第137話 『 お嬢、なんて名前もありですけどね/にゃにゃ!(ふざけんな!) 』


 数日後。

 動物病院にはこれから定期的に診断に行く事が決まり、また執筆する時間が減ると嘆く晴だが、まずは迎え入れた猫の名前を決める為リビングに居た。


「……名前を決める前に、一つ私から言いたいことがあります」

「なんだ?」


 眉をぴくぴくと動かす美月にそう促せば、彼女はここ数日の鬱憤を爆発させように吠えた。


「何なんですかこの猫は⁉ 私じゃなくて晴さんにベッタリじゃないですか⁉」

「俺が知る訳ないだろ。俺の太ももの居心地が良いだけだろ」


 猫に指さす美月に淡泊に返せば、猫も『んにゃ』と頷いた。

 晴と猫の答えを聞いて尚、美月の不満は収まらないようで、


「言いたくないですけどっ、拾ってきたの私なんですよ⁉ なら普通、私に懐くはずじゃないんですか⁉」

「だとよ。お前の意見は?」


 晴の太ももでくつろぐ猫を持ち上げて、猫と美月を向かい合わせる。

 すると猫は美月に向かって、


『にゃにゃっ』

「いや何言ってるか分からないんですけど⁉」

「俺も分からん。ただ、表情から察するにやはりお前のことは苦手みたいだ」

「私が苦手というより、私を敵視してますよこの子は!」


 何に、と眉根を寄せれば、美月が奥歯を噛みしめながら言った。


「この子、私と晴さんが一緒にいるの嫌みたいです。自分の方が晴さんに可愛がられてると言っています!」

「なにお前、猫語分かるの?」

「分かりませんが、この表情と態度で分かります!」

『にゃっ』


 猫が鼻で笑った。

 小馬鹿にしたような猫の態度に、美月はさらに顔を真っ赤に染めて。


「くっ! 何て腹立たしい! 段々とマウント取ってるような顔に見えてきたっ!」

「考えすぎだろ。俺にはいつも通りに見えるがな」


 愛らしい顔を覗けば、猫は『にゃぁぁ』と愛嬌のある声で鳴いた。


「なんですかこの子。まるで好きな人の前だけ可愛くする女みたいじゃないですか!」

「どんだけ猫に向かって敵対心向けてんだ。猫は猫、人は人だろ」


 猫に嫉妬する美月に呆れつつ、晴は猫を見つめながら言った。


「お前、名前は何がいい?」

『にゃにゃ?』


 そう聞けば、猫は小首を傾げた。


「ほれ、お前も名前考えろ」


 まだ興奮状態の美月に促せば、分かりしました、と渋々頷いた。

 それから、二人で猫の名前を考え始める。


「メスだから女の子らしい名前のほうがいいよな」

「どうしましょうかね。お嬢、なんて名前もありですけど」


 他意を含めて美月がそう言えば、猫が『にゃにゃあ!』と怒った。ふざけんな! と言っているような気がした。


「お前が拾ってきたんだろうが。喧嘩せずにちゃんと考えろ」


 晴に窘められて、美月は「はーい」と頬を膨らませながら返事した。


「でも、名前を付けるならそれこそ小説家である貴方の出番なのでは?」

「登場人物の名前は考えてるけどな」


 猫の名前かぁ、と呟けば、晴は頭に思い浮かべた名前を列挙していく。


「ミルク……サブレ……いちご……ココナッツ」

「食べ物から離れましょうか」

『にゃにゃ』


 美月と猫からもやめてとお願いされた。

 仕方ない、と一拍置いて、


「シオン……ルナ……あんみつ……ユナ……クウ……にゃめろう」


 唸りながら思い浮かんだ名前を列挙していくも、猫から良い返事はもらえない。


「リンシア、なんて名前はどうでしょうか」

「いいじゃないか」


 もはや名前決めが面倒になってテキトーに肯定すれば、しかし猫は顔を顰めた。


『にゃにゃ!』

「どうやらお前の案は全却下みたいだな」

「理不尽にも程がありませんか⁉ ホント何なんですかこの子は⁉」


 ふん、とそっぽを向くに猫に美月が頭を掻きむしる。

 普段は大人しい美月をこうも怒り狂わせる猫に感服と呆れを抱きつつ、晴は「あ」と声を上げた。


「……エクレア」

「また食べ物の名前ですか」

「食べ物だけど、そういう登場人物の名前のヒロインは意外と多いぞ。親しみがあるし覚えられやすい。それにエクレアってお嬢様っぽくないか?」


 そう言えば、美月は「まぁ確かに」とぎこちなく頷いた。


「お前はどうだ? エクレアって名前」

『んにゃぁ~』

「そっか。気に入ってくれたか」

「……もはやこの子は貴方から名付けられるならなんでもいいように見えますけどね」


 猫に意見を求めれば、満足そうに鳴いてくれた。


「うし。コイツは今日からエクレアだ。お前はそれでいいか?」

「もう何でもいいですよ」


 疲れたように首肯した美月。

 拾い主からも許可が出れば、今日からこのお嬢様みたいな白い猫は〝エクレア〟となった。


「これからよろしくな、エクレア」

『んにゃ』


 晴の挨拶に返事したように鳴いたエクレアに、晴は思わず笑みがこぼれた。

 美月が拾ってきた一匹の白い猫――エクレア。

 この家に、新しい家族が迎え入れられた瞬間だった。


「よろしくね、エクレア」

『にゃにゃっ!』

「ちょっと! なんで私には嫌な顔するのよ!」

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