? したくない?」


 意地悪な質問だ。

 答えなんて、迷うはずもなく――


「うわっ。ちょっと急に抱きつかないでよ。それで答えはどっちでーすか?」

「……同棲したいです」

「うんっ。しようか」


 出番が増えるとか、そういう事に興味はない。


 慎はただ詩織との一緒にいられる時間が増えればいいだけ。その願いで、詩織の言葉に強く頷けば、彼女も微笑みを浮かべて肯定する。


 もしかしたら、あの人は最初からこの話を書くつもりで今日詩織と自分にこんな話をさせたのかもしれない。


 慎は詩織をギュッと強く抱きしめながら、感謝と嬉しさに浸るのだった。

 かくして、詩織と慎の【同棲回】が決まった瞬間だった。が、それが何時頃描かれるのかはまだ未定だ――


「更新されなかったら、私たちがこの作品乗っ取ろうね」

「それはタイトルが変わるからやめようか⁉」

 

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