第159話 『 新鮮で楽しい日々を貰ってます 』


 修学旅行も一週間も切り、美月は少しだけわくわくとしながらアルバイトに励んでいた。


「いいなぁ。美月ちゃんは来週から沖縄か~」

「うん」


 お客さんもいないからと堂々とサボっているヒナミに苦笑しつつ、美月はこくりと頷く。


「ヒナミちゃんは修学旅行、たしか北海道だったよね?」

「そうだよ! 北海道はでっかいどー!」


 古典的なダジャレに複雑な表情を浮かべつつ美月を気にもせず、ヒナミは続けた。


「函館に入ったりー、ホッキョクグマ見たりー、知床も行ったよー」


 観光名所網羅した! と自慢げに親指を立てるヒナミ。

 バイタリティ溢れるヒナミと同じ班になったクラスメイトはさぞ大変だったろう、と密かに同情していると、ヒナミが何か思い出したような声を上げた。


「そうだ。やっぱ修学旅行といえば告白してる子がちらほらいたなー」

「やっぱり多いんだ?」

「せっかくの旅行だからね。テンション上がってその場のノリで告白~、なんてどこの学校でもよくあることじゃない」


 あはは、と笑いながら語るヒナミに、美月は「そういうものか」と顎を引く。

 自分は既に結婚している身なので、あまり現実味の涌かない話だ。まぁ、高校生のうちに結婚しているという事実の方が現実味がないが。


「もしかしたら美月ちゃんも告られちゃうんじゃない?」

「えぇ、だとしても速攻振るよ」

「おぉ、意外と容赦ないですなぁ」


 躊躇う素振りもみせず答えれば、ヒナミが面食らったように頬を引きつらせていた。


「でもそうか。美月ちゃんには既に素敵なカレシさんがいるもんねー」

「素敵と言えばそうでもないよ。愛想悪いしいつも仏頂面だし言葉は淡泊だし人使い荒いし」

「あれ、もしかして意外と上手くいってなかったり?」


 美月の言葉を聞いてヒナミはそんな事を思惟するが、それは早計だ。

 何故なら、美月の言い分はまだ終わっていないから。


「あ、でも最近は何考えてるか分かるようになってきたかな。まぁ大抵は小説のことばかり考えてるんだけど。でもねでもね淡泊の中にもちゃんと愛情があるんだ。前よりも大切にされてるって実感もあって。あとね……」

「ストップストップ⁉」

「え、まだ言いたいことはたくさんあるんだけど」


 饒舌に語る美月を、ヒナミは慌てって待ったをかけた。

 美月は物足りなさそうな顔をするが、ヒナミの顔には徒労が浮かんでいて。


「美月ちゃんがカレシさんから愛されてるのは十分伝わったから」

「えへへ。そうかな。うへへ」

「おおぅ。なんかチミ、だいぶ前と印象変わったねぇ」


 頬を落とす美月をヒナミは引いた目で見ていた。

 気持ち悪い笑みを浮かべること数分。ようやく垂れた頬も元に戻れば、


「ふぅ。ならこの話はまた今度するね」

「いやいいよ⁉ たぶんそれ、私にとって苦行だから⁉」

「? いいでしょ。たまには女子会しようよ」

「美月ちゃんから女子会しようと提案してくれるのは嬉しいけど、たぶんコーヒーが何杯あっても足りないかな⁉」

「そんなに夜更かしするつもりないよ?」


 皮肉が通じない美月だった。


「うがああ⁉」と頭を掻くヒナミに小首を傾げていれば、そんなプチ女子会を開催中の二人に白髪の男性も参加してきて。


「ふふ、どうやら晴くんとは楽しい時間を過ごしているようだね」

「マスター。はい。いつも新鮮で楽しい時間を貰ってます」


 朗らかな笑みを浮かべるマスターに、美月もまた満面の笑みで頷く。

 最近ではエクレアという猫(美月には懐いていないが)も増えて、ますます生活が賑やかになっていくばかりだ――こんな幸せの日々を送れるなんて、少し前の美月なら想像もしていなかっただろう。


 結婚して良かったと、心底そう思える。毎日。


 でもそれはきっと、晴も同じだろう。


「晴くんは良い人だからね。きっと美月ちゃんを幸せにしてくれるだろうさ」

「一応、本人もそのつもりで努力してくれてるみたいです」


 マスターの言葉に苦笑交じりに答えれば、ヒナミが羨ましそうに口を尖らせていた。


「なにそれー。なんかもう結婚前提みたいじゃーん」

「そ、そうだねー」


 事実、既に結婚しているのだが、この事はまだヒナミは知らない。唯一この職場で既知しているのはマスターくらいで、彼も気を利かせて他の従業員には秘密にしてくれている。

 早く打ち明けられる日が来ることを望んでいると、不意にマスターが「美月ちゃん」と呼んできて、


「晴くんとの関係は変わらずに……それと修学旅行楽しんで来てね」

「はい。お土産、たくさん買ってきますね」


 互いに微笑みを交わせば、そこにヒナミも参戦して。


「はいっ! 私サーターアンダギー買ってきて欲しい!」

「はいはい。ヒナミちゃんもお土産楽しみしてて」

「僕はシーサーの置物買ってきて欲しいなぁ」

「べつにいいですけど、まさかお店に置くつもりじゃないですよね?」

「え? そのつもりだよ。カウンターにでも置こうかと思ってるんだけど……」

「やめた方がいいと思いますよ」「なにそれいいじゃん!」


 マスターのお考えに、美月とヒナミは真逆の反応をみせるのだった。


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