第166話 『 私の身体を見ていいのは晴さんだけだから 』
二日目。美月たち一向は沖縄の海にいた。
「美月さんは泳がないの?」
「うん」
砂浜でちょこんと座っていると、自分と同じくパーカーを着ている冬真が歩みよりながら聞いてきた。
隣に座りなよ、と砂に手を叩きながら促せば、冬真は「失礼します」と頭を下げながら腰を下ろした。
それから、
「意外だね。ハル先生たちとはプールで楽しそうに泳いでたのに」
「プールは晴さんと楽しみたかったから」
晴は特別、そんな風な言い方をすれば、冬真はイジワルな問いかけをしてきた。
「四季さんたちとは遊ばないの?」
「その言い方、なんだか私が二人とは遊びたくないみたいじゃん」
ジト目を向ければ、冬真は慌てて首を横に振った。
「語弊だよ。ただ、純粋に気になっただけで……ほら、美月さんたち仲良いでしょ」
「うん。だから二人はちゃんと私が泳ぎたがらない理由も知ってるよ」
遠くで楽しそうにはしゃいでいる千鶴と花蓮を見つめながら言えば、冬真は声を失った。
ぎゅっ、と己の膝を抱きかかえながら、美月はぽつりと呟く。
「他の人に……男の人に肌を見られるの、私あんまり好きじゃないんだよね」
「それは……うん。僕も苦手だから分かるよ」
「キミと私じゃ苦手意識の差が違うでしょ」
同情する冬真に失笑して、美月は続ける。
「私が男子から人気だっていうのはもう否応なく分かる。だから、そういう目で見られるのも理解してる」
「…………」
同年代の女子と比べてスタイルがいい、というのは美月自身も理解していた。だからこそ、男子から性的な視線を向けられていることも気づいていた。そして、海といえば水着で、必然と肌を多く見せることになる。男子は当然、美月の真珠のような肌を見ようと鼻の下を伸ばすわけだ。
それに嫌悪感を抱いているから、美月はこうしてパーカーを着て皆から遠く離れた砂浜でちょこんと座っていた。
「私の身体を見ていいのは晴さんだけだから」
美月の身体に触れていいのは、まじまじと熱い視線を送っていいのは夫である晴だけだ。それ以外の異性には見せる気は、微塵もない。
凛然として言えば、隣で冬真がふふ、と微笑んでいて。
「確かにその通りだね。ハル先生以外、美月さんの身体は見ちゃいけないね」
「とか言いつつ冬真くんもプールの時ガン見してたの覚えてるけどね」
「えっ⁉」
ジト目を向けながら言えば、冬真は顔を赤くした。
狼狽する冬真に、美月はくすくすと笑いながら、
「嘘だよ。冬真くん、私よりミケさんの水着に見惚れてたでしょ」
「それは……あんなに可愛い人があんなに可愛い水着を纏ったら誰だって見惚れちゃうでしょ……」
たしかにミケの水着姿は可愛かったが、こうも素直に肯定されると美月も少し悔しくなる。
「キミはクラスの男子が見たい私の水着姿を一度見てるんだけどな~」
「たしかに美月さんの水着姿もよかったけど! ……でも、僕としてはミケ先生の水着姿を拝めた方の感動が大きいんだよ!」
「冬真くんの中でミケさんはどういう存在なの……」
「え、普通に神様みたいな人だけど」
「大袈裟だねぇ」
真顔で答えられては反応に困ってしまう。
まぁ、神様みたいな人とただの友達だったら前者に軍配が上がるか、と美月は嘆息する。
それからよっ、と立ち上がると、
「ね、冬真くん。千鶴たちのところに行こうか」
「え、いいのかい?」
戸惑う冬真に、美月はこくりと頷く。
「うん。せっかくの修学旅行で、海が綺麗だからね。それにパーカー着てても遊べるでしょ?」
「そうだね」
それに、と美月は継いで、
「晴さんに思い出話たくさんしてあげる、って約束したから」
「そっか。なら、いっぱい思い出作らないといけないね」
脳裏に愛しの人を思い浮かべながら言えば、冬真は口許を綻ばせる。
それから冬真が立ち上がるのを見届けると、美月は黒髪を靡かせて、
「よし、冬真くん。千鶴と花蓮、それと影岸くんのところまで競争だよ!」
「いきなり⁉ あ、ちょっと待ってよ美月さん⁉」
走りだした美月の後を、冬真が慌てながら追いかけて来る。
そんな彼に笑顔を魅せながら、美月は千鶴たちの下へ駆けつけた。
「皆お待たせー!」
「あれ、みっちゃん⁉」
「来たかマドンナ~。共に遊ぼうぞ~」
「と、冬真くん助けて~⁉ 動けない⁉」
「修也くん⁉ どうなってるのこれ⁉」
「「暇つぶしに埋めてた」」
キラキラと輝く太陽の下。高校生たちは青春を謳歌するのだった。
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