第157話 『 私来週から修学旅行ですけど 』


「晴さん、念のため確認しておきますが、私来週から修学旅行ですからね」

「あぁ、この時期か五月ごろに多いよな……ん?」


 何か不穏な単語が聞こえたと眉根を寄せれば、美月は呆れた風にはぁとため息をこぼした。


「やっぱり忘れてる」

「お前、来週から修学旅行だったのか」

「そうですよ。良かったです。確認しておいて」


 どうやら晴が忘れていると予想していたらしい美月はそう安堵する。

 そして、彼女の思惑通り頭からすっぽりその記憶が消えていた晴はというと、


「そうか。修学旅行か……そういえばどこ行くんだ?」

「沖縄です。それも忘れてる」


 ジト目を向けられるも意図的に無視して、


「ほぉ。てっきり京都とか大阪とか関西圏の方かと思ったが、まさか沖縄とはな」


 修学旅行といえば京都か沖縄、の二つに絞られるくらいにはポピュラーかつ人気なスポットだ。

 沖縄いいなぁ、と思っていると、美月がありきたりな質問を投げてきた。


「ちなみに晴さんは修学旅行どちらでしたか? ……あ、そもそも覚えてますか?」

「なんて失礼な奴だ。流石に覚えとるわ」


 いつものように辛辣さを足して聞いてくる美月に晴は顔をしかめながら答えた。


「俺は京都だったな」

「へぇ。いいですね、京都。ちなみに何か思い出は?」

「色々あるぞー。金閣寺と銀閣寺見たりとか、映画村で侍のコスプレして写真撮ったりとか、だんごが美味かったとか、抹茶パフェが美味かったりとか、旅館のご飯が美味しかったりとか」

「後半食べ物ばかりですね……でも意外です」


 なんでた、と小首を傾げれば、美月は「だって」と継いで、


「貴方のことだからてっきり殆ど忘れてしまってるかと」

「忘れる訳ないだろう」

「どうしてですか?」


 ハッ、と鼻で笑えば、美月は怪訝な顔をしながら促してきた。

 答えを求める美月に、晴は堂々とした顔で告げた。


「――なぜなら【微熱に浮かされるキミと】の修学旅行の舞台にしたからだ」

「なんとなく予想はしてましたが、まさか本当に予想通りの答えが出て来るとは思ってませんでしたよ」


 拍子抜けしたとでも言いたげにガッカリする美月に、晴はマグカップに口を付けながら続けた。


「ちょうどネットに上げる時に作品が修学旅行編に突入してな。丁度いいと思ってそのまま使った」


 たしか、その事をサトルにバレて怒られた気がする。修学旅行くらい小説のこと忘れろ、と。

 今となってはあれも青春だったな、と懐かしい思い出に浸っていると、美月が辟易とした風に吐息した。


「自分の修学旅行を小説に使うとか、本当に小説のことしか頭にありませんね貴方は」

「何言ってんだ。普段は学校で書くのもシナリオ作るのも制限されてる中に訪れた絶好のチャンスだぞ。これを活かさない小説家がどこにいる」

「それは貴方だけですよー」

「いいや、作家百人にアンケートしたら全員『はい』と答えるね」


 学校の行事を利用して小説の設定を創れる。これ以上好都合なことはない。

 おまけに晴が行ったのは京都だ。修学旅行の代名詞ともいえる舞台を使わない手はなかった。


「おかげでいい修学旅行編が作れた」

「まぁ、たしかにあそこは面白かったですけど」

「〝あそこは〟じゃなくて〝あそこも〟な」

「うざっ⁉ どんだけ自分の作品に自負があるんですか⁉」

「俺は面白いものしか書かん」


 いっそ堂々としたように言えば、美月はやれやれと肩を落とす。


 ちなみにその【修学旅行編】の話の内容をざっくり説明すると、傑と詩音がイチャイチャするのは勿論のこと、サブキャラクターである佳純と俊にスポットライトが当たる内容になっている。


『佳純に好意を抱いていた俊が、傑と詩音の手を借りて佳純と旅館から抜け出し、ライトアップされた橋の上で告白する』という王道な告白回だ。


「あそこのシーンは最高でしたね。特に佳純の「遅いよ、ばか」はきゅんきゅんしましたね」

「ふふ。ちゃんと女心分かってるだろ」


 挑発的な視線で言えば、美月は悔しそうに口を尖らせる。現実では美月の言う通り女心に疎い晴かもしれないが、こと小説に関しては女心を理解していると自負できる。現に読者である美月はきゅんとしたらしいので。


「あまり女心を分かられてもそれはそれで困ります」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「貴方は私の女心だけ分かってればいいです」

『にゃ』


 美月がそう言えば、いつの間にか晴の隣の席に座っていたエクレアが存在を対抗心をみせるように鳴いた。それがまるで「私のものね」と言った気がして、晴は肩を落とす。


「我が家の女性たちはワガママが多いな」

「女なんて大抵ワガママですよ」


 ちろりと舌を出す美月。エクレアも「その通り」と頷く。

 こういう時は意見が合うんだな、と苦笑しつつ、晴は美月に視線をくれると、


「なんせよ、修学旅行楽しんでこい。あ、どうせなら色々写真撮ってきてくれるか? デジカメ渡しておくから」

「はいはい。小説の資料にですよね」

「分かってるじゃんか」

「貴方の妻ですからねぇ」


 晴の思考などまる分かりなどで、美月は呆れながら頷く。

 それから、美月は紫紺の瞳を真っ直ぐ晴に向けてくると、


「修学旅行は楽しみですけど、それと同時に同じくらい心配があるんです」

「なんだ? 生理か」

「デリカシーがない男は嫌われますよ」

「じょ、冗談だよ」


 軽率な発言をすれば美月に睨まれた。

 慌てて首を横に振れば、美月はやれやれと嘆息して言う。


「修学旅行中、私は貴方と不覚にも離れ離れになるわけです」

「そういえば聞いてなかったが、何泊だ?」

「三泊四日です」

「オーソドックスだな」


 聞けば一日目の午後に観光があり、二日目にはレクリエーション(美月の班はスキューバ-ダイビング)に民泊、三日目に自由行動、そして四日目に帰って来るらしい。

 三泊四日という時間を余すことなく使った楽しそうな旅行だ、と羨ましく感じていると、ふと気になる事が浮上した。


「ということは、お前四日間いないのか⁉」

「ようやくお気づきになりましたか」


 ついに美月が感じる不安に晴も辿り着けば、その事実に目を白黒させる。

 美月が修学旅行で沖縄に行く、ということはつまり、四日もの間美月が家にいないということになる。

 これは、由々しき事態だった――


「ま、なんとかなるだろ」

「あら、意外とすんなり受け入れましたね」


 一瞬こそ恐怖や驚愕があったものの、晴とて成人している大人だ。それに、美月とこうして過ごす時間より一人暮らしの時間の方が多かった。なので、四日くらいどうとでもなるはずだ。


「最悪慎に家に来させて家事なり料理なりやってもらえばいいか」

「貴方友達の扱い雑ですね⁉ 本当にいつか慎さんに絶交されますよ」

「安心しろよ。慎はああ見えて情に厚い奴だからな。俺を見放すなんてことはない」

「人の性格を熟知してラクしようとしてる⁉」


 最低! と罵られるも、晴は気にも留めず口笛を吹く。


「実際ピンチの時にだけ呼ぶつもりだ」

「貴方の場合、すぐにピンチに陥りそうですけどね。私の予想では二日目と三日目が鬼門かと」

「心外だ。洗濯機くらい一人で回せる」


 とは言っても詳しい洗濯方法は知らず、ボール状洗剤をぶち込んでお急ぎで回すくらいしかやったことがないが。

 以前、美月に「洋服によって洗い方が変わってくるんです」と教えられたが、正直何が変わるんだとしか思っていない。そもそも洗濯に興味もない。


「洗濯は、溜め込んでおいていいか?」

「この際ですし、少しは私の苦労を味わってもらいましょうかねぇ」


 悪い顔をする美月に、晴は頬を引きつらせる。


「が、頑張りはするけど、大目に見ろよ?」

「安心してください。私の分はきちんと洗濯してから出て行きますから。あぁ、なんなら数日分の作り置きも用意しておきましょうか?」


 魅力的な提案だが、晴は「いや」と首を横に振った。


「せっかくの修学旅行だ。俺のことは気にせず見聞を深めて来い」

「ふふ。ならお言葉に甘えましょうかね」


 普段から晴の身の世話で多忙の絶えない日々を送っている美月だ。たまには友達と一緒に学ぶことに楽しんでもらいたい。

 晴らしいようで、晴らしくない言葉に微笑みを浮かべる美月に、晴もまた微笑をこぼせば、


「いつか、来年でもいいな。旅行でも行くか」

「――っ。いいですね。温泉旅行なんてどうです? きっと楽しいですよ」


 ふと脳裏に思い浮かんだ未来を言の葉に乗せれば、妻は紫紺の瞳をキラリと光らせた。

 遠くない未来。それを楽しみにしながら、夜は更けていく。



――――――――

【あとがき】

というか報告。

修学旅行編が終わったら一週間くらい休載する予定です。

ちなみに作家の休載は作品をより面白くするための準備期間なようなもんです。書かない間も改稿とかするから実質休みなし!

まぁ、この回が終わる頃にはPV10万越えると期待して頑張ります。ちなみに行かなかったら作者は病む。

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