第174話 『 修学旅行楽しかったね 』
――修学旅行最終日。空港にて。
「美月さんはお土産買わなくていいの?」
「うん。あんまり買い過ぎても持って帰るの大変だしね」
お土産売り場ではしゃぐ千鶴と可憐、そして修也を美月と冬真は遠くから見守っていた。
既に【chiffon】と母である華、そして慎と詩織にお土産は買ってあるし、晴と二人で食べる分も買ってある。それも既に、学校側が用意してくれた宅配便を使って配送されている。
「冬真くんの方こそいいの?」
「僕も美月さんと同じで既に買ってあるから。あ、でももう少しミケ先生に買っておこうかな」
「あまり買われても気が引けると思うけど」
「お菓子は喜んでくれるから問題ないよ。ストックはいくつあってもいいから」
ミケだって人なので、当然イラストを描いてる最中もお腹が空く。そんな時によくお菓子を食べるらしい。小袋に包まれているのが特にお気に入りなんだとか。
少しずつミケの性格を知っていく冬真に感慨深さを覚えながら、美月は微笑みをこぼす。
「いい写真も撮れたし、ミケさん喜んでくれるんじゃない?」
「うんっ。早く会うのが楽しみだよ」
「子犬みたいだねぇ」
キラキラと瞳を輝かせる冬真に、美月はつい苦笑してしまう。
まぁ、美月も早く晴に会うのが楽しみなので、そういう意味では彼と美月は同類なのだろう。
「私も修学旅行中に撮った冬真くんの恥ずかしい写真ミケさんに送っておくね」
「いつの間にそんなの撮ったのさ⁉」
「冗談だよ」
スマホを奪おうとする冬真から鮮やかに躱しながらちろりと舌をだす。
冗談、と揶揄われていることに気付いて脱力する冬真だが、本当は冗談ではなかった。
〝ホテルでエビを食べようとして喉を詰まらせている冬真の写真〟が、実は美月のスマホのフォルダーに収まっていたのだった。
これはミケに特別なお土産品として渡すため、冬真には秘密だった。
「やっぱり美月さんは小悪魔だ」
「あはは。魔王が夫だからねぇ」
「それ肯定するのってどうなのさ。というか、自分の旦那を魔王って言っていいの?」
よく慎に言われてるから問題ないだろう。それに、美月をイジメる時の晴はどことなく魔王にみえる。
魔王の妻なら魔女だと思うが、小悪魔の方が可愛い気がするので訂正はしなかった。
実際、晴をイジメる時の美月は小悪魔だし。
「これからも小悪魔の下で家政婦修行頑張ってね」
「家政婦じゃなくてアシスタントだし……というかそれ、僕にメリットないよなぁ」
「ミケさんの役に立てるでしょ」
「じゃあ頑張るしかないか」
「単純だなぁ」
ミケの為ならなんでもやる精神が一貫している冬真に苦笑。
それから、美月はふぅ、と息を吐くと、
「……修学旅行。楽しかったね」
「そうだね。初めは四季さんたちと上手くできるか不安だったけど。凄く楽しかったよ」
「千鶴も冬真くんのこと気に入った、って言ってたよ」
ふふ、と笑いながら言えば、冬真は複雑だと言いたげな表情を浮かべていた。
千鶴だけじゃない。可憐だって、冬真や修也のことを「案外面白い男子たち」と気に入っていた。
二人に冬真のことを知ってもらえてよかったと、彼が優しい人なんだと分かってもらえて嬉しくもあり、けれどどこか物寂しさがあった。
千鶴たちに嫉妬、なんて事はないけれど、もう少し彼がいい人なんだと知っているのは美月だけがよくて。
「(なーんて。私が独占するのは晴さんだけいいか)」
冬真の恋人でなければただの仲の良い友達の美月に、そんな資格はないなと自嘲する。
美月は、冬真にとって友達でよかったし、それ以上を望むきなど微塵もなかった。
――これくらいの距離感がほどよいから。
友達想いで、優しい冬真のことは、彼が尊敬しているミケに任させるとして。
「さ、千鶴たちの所に行こうか」
一歩、歩きだせば冬真は「うん」と頷いた。
そうして歩き出そうとすれば――千鶴たちが美月と冬真に手を振っていた。
「みっちゃん! 金城! ここでもう一枚写真撮ろうよー!」
「拒否権はなしだぞ~」
「ちょ、矢折さん⁉ 腕を首を回さないでください⁉ ……良い匂いがする⁉」
快活な笑顔と、おっとりとした目。そして、顔を真っ赤にしている修也。
班の皆が美月と冬真を待っているから。
「「うん!」」
二人は顔を見合わせて、皆のところへ駆けていく。
「うっし! みっちゃんが真ん中ね!」
「えぇ。なんで私?」
「私と千鶴がみっちゃんを挟みたいからさ」
「金城と影岸は私と可憐の隣でいいか」
「「男子は男子で組みたいんだけど⁉」」
「それじゃあ仲良くないみたいじゃん。ほら、金城こっちこい! 拒否権はなしだっ!」
「横暴だぁ⁉」
「ほいほい。影岸もはよこっち~」
「陰キャにハードル高すぎでは⁉」
「……なんだか大渋滞だねぇ」
わいわいと騒ぎながら、美月たちは肩を寄せ合っていく。
頬がつぶれたり、千鶴と可憐が男子二人を揶揄ったり、そんな男子は顔を真っ赤にしながら――
「はい、撮るよ! 3・2・1!」
「「いえーい‼」」
沖縄の燦然と輝く太陽にも負けない程の笑顔が五つ、小さな四角形の中に納まったのだった――。
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