第164話 『 早く般若から卒業したいなぁ 』
月並高校二年生一同は約三時間のフライトを経て沖縄に到着した。
「沖縄だ――――ッ!」
「うお~~」
「こらっ、二人とも列から離れない!」
はしゃぐ千鶴と花蓮をしっかり手綱を取る美月に、冬真は「姉感強いなー」と苦笑交じりに見届ける。
美月がしっかり者なのはもはや言わずもがなだが、こうして共に班員として行動するとそれをより顕著に感じられる。
クラスの人気者である美月と、いつも教室の端っこにいる冬真。そんな対極同士なのに、些細な出来事をきっかけに友達になれたのはいまだに不思議だった。
そして、そんな二次元みたいな展開に困惑しているのは彼も同じようで。
「ちょっと冬真くん。話があるんだけどっ」
「な、なに修也くん」
冬真にとって同級生の男子で唯一の友達――修也に手招きされて、冬真は困惑しながら耳を傾けた。
「きみ、いつの間に瀬戸さんと仲良くなったんだよ!」
「瀬戸さん?」
「瀬戸美月さんだよ⁉ なんで誰だっけその人? みたいなテンションなの⁉」
「あぁ、美月さんのことね」
「うちのクラスで瀬戸って苗字は彼女だけだよ⁉」
反応の遅れた冬真に、修也は驚きと怪訝を顔に写す。
「(僕、最近は美月さんのこと八雲呼びすることが多かったからなぁ)」
夏休みにはずっと〝八雲さん〟呼びだった影響で、彼女の旧姓を忘れつつあった。
殆どの人は美月が結婚しているという事実を知らないはずだ。
なので、美月の苗字も変わっているのを知っているのは生徒の中ではおそらく冬真ただ一人だけだ。
なのに、微塵も嬉しさが涌かないのが不思議だった。万が一でも口を滑らせたら美月に酷い目に遭わせられるからか。
そんな冬真の胸中など知らない修也は、依然と懐疑心を向けていて。
「しかも下の名前で呼ぶとか……はっ⁉ もしかしてキミたち実は付き合ってるとか⁉」
「ないない。飛行機の時に言われたけど、弟みたいだって」
冬真は己を卑下しながら修也の思案を否定した。
美月には既に、それはそれは素敵な旦那様がいるのだ。相手は修也も好きな作家のハル先生。それを知れば修也は卒倒するかもしれないので、冬真は友人の体調を慮って胸にしまった。決して自分の保身の為ではない。決して。
「他の人も勘違いしてるけど……本当に僕と美月さんは何もないんだよ」
「それにしてはかなり親密に見えるけど?」
「それは……まぁ色々ご縁がありまして」
ぎこちなく答えれば、修也は「ご縁?」と小首を傾げる。
「とにかくっ、僕と美月さんはただの友達だからっ」
「ただの友達ってだけでも凄いことだと思うけど」
「……っ」
美月が男を寄せ付けないのはクラスでも有名だ。その影響もあって男子皆、美月と距離が近い冬真を嫉むのだろう。
彼女の本性を唯一知っている冬真としては、ため息がこぼれるくらい美月はややこしい性格をしているのだが。
「……皆は知らないんだろうな。彼女が鬼だってことを」
「え、美月さんて鬼なのかい?」
「そうだよ。たまに頭に角が生えるんだよ」
「それ本当⁉ 嘘だよねぇ⁉」
週に二度、愛しのミケ先生に美味しい料理を振舞うべく美月の下で花婿修行――ではなかった。料理を習っているが、その時の美月ははっきり言って鬼だ。スパルタコーチよろしく間違えれば叱咤が飛び、味が微妙だったら「五点」と厳しい評価が送られる。ちなみに百点満中の点中だ。
体だけでなくメンタルまでもやしの冬真には美月先生の指導は少々……かなりハードだが、彼女の指導のおかげで料理の腕が急成長しているのもまた事実なのが複雑といったところだ。
「早くあの般若から卒業したいなぁ」
「な、なんか僕が思っているより大変そうだね」
「うん。でもこれも先生の為だから」
どっと重たいため息を溢す冬真に修也も嫉妬よりも励ましを優先してくれて、労わるように背中をさすってくれた。
その最中で、修也はぽつりと呟いた冬真の言葉に思い出したように「そういえば」と声を上げた。
「冬真くん。今アシスタントのバイトしてるんだったね」
「そうだよ。始めたばかりだけどね」
こくりと頷けば、修也は興味津々といったように顔を覗き込んでくる。
「そろそろ僕にも教えてくれていいんじゃないかな? どの作家さんのアシスタントをしてるんだい?」
「うーん。べつに守秘義務って訳でもないんだけど……」
言いづらそうにぽりぽりと頬を掻けば、冬真は訝しむように、
「キミが内弁慶なのは知っているけど、唯一の友達である僕にくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」
「そうだけど……そうだけどっ」
そう懇願されてしまえば答えたくなってしまう。でも、冬真はやはり吐露できなかった。
「(言えないっ! ご縁があってミケ先生のアシスタントをしてるなんて明かしたら、たぶん修也くんに物凄く嫉まれる気がする‼)」
ヲタクの友は当たり前だがヲタクだ。異論は認める。
類は友を呼ぶ、ということわざがあるように、彼も冬真と同じくミケ先生のファンなのだ(彼女が超有名なイラストレーターなのも理由にあるが)。そんな彼がもし冬真がミケのアシスタントをしている、なんて知れば驚愕どころでは済まないだろう。たぶん卒倒して目覚めたら洗いざらいそうなった経緯をぶちまけられる。
そうなると必然と美月が晴と結婚しているという事実も話さねばならないといけないので、やはり修也には言えなかった。
「……ごめん修也くん。僕が誰のアシスタントをしているか答えたら、僕はきっと口封じに酷い目に遭うから言えないッ」
「なにその裏社会みたいな掟⁉ キミ本当にどんな人の所でバイトしてるの⁉」
「凄く素敵な人の下だよ。でも、仲介人に問題があるんだ……」
美月が闇業者みたいな扱いになってしまったが、露呈した場合確実に東京湾に沈められるので否定はできなかった。
美月も良い人なのは間違いないのだが、意外にも地雷が多い人だった。
慎重に地雷の上を歩かないといけなくなってしまった冬真は、ほとほと困り果てたように重い吐息をこぼした。
「僕はまだアニメやラノベをたくさん見ていたいんだ。死にたくないよ」
そんな冬真に、修也は労わるように背中をさすると、
「何かあったら言ってね、冬真くん。僕が力になれるか分からないけど」
「そうだね。でもあの人には協力プレイでも勝てる気しないや」
「まぁ、お互い非力だからねぇ」
せっかく沖縄に来たのに、二人の気分はすっかり雨模様のようにどんよりしていた。
ふと空を見上げれば、自分たちとは対照的な晴天がガラス越しに見えて。
「……今頃なにしてるかな、ミケ先生」
――――――――――
【あとがき】
ミケ先生はその頃普通に仕事してます。
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