第170話 『 美月さんは姉さんみたいなものかな 』
「直球で聞くけどさ、金城はみっちゃんのことどう思ってるんだ?」
美月たちの下に合流するべく歩いていると、千鶴から唐突にそんな質問をぶつけられた。
「……どう、って」
怪訝な、懐疑的な目に思わず生唾を飲み込む。
どう答えるのが正解なのか、それが分らなくて沈黙していれば、そんな冬真に痺れを切らしたように千鶴はガシガシと頭を掻きながら言った。
「金城はみっちゃんのこと好きなのか、って聞いてるんだよ」
「えっ」
直球かつ予想していなかった質問に瞠目すれば、冬真は反射的に慌てて否定した。
「ないない! 僕が美月さんのことを好きとか、ありえないから!」
「本当かぁ?」
ジト目で睨んでくる千鶴に、冬真は一歩足を退きながら問うた。
「逆にどうして僕が美月さんのことを好きだと思うのさ」
すると千鶴は「そりゃ」と腰に手を置いて、
「みっちゃんは童貞ウケもいいから」
「なにその最低な理由⁉ というか僕が童貞って決めつけないでくれる⁉」
「その見た目で童貞じゃないのか⁉」
「いや童貞ですけど⁉ あと見た目で判断しないで⁉」
「でもなぁ……どこからどう見ても金城は陰キャって感じだし」
「僕が童貞であることも陰キャなのも認めるけど、もっと言葉をオブラートに包んで欲しいです」
言葉のナイフというものは存外切れ味がいいもので、容赦なく冬真の精神を切り刻んでくる。
げんなりとすれば、千鶴は立て続けに冬真をイジメてきた。
「というかあまり往来で童貞って連呼するなよ。一緒にいる私まで変な目で見られるだろ」
「理不尽の極み⁉」
初めに童貞と言ってきたのは千鶴の方だったではないか。
咎められることに甚だ納得はいかず、冬真はぐったりと肩を落とす。
「(この会話、僕にとって不毛過ぎるな)」
千鶴の真意は、おのずとではあるが把握できた。
彼女はおそらく、冬真が美月に好意を抱いているかどうか、それを知りたいのだろう。
ならば自分が童貞であることも陰キャであることも認めて話を先に進めようと不満を飲み込めば、冬真は嘆息を吐きながら言った。
「美月さんがモテるのは知ってるよ」
「何言ってんだ?」
「え?」
美月に対して恋慕を抱いてないことを説明しようとすれば、何故か険しい表情を浮かべる千鶴に封じられた。
千鶴がみせる剣幕に冬真は怒られるのか、とそう身構えた瞬間。
「みっちゃんはモテるのは当たり前だろ。つーか、みっちゃんの魅力は容姿だけじゃないからな!」
「――ひょえ?」
何事かと目を瞬かせれば、千鶴は熱く美月の魅力を饒舌に語り始めた。
「みっちゃんは誰よりも優しいんだよ! おまけに勉強もできるし教えるのも上手だ! ……運動はちょっと苦手だけどそこも可愛くてなぁ。あ、あと料理が上手なのも外せないな……」
「ちょっと四季さんストップストップ!」
「あ? なんで止めるんだよ。まだみっちゃんの魅力語り終えてないんだけど」
困惑しながら千鶴を止めれば、彼女は不服気に眉根を寄せる。
こわっ⁉ と怯えながらも、
「あ、あの千鶴さんが美月さんのことを好きなのは十分に伝わったんだけど……僕としてはどうして急に美月さんの魅力を語られたのか全く分からないんですが……」
おずおずと千鶴の胸中を探ろうとすれば、彼女は「じゃ纏ると」と簡潔に答えてくれた。
「全人類がみっちゃんを好きになるということだ!」
「スケールでかっ⁉」
胸を張りながら答えた千鶴に、冬真も驚愕を隠し切れない。
「千鶴さんはどれだけ美月さんのこと好きなのさ……」
「そりゃこーんくらいだ!」
若干呆れながら聞けば、千鶴は両手をいっぱいに広げて答えてみせた。それでも、千鶴は「まだ足りないけど」と白い歯を魅せる。
友人――否、ここまで来ればもはや親友と呼ぶに相応しい彼女に感嘆としながら、冬真は言った。
「四季さんが美月さんのことを大切に想ってるのは分かったけど、でもやっぱり四季さんは勘違いしてるよ」
「そうなのか?」
尚も納得がいっていないという千鶴に、冬真は美月に向ける感情を吐露する。
「僕が美月さんと仲が良い……いや違うね。仲良くしてもらってるのは認める。でも、僕は美月さんには恋愛感情は一切抱いていないよ」
「なんでそう言い切れる?」
「千鶴さんも知ってるでしょ。美月さんにはだん……」
「だん?」
眉根を寄せる千鶴に、冬真はブルブルッと首を横に振る。
「素敵なカレシさんが居ること」
「でも、好きになったらそういうの関係ないだろ」
「いや関係あると思うけど……」
口では否定するも、胸裏では千鶴の言葉は理解ができた。
現実の恋愛経験には疎いが、恋愛シミュレーションゲームやアニメ、そしてラブコメの世界をよく見ている冬真からすれば彼女の意見が正論ではないが間違いではなかった。
――主人公のことを好きなメインヒロインがいて。でももう一人、主人公に恋しているヒロインがいる。その逆もまた然りで。
恋の三角関係なんて、二次元にも、現実にもよくある話だと思う。
けれど、冬真と美月にはそれは当てはまらない話だった。
千鶴は美月にはカレシがいる。そう思っているが、実際は違う。
彼女には既に〝カレシ〟ではなく――八雲晴という唯一無二の〝夫〟が隣にいる。
もし、仮にだ。
冬真が本当に美月を好きになったとしても、その恋慕は絶対に叶わない。晴から美月を奪うのは、それこそレベル1の勇者がラスボスの魔王に挑むようなものだ。無理ゲーにも程がある。
そんな逆境に湧く殊勝な人たちも世にはたくさんいるが、冬真は何の変哲もない人生を歩んできた所詮モブキャラだ。
そんなモブキャラに、メインヒロインの隣は似合わない。
――いつだってここは、二次元ではなく現実なのだ。
「(そうだ。僕は、僕如きがでしゃばっちゃいけない)」
今、こうして美月への想いを改めて整理してみて、思い知らされる。
美月と友達になれたのも、不思議なご縁が出来て晴や慎といった有名ラノベ作家と知り合いになれたのも――尊敬して止まないミケの下で働いているのも、ただの偶然と偶然が導いた幸運でしかないのだと。
整理された想い。それは冬真の心を冷静な状態へと戻していく。
「四季さんが心配するようなことはないよ。それにほら、美月さんも言ってたでしょ。僕のことを弟みたい、って」
「う、うん」
「僕にとっては……うん、そうだね。美月さんは姉さんみたいなものかな」
既に冬真には姉がいるが、美月もまた姉のような存在に思えた。
お節介で、冬真にやたら厳しくて――けれど優しい人。それが、冬真の友達の美月だった。
「だから心配しないで四季さん。僕は美月さんとは友達でしかないから」
「そ、そうなのか」
どうしてか、ぎこちなく千鶴がぎこちなく頷く。
理由は分からないが、その表情もどこか強張っていて見えて。
「これで、僕が美月さんのことを好きじゃないって証明できたかな」
美月は恋慕する相手ではなく友達なのだと、そう強く言い切れば、千鶴は戸惑いながらも納得したように頷いた。
「う、うん……二人がただ仲の良い関係だってことは分かった」
その言葉に安堵すれば、冬真はにこっと笑って、
「じゃ、み……修也くんたちと合流しよっか」
「そうだな。時間も限られてるし……」
頷く千鶴を見届けて、冬真は歩き出した。
どうしてか、心が異常なほどに落ち着いていて、それがひどく不気味で――不快だった。
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