第156話 『 やはり妻は特別な存在らしい 』
「――つまるところ、晴くんは先週ずっと奥さんとイチャイチャしてた訳だ」
「言い方に棘があるが、端的に言えばそうだな」
「あの晴が妻とイチャイチャしてたことを認めるとはねぇ」
美月の誕生日についての述懐(夫婦の時間に関しては意図的に省いた)が終われば、慎は頬杖を突きながら感慨深そうな吐息をもらした。
「で、結局美月ちゃんとは生でしちゃったわけ?」
「してない。まぁ、美月の方から提案してきたがな。そこはキッパリ断っておいた」
「堅実な判断だね。……というか、ひょっとして美月ちゃんて意外と〝そっち〟系だったりするの?」
そっち系、とはつまり〝エッチな子〟という意味だろう。
「どうなんだろうな。結局誘うのは俺の方が多いし」
「お前めっちゃ美月ちゃんのこと好きだな⁉」
目を剥く慎に、晴は「今更だろ」と淡泊に返す。
「好きじゃなきゃそういうことだってしないだろ。アホか」
「いや美月ちゃんと出会う前と後のお前のアフター具合に度肝抜いてるんだよ。晴、昔は恋愛なんて一ミリも興味ないって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「その顔絶対覚えてるだろ!」
なんで分かるんだろう、と慎の指摘に晴は苦笑を浮かべた。
これも付き合いが長いから芸当か、と納得すれば、そんな友人に向かって晴はカフェオレを飲みながら言った。
「恋愛なんてものに興味がないのは今も変わらない。でも、美月は例外かもな」
「お前の中で美月ちゃん特別過ぎないか?」
「当然だろ。俺を救ってくれたんだから」
美月は晴を、救って、そして変えてくれた。
美月に対して恋愛感情を抱いているか、と言われれば、やはりまだ断定はできなかった。それでも、彼女を大切だという〝特別な感情〟は抱いていると、今はハッキリ言える。
「美月がいないと俺は自動的に死ぬしな。お前に見限られる訳だし」
「なにバカなこと言ってんの。離婚なんてする気配微塵もないじゃんか」
アツアツ夫婦、と揶揄って来る慎に、晴はふっ、と苦笑をこぼす。
「アツアツかどうかは分からない。でも、それなりに充実した日々はお互いに送れてるんじゃないかな」
「いやホント何があったの⁉ なんか今の晴キモイんだけど」
「心外だ。どこのどの辺がキモイんだ」
身震いする慎にジト目を送れば、彼は「全体的に!」と指摘した。
「いつもの毒舌キャラがどこにもいない!」
「元から毒舌キャラじゃねえし。お前は例外なきもするが」
「そこで特別感出されても全然嬉しくないんだけど⁉」
「ぎゃーぎゃー喚くな。他の客に迷惑だろ」
「お前は俺にだけホントッに辛辣だな⁉ 美月ちゃんみたくとはいかなくとももう少し優しくしてくれたっていいじゃん!」
「俺は男にはこの態度だ」
「とか言って金城くんには親切だよな⁉」
「あの子は年下だろ」
と返せば、慎は「俺だって年下だわ⁉」と鼻息荒く返してきた。
「なに、お前そんなに俺に優しくして欲しいの?」
「うん。晴はいつも俺に容赦がなさすぎる」
「そうとも思わんけどな」
「本人はなっ! でも言われてる側はそう感じてるの!」
首を傾げれば慎は被害者みたいな言い方で主張してくる。
「結婚したんだし、そろそろ性格も丸くなっていいと思うんだけど」
「美月はこの性格の俺が好きらしいからな。このままで問題ないだろ」
「淡泊で不愛想で辛辣なお前を?」
「そのコメントこそ辛辣だからな? ……はぁ、分かったよ。もう少しお前に優しくするよう努力する」
諦観した風に言えば、慎は「よっしゃ」とガッツポーズ。
めんどくせぇ、と内心で呟くと、晴から優しくされる権利を勝ち取った慎はさっそくそれを行使してきて。
「じゃあさ、晴。日頃こうして友達のいないお前に付き合ってる俺に一つお礼を言ってみてよ」
「言い方に棘がある上に腹が立つな……はぁ、いつもありがとな」
と感謝してご満悦げに微笑む慎に、晴はなんだかこれでは物足りないと思えて、
「ま、お前の友達多いアピールも本当に友達と呼べる奴はいるのかと疑問に思うがな」
「なんでいい感じで終ると思ったら余計な一言加えるんだよ! ホントッお前、そういうところが友達できない原因なんだぞ!」
「友達なんて指に五本入れば十分ですー」
「お前は五本もいないだろうが!」
「カッチーン。あー傷ついた。慎くんにイジメられた。なので反抗としてこの動画を詩織さんに送らせていただこう」
「ちょ⁉ それだけはマジで勘弁してください⁉」
いつもの喫茶店で、晴は友人と他愛もない日々を過ごしていく。
美月と過ごす時間もいいけれど、こうして友人を揶揄う日があっても悪くないなと思うのだった。
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