第151話 『 まさかだけど、生でしてないよね? 』


「飲み会の時はすんませんした」

「――――」


 珍しくテーブルに頭を突く慎に、晴はふんっ、と鼻を鳴らした。


「酒は飲んでも……」

「飲まれるな、です」

「たくっ。手間掛けさせやがって」


 委縮する慎に「反省してるならそれでいい」と手を扇げば、晴は頬杖を突いて、


「次は路上にそのまま寝かして帰すからな」

「はい。今度はしっかり節度を意識を保つことを努力します」


 慎も猛省しているようなので、今回はこの辺で勘弁してやるか、と晴は悪態を引っ込めた。


「それで、今日呼び出されたのは何の件だ?」

「飲み会での件について以外は特にないよ」

「なんだ、じゃあ帰っていいか」

「辛辣⁉ 友人に謝罪させるだけさせて帰るとかお前悪魔かよ⁉」

「飲み会でお前が俺に迷惑掛けたのは事実だろ。ま、貸し一とこの動画で勘弁してやるがな」


 慎が「動画?」と眉根を寄せる。

 やはり何も覚えていないようで、晴はそんな慎にあくまで親切心として教えてあげようとポケットからスマホを取り出すとある動画を再生した。

 その動画とは。


「な、なんだよこれ⁉」

「酔ったお前が『詩織ちゃんの大好きな所』をマジで百個言ってる動画」

「なんてもん撮影してたんだ⁉」

「これでいつでもお前を脅迫できる」

「本物の悪魔だなお前は⁉」


 驚愕する慎が「消せ!」とスマホを奪おうとしたが、晴はひょいっと躱す。

 慎が決して届かない位置でスマホを固定すれば、もはや嫌がらせと言っても過言ではない行為を続行した。

そして、そんな動画を再生し続ければ、いつも飄々としているキザ野郎の顔は羞恥心に染まり上がっていた。


「その脅迫ネタを使って俺に何をさせる気だっ」

「今度飲み会で酔いそうになったらもう一度お前にこれを見せる」


 そうすれば酔いも醒めるだろう、と悪魔のような笑みを浮かべた。

 外道――それこそ今の晴は魔王のようで、慎は奥歯を噛みしめる。


「くっ、なんて下劣な奴だ⁉ これじゃあお酒を満足に楽しめないじゃないか⁉」

「楽しむのは勝手だ。ただ羽目を外さないように注意しろということだ」


 この動画もその抑止力にしか使う気が無いので、バックアップやデータの複製はしていない。つまり、このオリジナルだけだ。


「安心しろ。こんな動画流出させても俺にメリットなんてないし、下手に拡散したらお前に訴えられるからな。半年ないし三カ月もしたら消す」

「……つまりその間はほぼ飲酒制限されてる状態じゃんか」

「俺のいないところで飲むのは勝手だ。あぁ、でも詩織さんに渡すのはアリかもな」

「お願いだからこれ以上俺の自尊心傷つけるのやめて⁉」


 本気で懇願する慎に「分かったよ」と頷いて、晴は先の提案を引っ込める。

 少々お灸を据え過ぎたか、と思ったものの、酔っ払った挙句に晴に家まで送らせたのだ。

 それに掛かった時間分はしっかり徴収させてもらう。

 晴に弱みを握られた慎は、ドッと重いため息を吐くと、


「というか晴、なんで先週全然連絡出なかったんだよ」

「色々と忙しかったからな」

「あぁ、新作の件?」

「そっちじゃない」


 気分転換にコーヒーを飲みながら呟く慎に首を横に振れば、彼は眉根を寄せた。


「なら、尚更電話くらい出てくれよ。飲み会でのことなるべく早く謝ろうと思ってたのに、今日になっちゃったじゃん」

「お前に都合があるように、俺にも都合があるんだ」

「お前の予定が埋まるのは大抵会議か美月ちゃんだけだろ」

「それだけで十分だろ」


 晴もカフェオレを飲みながら素っ気なく返せば、慎から「相変わらずつまらないな」と小言をもらう。


「で、会議じゃないなら美月ちゃんのことで先週奔走してたことになるんだけど、その解釈でオッケー?」

「合ってる」

「ふ~ん。美月ちゃんのことで一週間も使うって余程の事態だと思うけど……はっ⁉ まさか妊娠でもしたか⁉」

「な訳ねえだろ」

「んぎゃ――――ッ⁉ 俺の指ぃぃ⁉」


 挑発的な笑みを向けながら晴を指す指を握り潰せば、店内に絶叫が響き渡る。


「お前は俺の指に恨みでもあんのか⁉ 飲み会の時も折ってきやがって‼」

「お前が毎度くだらない発言するからだろ」


 真っ赤になった己の指をいたわる慎に、晴は澄ました顔で言い返す。


「学生のうちに妊娠なんてさせるか。あいつにも将来があるんだ」

「そのわりには結構ヤッてるんじゃない?」

「…………」


 その指摘にふいっ、と視線を逸らせば、慎はニヤニヤと不快な笑みを浮かべた。

 一応、夜の営みについては休日にしよう、という晴と美月の暗黙の了解みたいなものが成り立っているが、夏休み期間中は少々羽目を外し過ぎたが過ぎた気がしなくもない。

 どことなく後ろめたさを感じていると、慎は頬杖を突きながら言った。


「電撃結婚した夫婦はお熱いですねぇ」

「もう一本指をへし折られたいらしいな?」


 わずかに声音に圧を込めれば、慎の顔が引きつる。


「ま、まぁ……夫婦の事情に他人が口挟むのは良くないよな、うん。でも、晴たちにそういう意識があるならちゃんと対策はしっかりしろよ?」

「……分かってる」


ぎこちなく頷いた晴に、慎は怪訝に眉尻を下げた。


「なに間の空いた首肯。いつもはすぐ淡泊に返すじゃん」

「……べつに」


 ふい、と思わず視線が逸れれば、慎は怪訝そうな顔をした。


「まさかだけど、お前、生でしてないよね?」

「して……はない。ギリ耐えた」

「ギリ耐えた⁉ なに、お前俺の知らない間に何してんの⁉」


 苦し気に答えれば、慎が前のめりに聞いて来る。


「……先週、何がったのさ」

「黙秘権を……」

「行使させるわけないだろ」


 逃げようとする晴を慎は逃がさなかった。

 晴のわずかな変化に気付かれた時点で、この話はしなければならなかったのかもしれない。

 そう諦観を悟れば、晴は先週の出来事を慎に語り始めた。


「先週、美月の誕生日だったんだよ――」


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