第167話 『 晴さんはラブコメを書く才能はあっても主人公ではないよ 』
三日目の自由行動にて、美月たちは『美ら海水族館』に赴いていた。
「ジンベイザメだぁ」
「でっけ~」
美月たち一同は優雅に水槽の中を泳ぐジンベエザメに目を奪われていた。
「マンタもおる!」
「本当だねぇ」
「これも撮っておくか……」
感動しながら美月はシャッターを押せば、隣からもシャッター音が聞こえてくる。
「もしかしなくとも、冬真くんもミケさんに資料撮ってきて、ってお願いされた?」
と聞けば、冬真は「あはは」と苦笑しながら、
「僕の場合は自主的にだよ。ミケ先生の役に立てるかなと思って」
「真面目くんだねぇ」
「えへへー」
苦笑交じりに言えば、冬真は嬉しそうにはにかむ。こんな純粋な高校生が現代でも存在しているんだな、と密かに感動しつつ、美月もマンタを撮った。
「アルバイト、楽しい?」
水中を泳ぐ魚たちに視線を向けままぽつりと呟けば、冬真も美月の顔を見ずに「うん」と頷いた。
「僕、今まで誰かの為に動いたことなんてなかったけど……でもね、少しでもミケ先生の力になれることが今は凄く嬉しいし、楽しいんだ」
「そっか。なら良かった」
冬真の言葉に、美月は笑みを溢す。
二人の関係が良好なのはもはや言わずもがなだろう。それでも、一抹の不安というものはあって。
「冬真くん。頑張り屋さんだから、いつか倒れちゃうんじゃないかって少し心配で」
「あはは。高校生で過労なんてありえないでしょ」
「……それはどうかな」
どこかの誰かさんは無茶をして一度心を壊したことを知っている美月としては、冬真の言葉は否定できなかった。
そうでなくともいつも倒れないかハラハラさせられているので、美月としては周りの人たちには無茶はして欲しくないという想いが強まっている。
誰もが平和な日常を営める世界。それが、ファンタジーでも異世界でもなく美月たちのいる現実世界だから。
大袈裟だな、と自分自身に失笑しながら、美月は穏やかな声音で言う。
「無茶しちゃダメだからね」
「するつもりはないよ。ミケ先生からも自分のペースで、って言われるしね」
でも、と冬真は振り向くと、
「僕の先生がスパルタだから、もうちょっと優しくしてくれると嬉しいかな」
「あはは。誰がスパルタだって?」
「あ、あはは。冗談だって。……やっぱ怖い⁉」
すっかり軽口を叩けるまで成長してしまった冬真。そんな彼に美月はため息を一つ吐く。
「私と出会った頃の根暗陰キャ野郎は何処へ行ったのやら」
彼の成長は嬉しいが、それと同時に寂しさもあった。
それがなんとなく我が子の成長を見届ける親のような気持ちなのかもと思えば、不思議とその寂しさも納得がいって。
そんな美月の胸中など知らない冬真は、辛辣な言葉にぴくぴくと頬を引きつっていて。
「あの、概ね事実なんですけど……それを言われた身としては胸が抉られるというか精神的ダメージが凄まじいんですけど……」
「自分からそうだって言ったくせに」
「そうだけど⁉ でも、僕だって最近は少しだけ成長してるんだよ⁉」
「まだミケさんのパンツを見て顔を真っ赤にしてる男子が何を言う」
「事実だけどなんでそれを知ってるのさ⁉」
目を剥く冬真に、美月はくすくすと笑う。
密かにミケから冬真の様子を聞いているので、当然彼がまだミケに手を出していないことも純粋過ぎるのも知っている。
冬真のミケが進展するのはいつになるやら、と二人の関係が良い方向に進むことに期待を抱きながら、美月はそんな友人を揶揄う。
「冬真くん。二カ月近く一つ屋根の下でそれなりに一緒にいるのに手も出さないのはヘタレかな」
「さっきから何言ってるのさ⁉ 僕とミケ先生は付き合ってないから⁉ というか僕が神と付き合うなんておこがまし過ぎる⁉」
「それを言ったら私は有名ラノベ作家と結婚しちゃってるんだけど……」
「美月さんとハル先生はラブコメの主人公だから。所詮僕モブだから」
真顔で言う冬真に、美月も真顔で返した。
「はは。冬真くん。晴さんはラブコメを書く才能はあっても、主人公になるような人じゃないよ」
「それを
「ちょっと⁉ 他の人に訊かれたらどうするのよ⁉」
「いった⁉ 暴力反対⁉」
秘密を共有しあう同士。仲良くじゃれ合う。
その光景は――傍から見れば〝恋人〟同士に見えるほどの距離感で――。
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