第165話 『 少しだけ、自炊頑張ってみるか 』
美月たちが沖縄に着いた丁度その頃。
「――ふぅ」
二時間ほど執筆すれば、晴はパタンとパソコンを閉じる。
『にゃあ』
「ん。お昼にしような」
晴の膝の上でエクレアが催促するように鳴けば、それに同調するように晴のお腹も鳴った。
「今日からしばらく美月いないから、お前と二人きりだぞ」
『にゃぁ』
そう言えばエクレアが嬉しそうに鳴いた。まるで「よっしゃ!」と言っている気がして、思わず苦笑がこぼれる。
それから腰を浮かせば、エクレアも床に着地して晴の後について来る。
「エクレアのご飯は決まっているが、俺はどうするか……」
一応美月の送迎の帰りにスーパーに寄って色々買っておいたが、そのどれもがレトルトとカップ麺だった。
ご飯を作る、という選択肢もあるが、お昼から作る気力なんてものは涌かない。いつもは晩御飯の余りもので済ませているが。今日はそれもない。
「夜くらいは自炊するか」
と意気込むものの、結局執筆する未来が見える。
『にゃぁ』
「はいはい。お前のご飯はすぐに用意してやるから、ちょっと待ってな」
ねぇまだ? と足に頭を擦りつけて催促してくるエクレアに辟易としつつ、晴はまずは彼女のご飯を用意することを優先する。
キッチンに設備されている『エクレアお嬢専用お手入れ所』からご飯(今日はカリカリ)をお皿に入れて、冷蔵庫からはミルクを取り出す。
両手にエクレアのご飯を持ちつつ彼女のケージまで運んで、ミルクを溢さないよう慎重に置くと、
「うし、待たせたなエクレア。たくさん食べな」
『にゃぁぁ』
合図を出せば、エクレアは上機嫌に喉を鳴らしてご飯を食べ始めた。
夢中でカリカリを食べるエクレアの食事風景に暫し癒されつつ、晴も自分のお腹を満たすべくキッチンへ向かう。
「俺はどうすっかな~」
悩んではいるが、体は習慣化されたようにポッドに水を注いでいた。気づけばポッドに電源を入れていたので、自然と昼食はカップ麺に決まってしまった。
「せめて弁当でも買っておけばよかったな……」
体は細いが晴も成人男性なので、確実にカップ麺一つだけでは足りない。前はたしかカップ麺とおにぎり一個が昼食だったので、それに習えばもう一つ欲しいところだ。
「あぁ、そういえば冷凍ご飯があるかも」
我が家の万能主婦様はよく余ったご飯を冷凍してチャーハンやオムライスに昇華させるので、おそらく冷凍庫にご飯の余りものがあるかもしれないと早速調べてみることにした。
「お、やっぱりあったか」
冷凍庫を開ければ小分けされた冷凍ご飯を見つけて、晴は一つ取り出す。量はお茶碗一杯分といった感じで、カップ麺とセットにするには丁度よかった。これにふりかけなり鮭フレークを乗せれば昼食としては満腹感を得られるだろう。
ポッドもカチッと音を立てて、湧いたお湯をカップ麺に注ぐ。待っている間に冷凍ご飯をお茶碗に入れてレンジで温める。
「ふりかけ……鮭フレークがいいな」
ご飯にトッピングするものを決めて、お目当てのものがあるが冷蔵庫を開けた。
その時だった。正面。晴の眼前に、とある物が目に入った。
「――っ」
わずかに目を見開きつつ、晴はそれを取り出す。
晴が手にしているもの――それはおかずが入ったタッパーだった。それもメモ付きの。
――【おかず、いくつか作り置きしておきましたよ】
メモにはそんな内容が書かれていた。
エクレアのミルクを取り出す時には気付かなかったが、よく見れば冷蔵庫にはいくつかのタッパがあった。
「……たくっ。心配するなって言ったのに」
どうやら、美月は修学旅行に行く前に晴の事を心配しておかずの作り置きを用意してくれていたらしい。
量はおよそ二日分といったところか。時間が足りなかったのか意図的なのかは分からないが、それでも用意してくれだけでも美月には頭が上がらなかった。
「これは、お昼に食べるには勿体ないな」
美月の思いやりに微笑みをこぼしつつ、晴は用意されたおかずを冷蔵庫に戻す。
四日間一人になる晴を心配して作ってくれた美月様のありがたい贈り物だ。これは夜、感謝しながら食べることにする。
「……自炊、少しだけ頑張ってみるかな」
いつも晴を甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる妻に改めて感謝しつつ、晴は珍しく小説と妻とエクレア以外にやる気を向けるのだった。
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