第148話 『 恋の神様ってのは、意外と近くにいるもんなのかな 』 


「それで、二人とも小説家業の方は順調なの?」

「「普通」」

「晴はまだしも、慎くんからそんな答えが出るとは思ってなかったな」


 どういう意味だと眉間に皺を寄せるも、サトルは意図的に無視して続けた。


「やっぱ小説書き続けるのって難しいんだ?」

「晴はそうでもないんじゃない。でも、俺はやっと中の上って感じだから」

「あれ、でも慎くんの作品って最近【50万部突破】したんじゃなかった?」

「おかげさまでね」


 おめでとう、とサトルに称賛を称えられて、慎は少し照れをみせる。


 普段は飄々とした態度も、こういう時は引っ込むようだ。


 当然といえば当然か、と晴は一人納得する。文庫本【50万部突破】、それは慎がずっと掲げていた目標で、ようやく達成できたのだから。


「詩織さんには祝ってもらったのか?」

「詩織さん?」

「コイツのカノジョだよ」

「うわ、慎くんカノジョいるのかよ」


 眉根を寄せたサトルに答えれば羨ましそうに吐息をこぼす。慎からは「お前ッ」と睨まれたが、先程美月との結婚生活の模様を暴露されたのでお互い様だろう。


 さらりと晴に恋人がいることを暴露された慎は諦観したように嘆息すると、


「いやまだだよ。ただ近いうちにディナーに行こうとは約束してくれた」

「良かったんじゃんか」

「まぁね」


 慎はぽりぽりと頬を掻く。


結果に対して褒めてくれる人がいるというのはやはり嬉しいようで、慎はお酒が入っているにも関わらず静かになってしまった。


 気恥ずかしい、とでも言いたげな慎の態度に晴は苦笑しながら一瞥すると、サトルが見つめていることに気付く。


「晴も、頑張り続けてるみたいだな」

「少しだけな」

「お前の少しは少しじゃないだろ」


 けらけらと笑うサトルに、晴はなんだそれと失笑。


「どうせ昔と変わらず小説ばっか書いてるんだろ」

「今はそれが仕事だからな」

「それはそうだが……お前、ちゃんと休んでるのか?」


 お母さんかよ、と胸中で思っていると、代わりに答えたのは何故か慎だった。


「晴、最近はわりと休んでるよ」

「どうしてお前が答える」


 晴のジト目を気にもせず慎は続けた。


「晴、結婚してから奥さんに構わないといけなくなったから」

「ははっ。あの晴が誰かの為に時間を割くとはねぇ」

「お前らなんで今日はずっと辛辣なの? 俺だって傷つくんだからな」


 概ね事実ではあるが、人間は事実や正論が苦手だ。それは晴も同じだが、友人たちは大して気にした様子もなく、


「嫁に尻敷かれるとはまさにこの事だな」

「まさかこの中で晴が一番早く結婚するとは、人生とは不思議なもんですなぁ」

「言っとくが、俺がこの中で一番驚いてるからな」

「「なんでお前が驚く」」


 二人からツッコまれるも、やはり晴自身が結婚した事実に一番驚愕している。


 出会って、たったの一日。その最後に『結婚しないか』と提案プロポーズするなんて馬鹿げていると思ったが、それにまさか頷かれるとは想像もしていなかった。


 偶然と偶然が重なった結果、碌な交際経験もなく結婚に至ってしまった訳なのだが、それなりに充実した日々を送っているのもまた事実で妙な感慨深さがあった。


 サトルの言う通り、本当に人生は不思議で。


「お前はどうなんだよ。付き合ってる人いないわけ?」


 意趣返し、のつもりではないが気になったのでその場のノリ程度に訊けば、サトルはわずかにたじろぐ。


「俺? 俺は……去年別れたきり縁がない」

「ありゃりゃ。それは残念だったね。気にしたってしょうがない。たーんと飲みな」

「ちくしょう!」


 どうやら交際していた相手はいたらしい。


 涙の代わりにハイボールをぐっと一気に飲み干せば、サトルはダンッ、とテーブルを叩いた。


「同棲する予定で家も探してたんだけどさ、お互い仕事が忙しくてすれ違いが続いてたせいで別れようって告げられた」

「おおぅ、社会人は大変よな」


 悔し涙を流すサトルを、慎はよしよしと背中をさすりながら同情していた。


「晴はいいよな、出会ってすぐあんな美人で家事料理ができて思慮深い子と結婚できて」

「それに関しては全部お前の言う通りだな」


 あれ程までに人に尽くしている子は世の中にいないと思う。


 晴に対しては少々辛辣な言葉もあるが、それも全て正論な上に晴という人間を理解して指摘しているので、本当に美月には頭が上がらない。


「あんな子に好かれてる晴がただただ妬ましい。刺されろ」

「普通に怖いこと言うなよ。それで本当に刺されたらどうするんだ」

「「どうせ奥さんが手厚く看病してくれるだろ」」


 二人の言う通りな気がして何も言い返せなかった。


 ただでさえ執筆病という不治の病に掛かっている晴の看病――ではなくお世話をしてくれているのだ。あまり面倒は掛けたくないが、きっと彼女ならどんな看病もしてくれるだろう、と謎の信頼感があった。


「「妬ましい。刺されろ」」

「サトルはともかく、お前が嫉むのはおかしいだろっ」


 慎だって詩織という美人なカノジョがいるではないか。


 そう抗議するも慎は「お前は勝ち組過ぎる」と呆れながら返してきて、晴はたしかにとうめく。


「あ~あ、俺も美月ちゃんみたいな子に出会いたいなぁ」

「その場合だと相手が未成年になるけどいいのか? 最悪捕まるけど」

「「それはお前だけだろ」」


 犯罪者、と二人に言われて、晴は「もう合法だろ」と苦し紛れに返した。


 今更だが本当に美月との出会い方は特殊だったな、と述懐していれば、そんな晴と美月を出会わせた宣伝塔――ではなく慎が迷える子羊を誘っていた。


「なんだ、サトルもカノジョ欲しいんだ」

「当たり前だろぉ」

「それなら早く言ってくれればいいのに」


 慎が気分上々といった感じで鼻歌交じりにスマホを操作した。


 それが何を意味しているのか瞬時に察した晴は、また悪徳勧誘を始めようとしている友人に呆れながらホワイトサワーを飲む。


「サトルもこの出会い系アプリ始めてみれば? 晴だってそのおかげで今の奥さんと出会えたわけだし」


 俺がオススメしたの、とさりげなく実績を魅せてサトルの気を惹かせる。


 相変わらず人心掌握が上手い奴だ、と嘆息すれば、慎の巧妙な手口にサトルは興味を示して話を促していた。


「もしかして、慎くんもこれで詩織さんて人と出会ったの?」

「そうだよー。これのおかげで運命の人と出会えたのよ」

「となると実績は確かか……おぉ、評判もいいみたいだねぇ」

「でしょ。だからサトルも始めてみない? このアプリ、今なら一カ月無料でサービス受けられるよ」

「始めてみる価値はありそうだね」

「お前、本当にその会社の宣伝塔になれば?」

「いやぁ。俺は一ユーザーとして楽しく使わせてもらうよ」


 また一人勧誘に成功したやり手の男に、晴は「すげえなコイツ」と感心する。


 それから、サトルと慎は出会い系アプリの話で盛り上がる。そんな二人を晴は満更でもなそうに眺めながら、胸中で呟いた。


「(恋の神様ってのは、意外と近くにいるもんなのかな)」

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