第153話 『 貴方好みの女性でいられて何よりです 』


 今回は頼れる友人の力は借りない。そう決めたのは、やはりいつまでも頼りっぱなしは良くないと思ったからだ。決して見栄とか意地ではなく、晴だって気の利いた贈り物が出来るんだぞと成長を見せたかった。


 本当に詰んだ時は友人たちの知恵を借りるつもりだが、せっかくだし今回はギリギリまで頑張ってみようと思った。


「なんですか、人のことをチラチラと見てきて」

「……べつに」


 スマホと美月に視線を右往左往させていれば、どうやらそれに気づいていたらしい彼女から追及された。


 誤魔化すように視線をスマホに戻せば、むっとした顔が間に入り込んで来る。


「気になります」

「気にせんでいい」

「いいえ、何隠してるか教えてくれるまで見つめ続けます」


 食い下がる美月に、晴はどうしたもんかと後頭部を掻く。


 流石に「お前の喜びそうな誕生日プレゼントを模索してる」なんてネタバラシはできないので、晴は必死に言い訳を考える。


「……お前に構って欲しかったんだよ」


 苦し紛れの言い訳にも程があった。


 すぐに後悔が襲って、晴は己に嫌気を指す。


 もう少しマシな言い訳があっただろ、と反省していれば、しかし美月は「なるほど」と頷いて。


「そうなら早く言ってくれればいいのに」

「――は?」


 予想外の反応に目を瞬かせれば、美月はトントン、と己の膝を叩く。


「ほら、お望み通り構ってあげますよ」

「いいのか?」

「貴方が構って欲しいと言ったんでしょう」


 美月は「まぁ」と継ぐと、


「珍しいとは思ってますよ。でも、晴さんにもたまには甘えたい時期があるのかなー、と思って」

「そ、そうなんだよ。ちょうど人肌が恋しくてな」


 ここで否定すれば疑われる気がしたので、晴は便乗することにした。

 悪いな、と言いつつ、頭を美月の膝に置いた。


「ふふ。可愛いところありますねぇ」

「男に可愛さ求めんな」

「年下の妻に膝枕されている旦那が何を言う」


 たしかに現状だけ見れば否定できない。

 反論できずにうめけば、美月は「可愛い」と微笑みながら頭を撫でてくる。


「貴方は本当に大きな子どもですね」

「世話の掛かる旦那で悪かったな」

「構いませんよ。貴方を支えるのが私の務めですし、それにこうして素直に甘えてきてもらうのは嬉しいです」


 素直に甘えている訳ではないのが、美月が喜んでいるなら満更でもなかった。


「今はエクレアもいませんし、貴方を独り占めできます」

「そういえばエクレア何処に行ったんだ?」

「あの子なら晴さんの部屋にいると思いますよ」


 なんでだ、と眉根を寄せると、美月が答えた。


「あの子、最近晴さんのベッドがお気に入りみたいです」

「なんで?」

「たぶん、晴さんの匂いがたくさん付いてるからじゃないですかね」

「どこまで俺が好きなんだあのお嬢さんは」

「べた惚れですよねぇ」


 エクレアがご主人ラブなのはミケを通して既知であるが、そこまで晴の事を好きだと歓喜よりも疑問の方が勝る。


 それほどエクレアに好かれることなんてしてないけどな、と胸中で思うと、美月が言う。


「貴方は無意識に女性を引き寄せますから、傍にいる側としてはいつもハラハラさせられます」

「俺はそんな覚え微塵もないんだけど……」


 晴は美月以外の女性とお付き合いの経験もなければ好意を寄せられた覚えもない。ただ何人かの女性には食事に誘われたことはあるが、それも晴の仕事に興味があっただけだろう。


 それに、美月が敵視しているエクレアも性別は女の子だが所詮は猫だ。


「何度も言ってるが、俺はお前以外を好きなることはないからな」


 晴の心が求めるのは、いつだって美月ただ一人。

 そう答えれば、美月は「分かってますよ」と微笑を浮かべて、


「私が貴方の最初で最後の女になるんですから、そのつもりでいてくれないと困ります」

「なら何も問題ないな」


 美月がその気でいてくれるなら、晴も安堵が広がる。


「お前に呆れられたら俺は死ぬと思うし」

「ふふ、そんなに私の虜になっちゃいましたか?」

「ふっ。そうだな。少なくともお前のメシは世界一美味い」


 誇張抜きに称賛を送れば、美月は「ありがとうございます」と照れなく受け止める。


「ご飯で貴方の心を掴めたら安いものですかね」

「ご飯だけじゃない。お前には本当に救われた」

「支えるって、そう約束しましたから」

「ありがとうな」

「どういたしまして」


 晴の心を掴んだのはご飯だけじゃない。美月の優しさも、この心を離れがたくさせる理由の一つだった。


 優しく頭を撫でる手。その温かい感触に浸れば、不思議と普段は言えないような事も言える気がして。


「お前を好きになってよかった」

「あらあら。どうしたんですか、急に」

「たまにはいいだろ」


 ふ、と微笑を向ければ、美月は「ならもっと言ってください」と催促してきた。

 妻のお望みとあれば、応えるのが夫の義務だろう。


「ラブコメなんか書いてても、現実の恋愛なんてものに興味なんてものは一ミリもなかった……いや、少しはあったかな」

「でも執筆優先にしてきたんでしょう」

「あぁ。だから、お前と初めて会った時は内心少し緊張してた。うまくリードできるか、とな」


 少しだけなんですね、と美月が苦笑する。


「本音を言うとあのプロフィールも信用してなかったが、実際お前の顔を見たら俺の好みだった。この黒髪も含めてな」


 さらりと落ちる妻の髪。それを掬えば、ふわりといい匂いが鼻孔を擽ってくる。


「晴さん黒髪好きなんですね」

「清楚感があって好きだ」

「じゃあずっとこのままにしましょうかね」

「好きにすればいい。でも、できれば染めないで欲しいな」

「貴方が望むならこのままでいますよ。髪を褒められて喜ばない女はいませんから」


 ありがたい、と黒髪のままで居続けてくれる妻に晴は口許を緩める。


「思えば、お前はドストライクの女だったのかもしれない。美人で黒髪ロングで家事ができる……お前パーフェクトだな」

「ふふ。貴方好みの女性でいられて何よりです」


 晴の好みの女性チェックリストに全部が該当する美月に驚嘆とすれば、彼女は誇らしげに口許を綻ばせた。


 美月を好きになる要因は、どうやら最初から全部揃っていたようだ。ただ晴の心だけが準備不足というか恋愛に対して疎かったせいで、こうして好意を伝えるのに時間が掛かってしまった。


「好きになった相手が未成年……という事実はやっぱり大人としてどうなのかと思うが、今ならこう思える」

「どう思えるんですか?」


 言葉の続きを促す美月に、晴はくるりと頭を回転させると、紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめながら告げた。


「恋愛において、本当に相手に惚れれば年齢なんて関係ないんだな、と」

「――っ」


 年下だとか、年上だとか、未成年と成人だとか――この世は色んなものにジャンル化されてしまう。


 それは事実で、晴の言い分はただの屁理屈なのかもしれない。


 それでも、こうして美月を愛している晴だからこそ込められる想いがあった。


「この幸福だと思える時間は、お前とでなきゃ味わえなかった」


 胸が満たされていく感覚。それを教えてくれたのは、晴よりも八つも年下の少女。


 まだ子どもで、感情が素直な美月だからこそ――晴に人を愛することの大切さを教えてくれた。


「結婚してくれてありがとな、美月」

「私の方こそ、いつも新鮮な日々をくれてありがとうございます」


 互いに感謝を伝えて、その熱に促されるままに深い口づけを交わす。


 妻と過ごす甘い時間は、晴の頭から『誕生日プレゼント探る』という目的をすっかり忘れさせるのだった――。

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