第136話 『 なんで猫と会話できるんですか 』
猫を拾ったものの、どう対処すればいいのか分からないので、ここは有識者の意見を聞くべきだと晴はミケに連絡を取った。
『もしもしハル先生? 電話してくるなんて珍しいっすね』
「お疲れ様ですミケさん」
電話越しから驚いたような声を聞き届けながら、晴は続けた。
「唐突なんですけど、ミケさんに聞きたいことがあって」
『聞きたいこと? 挿絵に関しての相談じゃなくてっすか?』
はい、と首肯して、
「実は、美月が猫を拾いまして」
『猫!』
ミケが嬉しそうに復唱した。
ミケは実家で猫を飼っているので、猫に関して相談するなら彼女が最たる人物だろうと思い電話したのだが、どうやら正しかったようだ。
歓喜もつかの間、ミケの声音はすぐに真剣になって。
『拾った……ということは捨て猫っすか?』
「えぇ」
『傷はありました?』
「目立った外傷は特にありませんでした。捨てられたのもおそらく数日前です」
にゃるほど、とミケがうなる。
『大きさは?』
「生まれてすぐ、ではないかもしれないです。生後数カ月は過ぎてると思います」
『となると飼い主が育てきれなくて捨てたパターンすかねぇ』
たぶん、と晴は曖昧に頷いた。
淡々と質問されて、晴も淡々と答えていく。
一通り質疑応答を終えると、ミケが指示をくれた。
『何はともあれ、まずはその猫ちゃんを動物病院に連れていってください。捨てられて日は浅い、といってもノミやダニ、感染症を持っているかもしれないっす。きちんと処方を受けて、猫ちゃんに異常がないことを確認してください』
「分かりました。その後は?」
『飼うのが難しい場合は保護施設や動物病院と相談してくださいっす。あ、動物病院には先に『捨て猫を拾った』と説明した方が後が楽だと思うっす』
了解です、と頷く。
「ちなみに今エサをあげるのは?」
『止めた方がいいっすね。水分補給ならまだしも、無理にご飯をあげようとしても慣れない環境で胃が受け付けない可能性があるっす』
吐く可能性がある、と忠告するミケ。
『……まぁ、それも病院に行ったら説明してくれるでしょうし、こうして電話するより確実っすよ』
「分かりました。さっさと行けということで」
『理解が早くて助かるっす』
カラカラと笑うミケに、晴は苦笑を浮かべた。
ありがとうございました、とお礼を言って電話を切ろうとした直前、ミケが『ハル先生』と呼び止めた。
『もし飼うことになったら、その時は是非お会いさせてください』
「いいですよ。飼えば、の話ですけど」
『にゃはは。そう言いつつ答えはもう決まってるんでしょう?』
晴の内心を見透かしたように問いかけたミケに、晴は苦笑をこぼす。
「にゃ? にゃにゃ。にゃ~」
『……んにゃ』
「(ま、あんな楽しそうに戯れる姿を見てたら飼わない、なんて答えは出来ないよな)」
視線をソファーへ移せば、美月が猫と楽しそうに戯れていた。それはもう、無邪気な子どものように。
猫の方は嫌々付き合ってる感じがしたが、美月が楽しそうならいいか、と吐息して、
「――まぁ、大変そうではありますけどね」
『大丈夫。猫は賢いし自由気ままなので、面倒見るのは人間より簡単すよ』
「言葉に深みがありますね……」
闇が垣間見えて頬を引きつらせれば、ミケがにゃははっ、と笑っていた。
今度こそ電話を切れば、晴は美月と猫の下に戻っていく。
「ミケさん。なんて言っていましたか?」
「ミケさんもまずは動物病院に連れていくべきだと」
「分かりました」
そう言えば、美月はこくりと頷いた。
早速動物病院に連絡を入れよう――そう思った時だった。
『みゃ~~』
「うおっ。急に飛びつくな」
美月の手から離れた猫が突然ジャンプしてきて、晴の胸に飛び込んできた。
慌てて猫を抱き止めると、猫はなんともご満悦に喉を鳴らしていた。
「ふふ。その子、ひょっとしたら晴さんのことが好きなのかもしれませんね」
「会ったばかりなのにか?」
微笑む美月に小首を傾げて、晴は抱きかかえる猫に視線を下ろした。
「お前オスか?」
『にゃにゃ』
『じゃあメスか』
『にゃ』
「メスなのか」
「……なんで猫と会話できてるんですか」
「知るか。コイツが賢いだけだろ」
美月にジト目を向けられるも、晴自身もなぜ猫が答えてくれたのかさっぱり分からなかった。
美月は呆れた風に嘆息しつつ、ソファーから立ち上がると猫に向かって手を広げた。
「はぁ。猫さん、今から病院に行くので、晴さんではなく私の方に来てください」
猫を怯えさせないように優しい声音で言った美月だが、猫はというと、
『にゃ』
ぷいっ、とそっぽを向いた。
「……こっちに来てください」
『にゃ』
美月の声がわずかに圧が籠る。
「おい、お前。アイツの所に行ってくれ」
『にゃにゃ~』
晴の方からも猫に向かって懇願すれば、愛でるような鳴き声で頭をすりすりしてきた。
どうやら美月の方に行きたくないらしい。
ちらっ、と美月を見れば、先程の笑みが引きつっていた。
マズい、と直感が囁く。
「今からお前を病院に連れていくの。その連絡しないといけないから……早くしてくれっ」
『んにゃ~~』
「くっ。そんな目で俺を見るなっ」
捨てられた子猫のような目で『離れたくない』と訴えてくる猫。
不覚にもときめいてしまったが、背中の冷や汗が尋常ではないので早々に離れて欲しい。
「ダメだ。俺から離れようとしない」
「ほ~ら。猫さん。私と遊びましょう」
『んにゃあ!』
美月に向かってあっち行け! と言っている気がした。
何この修羅場、と体を震わせていると、美月が「晴さん」と低い声で名前を呼んだ。
「な、なんだ……」
「動物病院には私から連絡しておきますので、その子の面倒お願いします」
「お、おう」
凄まじい圧の籠った声音に反論なく頷けば、美月が離れていく。
その背中から重圧が放たれているような気がして、晴は身震いした。
それから、猫に視線を下ろすと、
「お前、ひょっとして美月のこと嫌いか?」
『んにゃ~』
「そ、そうか。……アイツには黙っておくか」
美月には聞こえない程度の声音で問いかければ、猫はしっかりと頷いたのだった。
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