第171話 『 退屈ばかりの人生より、面白い人生の方が楽しいし 』
「(なんでこんなことに……)」
美月たちと合流できると思ったのも早計で、冬真と千鶴は何故か二人きりでアイスを食べていた。
「てか金城って好きな人いるの?」
ぺろりとアイスを食べながら、また唐突にそんな質問をぶつけてくる千鶴。
こういう話苦手なんだよなぁ、と嘆息しながらも、冬真は律儀に答える。
「いないよ」
「ふーん。ホント面白くないなお前」
「辛辣⁉ それじゃあ四季さんはいるの?」
「いる訳ないだろ」
「それでよく僕のこと罵倒できたね⁉」
自信満々に答えられてはどう返せばいいのか分からなくなる。
ドッと重いため息を吐く冬真に、千鶴は青空を仰ぎながら言った。
「私は今が好きなんだよ。みっちゃんと可憐と、三人で楽しく一緒にいる今が」
「そうなんだ。ふふ。四季さんは本当に、二人が好きなんだね」
「当たり前じゃん」
彼女の屈託ない笑みに、冬真も釣られて微笑みがこぼれる。
三人の関係は本当に羨ましく思えた。冬真にも修也という友達がいるが、それと同じ友情――否、もっと強い絆が三人にはあるような気がする。
いつか誰かとそんな強い絆を結べたら。そう思いながら、冬真は千鶴に言った。
「それじゃあ、四季さんは今カレシいないし募集もしてないんだ?」
「そりゃ欲しいといえば欲しいさ」
「えぇ、どっちなのさ」
苦笑すれば、千鶴は笑いながら答える。
「べつにどっちでもよくない? 大好きな友達と一緒にいられて、カレシとも一緒にいられるなら幸せじゃん」
片方だけの幸せより両方手にある幸せの方がいい、と千鶴は言った。
冬真にとっては、千鶴の言葉はワガママというか強欲な気がした。
「それは欲張りな気がするなぁ」
「いいじゃん。退屈ばかりの人生より、面白い人生の方が楽しいし」
「ふふ。たしかにね」
こういう思考をポジティブというのだろう。強欲で、欲張りで、それでも、彼女の言葉は不思議と心地が良かった。
そう思うのはきっと、千鶴という人間が心底人生を楽しんでいるのが伝わってくるからなのだろう。
柔和な空気。それに心が楽しいと弾んでいるように感じて、冬真は無意識に左手を胸に充てた。
久しく――違う。初めて触れる感情に心が僅かに揺らいでいると、
「にしても意外だったわ」
「――ぇ」
冬真の思惟を遮るように聞こえた声音に小首を傾げれば、千鶴は微笑を浮かべながら冬真を見つめていた。
「金城。案外普通に話せる奴なんだな、と思ってさ」
「あはは。そうでもないよ。内心じゃ、未だに四季さんと話すのにどきどきしてるし」
「なんだそれ。もしかして私のこと気になってるのか?」
「それはないよ」
「おおぅ。即答されると地味に傷つくなぁ」
「ご、ごめんね」
「いちいち気にしなくていいって」
ぺこりと頭を下げれば、千鶴はケラケラと笑った。
やっぱりいい人だな、と先の会話と、そしてこの修学旅行を通して近づき難かった彼女への印象は今は完全に拭い去っていた。
わずかな緊張感こそあれど、それが今の冬真と千鶴との距離感なのだろう。
まだ、友達とは言えない曖昧な距離感。でも、不思議と居心地の悪いものではなくて。
「(って、僕いまクラスカースト上位の女子と喋ってるじゃん⁉)」
今更ながら遅れて気づいて驚愕。
もしこの光景をクラスの誰かに見られたらまたよからぬ噂が流れるのでは、と思うと途端に胃が痛くなってきた。
「うおっ。急にどうしたんだよ。そんなこの世の終わりみたいな顔して」
「……なんでもないよ。ただ、僕の人生はいったい何処からこんなラブコメみたいになってしまったんだろうと思って」
「――? 何言ってるかよく分からないけど、とにかく元気だしなよ」
「あだっ⁉ あの、励ましてくれるのは有難いんだけど、もう少し加減して欲しいです」
「そんな力込めてないけどなぁ」
ケホケホッ、と咳払いしながら懇願するも、千鶴は「ひょろいやつ」と追い打ちをかける。
肉体だけでなく精神的にもダメージを受けて、心細くなった冬真は今すぐにでも修也に会いたくなった。
早く食べて修也たちと合流するべく、冬真は残りのアイスを頬張るも、
「うがぁぁ⁉ 頭キーンとする⁉」
「あはは⁉ そんな冷たいものを一気にかきこむからそうなるんだよ」
頭痛に悶える冬真を、千鶴はゲラゲラと腹を抱えながら笑っていた。
たしかに今のは十中八九アイスをかきこんだ冬真に非があるが、もう少し心配してくれてもいいと思う。
「大丈夫か、金城?」
「うぅ……まだ少し頭がキンキンするよぉ」
目尻に涙を溜めながらうめく冬真。
そんな冬真に、千鶴は笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。
「案外面白いやつだな、金城って」
そんな彼女の言葉は、冬真は素直に喜べなかった。
―――――――――
【あとがき】
あれ、なんだこのラブコメみたいな雰囲気……。
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