第147話 『 美月ちゃんが作るやつとどっちが美味しい? 』

 久しぶりに会う友人と、見慣れた友人で囲む食卓は、不思議と普通に盛り上がった。


「じゃ、取りあえずかんぱーい!」

「かんぱーい!」「乾杯」


 それぞれ頼んだお酒を手に掲げ、晴と慎、そしてサトルは再会を祝す。ちなみにサトルは生ビールを。慎はハイボールを。晴はレモンサワーと注文内容に統一感はなかった。

 喉を鳴らす成人男性二人に比べ、晴は静かにこくこくと飲んでいく。


「かっはぁぁ。年を取るとビールが美味いのはなんでだろうねえ!」

「いいなサトル。俺未だにビール苦手なんだよね」

「ははっ。慎くんもまだまだお子様だねぇ」


 豪快に一杯目を飲み干したサトルに若干引いていると、慎が晴にジト目を向けてきた。


「それを言うなら晴だって俺と同じだからね。コイツ、ビール全く飲まないから」

「安心しなよ慎くん。晴は昔からお酒飲まないから」

「飲む理由がないからな」

「でも酒めっちゃ強いよな」


 サトルに言及されて、晴は「体質だろ」と素っ気なく返した。

 そんな晴の態度にサトルは相変わらずだな、と嘆息すると、


「しばらく会ってなかったけど、お前は本当に前から変わらないな」


 そう言いながらもサトルが微笑みを向けてきて、晴はなんだかむず痒くなる。

 そんなサトルの感想に、晴ではなく慎が「いやいや」と手を振った。


「晴、未成年と結婚してからかなり変わったよ」

「未成年て言うな。事実だけども……なんか犯罪臭が凄いだろ」

「「事実だろ」」


 反論できずにうめけば、二人はカラカラと笑った。


「サトルにも見せてやりたいわぁ。晴、美月ちゃんの前だと旦那だからって頑張ってるところ」

「うわ何それ。めっちゃ見たい。絶対面白いやつじゃん。今度撮って送ってよ」

「……べつに頑張ってるつもりはない。あとお前は親指立てんな」

「んぎゃ――――ッ⁉ 俺の親指がぁぁぁ⁉」


 言い訳めいた風に言えば、サトルはにやにやと口角を上げた。


「はは~ん。その反応からするに、慎くんの今言ったことはどうやら本当みたいだな」

「いってぇぇ。……真剣そのものよ。晴、美月ちゃんの為に大怪我したんだから」

「なにそれ詳しく!」

「この酔っ払いが」


 晴に親指を折られて目尻に涙を浮かべている慎だが、どうやら懲りていないらしい。


 お酒もまだ一杯目だが、居酒屋という場所だけあって普段より気分が舞い上がっているようだ。そして、慎という男は酔うと口が軽くなる悪癖を持っている。


 晴も慎の暴露話でも用意しておくか、と思案していれば、先の話に喰いついたサトルに慎は数カ月前に晴が病院送りになった話を語った。


 晴は既に事件当時の記憶が曖昧になってしまっているが、現場に居て尚且つ当事者でもある慎は鮮明に覚えていた。


 婚約指輪を買おうとしたこと。美月の危機を察知して咄嗟に動いていたこと。階段から転落そうになった美月を身を挺して庇ったこと。


 慎は懐かしむように語って、サトルは感服しながらそれを聞き届けた。


「痴漢から美月ちゃんを守ったとか……晴、俺が想像したよりもずっと真剣だったんだな!」

「どういう意味だよ」

「てっきり美月ちゃんを家政婦扱いしてると思ってた」

「お前は俺を何だと思ってるんだ。俺は軽率な気持ちで結婚してくれなんて言わない」

「「そもそも会ってすぐの子に結婚してくれってお願いする方が間違ってると思うけど」」

「うるせ」


 正論過ぎて反論できなかった。

 不機嫌そうに顔をしかめれば、サトルは父親のような視線を向けてきて。


「あの晴が、まさか女の子を守る為に怪我するなんてな」

「妻を守るのは夫として当然のことだ」


 ふん、と鼻を鳴らしながら答えれば、慎とサトルは微笑みを向けてきた。

 損ねた機嫌を少しでも晴らそうと運ばれた唐揚げを頬張れば、ジュワッと肉汁が広がる。


「うま」

「晴は唐揚げ好きね」

「美月ちゃんが作るやつとどっちが美味しい?」

「愚問だな。アイツは俺の好みを熟知してるんだ。アイツのが美味いに決まってる」

「「本当にそれだけかねぇ」」


 不敵な笑みを浮かべるサトルと慎に、晴は何となく苛立ちを覚える。

 お店側は万人受けの物を作っていて、美月(妻)は晴の好みに合わせて作ってくれているのだ。ならば当然、美月に軍配が上がる。


「お店のも普通に美味いけどな。あむ」


 もう一つと唐揚げを口に頬張る晴を苦笑しながら見守る二人は、咀嚼中なのを良いことに好き勝手話を広げていた。


「それで、慎くん。他に二人の惚気話はないの?」

「げへへ。たくさんありますぜ、旦那」

「ほほぉ。それは聞かねえといけねえなぁ」

「茶番劇やめろ」


 そう言って睨むも、二人は無視して続けた。


「俺が一番腹立ったのは、晴の野郎、人の手料理は受け付けないくせに美月ちゃんの手料理だけは食べるんですよ」

「なにそれ、慎くんが可哀そう⁉」

「きめぇ」


 零れてもいない涙を拭う慎を抱きしめるサトル。そんな二人の茶番劇を一蹴すれば、それでも小説家か、と呆れられた。


「でも、そんなに美月ちゃんが作るご飯美味しいんだ?」

「美味い」


 こくりと頷けば、サトルが驚いたように目を丸くする。


「お前が素直に賞賛するくらいなんだから絶品なんだろうな」

「少なくとも慎のより美味いぞ」

「あー! 言っちゃいけないこと言ったあ! 俺だって料理の腕上がってるんだからな! 今度食べさせてやろうか⁉」

「丁重にお断りするよ」

「丁重にお断りするなよ⁉ ちゃんと食べ比べろよ⁉」


 叫ぶ慎が抗議するも、晴は「比べるまでもない」と即却下する。

 頭を掻く慎に苦笑を浮かべながらサトルは晴に視線だけくれると、


「前にも聞いたけど、晴が人の手料理受け付けるなんてな」


 過去を知っているサトルは、当然晴が他人の手料理を食べられない事も知っている。だからこそ、晴が美月の料理を絶賛していることに感服しているのだろう。


「アイツの料理は格別だぞ。食ってて心が安らぐ」

「へぇ。そんなに言うなら今度食べてみたいかも」

「俺は構わん。アイツも同意するとは思うが、美月のご飯を食べたら他の人の手料理食えなくなるぞ」

「それは晴が例外なだけでしょ」

「お前が以前よりも料理を努力している理由はなんだっけ?」

「……くっ⁉ 人の気にしてる所を突いてくる悪魔め!」


 口笛を吹く晴に奥歯を噛みしめる慎。唯一この話を理解していないサトルは疑問符を浮かべた。


 慎が晴の言葉に奥歯を噛みしめている理由は、数カ月前に開かれた女子会にあった。


 そこで美月の手料理を食べた詩織が〝慎より美月の作るご飯の方が美味しい〟的なことを言ったらしい。


 その日以来、慎は愛する恋人の為にと料理の腕を更に伸ばしているようだ。


「お前も美月の料理教室通えば?」

「断固としてお断りだ! 俺は絶対美月ちゃんを越えてみせる!」


 どうやら慎は美月に対抗心を抱いているらしい。


 小説家・ハル然り、料理人・美月然り――慎にとって八雲家は宿敵が多いな、と晴は二杯目のレモンサワーを飲みながら友人を哀れむのだった。

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