第175話 『 貴方と一緒にまったりしたいなぁ 』


 久しぶりの本土は、沖縄と比べて少しだけ寒く感じた。


 やはり沖縄は暑かったな、と感想を胸にこぼしつつ、美月たち月並高校生二年生は学校へ帰って来た。


「うい~。それじゃあ諸君。お家に帰るまでが遠足だぞ」

「先生、遠足じゃなくて修学旅行です」


 美月たちの担任が他の職員に呆れられるという締まらない形で三泊四日の旅は終わりを迎えた。


 解散、の一言を合図に、生徒たちはぞろぞろと歩き出していく。


 美月も帰ろうとしたが、千鶴と可憐の親がまだ迎えに来ていないということでもう少し二人と談笑することにした。


「月曜日は振替休日かぁ~。なんとも最高ですなぁ」

「私は三日間ごろごろする」


 可憐は相変わらずだなぁ、と千鶴と揃って苦笑する。

 でも、可憐の意見には美月も賛同だった。


「そうだね。私も明日はゆっくり休もうかな」


 流石に日曜日はアルバイトがあるものの、土曜日はお家でゆっくりしようと思った。皆へのお土産も日持ちするものを選んだので、焦る必要はない。


「みっちゃんは電車で帰るんだっけ?」

「うん」

「大変だねぇ、そうだ。私の親の車乗ってく?」

「それは嬉しいけど、でも大丈夫。すぐ近くだから」


 千鶴の提案にゆるゆると首を横に振れば、彼女は「そっか」とわずかに物寂しさを顔に浮かべた。


 流石に晴と住んでいるマンションまで送ってもらうことはできないので、大変ではあるが足で家まで帰るしかない。


 でも、家に帰ったら晴がいると思うと、不思議と気力は涌いてきて。


「――それじゃ、電車もあるし私はそろそろ帰るね」

「おう。また来週だなみっちゃん」

「ふふ。可憐は家に帰ったらすぐに寝ちゃいそうだね」


 ふあぁ、と大きな欠伸をかく可憐。飛行機でずっと寝ていたはずだが、やはり疲労は残っているらしい。


「しっかりお風呂に温まること、それが疲れを取る一番の秘訣だからね」

「「はーい。美月お母さん」」

「誰がお母さんよ」


 たしかに今のは母親みたいな言い方だと美月自身も思ったが、自分と同年代から母親と呼ばれるのはなんだか複雑な気分だった。

 頬を引きつらせつつ、美月は一拍置くと、


「それじゃあまた来週ね、二人とも」


 ばいばい、と手を振れば、千鶴と可憐も微笑みを向けて、


「「ばいばいみっちゃん」」


 振り返した手を数秒だけ見届けて、美月は歩き出した。


「…………」


 段々と遠くなっていく校舎からは、まだわずかに生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。

 それも徐々にキャスターと地面の擦れる音の方が強く聞こえてくると――不意に美月の足が止まった。


「――――」


 それは信号機が赤になったから止まった訳でも、友達に声を掛けられたからでもない。


 美月が足を止めた理由は――


「よう」


 目の前に、晴がいたからだ。

 淡泊な返事に、美月は目を瞬かせる。


「……晴さん。なんで」

「迎えにきた」

「なんで⁉」


 驚けば、晴は面倒くさそうに頭を掻いた。


「お前が疲れてるだろうと思って来ただけだ」


 美月の想像していなかった台詞を吐きながら、晴はゆっくりと歩み寄って来る。

 まだ困惑している美月は、視線を右往左往とさせながら呟く。


「晴さんがこんな妻を思いやれる訳ない……ということは、これは晴さんに早く会いたいという欲求が生み出した幻⁉」

「誰が幻だ。実在しとるわ」


 ツッコミながら手刀を入れてくる晴に、美月は「あうっ」と変な声をこぼす。

 それから、晴は微笑を浮かべると美月の頭を撫でた。


「久しぶりだな」

「はい。すごく、懐かしい感じがします」


 大きくて、温かい手。その感触に思わず笑みがこぼれる。


「妻のこと、本当に大好きですね」

「心配して来ただけだ」


 イジワルに言えば、晴はぶっきらぼうに返した。バツが悪そうな顔も随分と久しぶりに見た気がして、胸にじんわりと嬉しさが広がっていく。


「執筆はいいんですか?」

「家に帰ったらまた少し書くつもりだ」

「えぇ。そこは修学旅行から帰って来た妻の思い出話を聞くべきでは?」

「それは晩御飯食べてからでもいいだろ」


 家に帰ったらまずは休め、と彼らしくない発言に思わず笑ってしまった。


「貴方と一緒にまったりしたいなぁ」

「明日すればいいだろ」

「だーめ。家に帰ってからも」

「はぁ。分かったよ、家に帰ったら一緒にくつろいでやる」


 仕方ない、と折れた晴に美月は愛しげに双眸を細める。


「言質取りましたからね。家に帰ったら一緒にまったりする。明日もですよ?」

「少しくらい執筆させてくれ」

「一時間だけなら」

「ゲーム感覚で言うな」


 こんなやり取りも、懐かしく感じてしまって。


「ふ」

「ふふ」


 二人揃って、微笑みがこぼれる。


「晴さん」

「なんだ? ……っと」


 胸に込み上がる嬉しさ。それがついに抑えきれなくなれば、体は勝手に晴を抱きしめていて。


 慌てて抱き止めた夫に、美月ははにかみながら、


「ただいま、貴方」

「あぁ。お帰り、美月」


 たくさんの思い出と共に、美月は夫と共に歩き出した。

 二人の、夫婦の居場所へと――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る