第133話 『 女の子だってね、溜まるんだよ。性欲 』


 ――数日後。


「コミケ終わったー!」

「お疲れ様」

「お疲れ!」


 メイクを落として、完全にオフ状態と化した詩織は高らかに拳を突き上げた。


 二人揃って目の下に隈が浮かび上がっていて、それがここ数日の激闘を物語っているように見える。


 しかしそれも激戦を乗り越えた勲章、と思えば不思議と気分は良くて。


「かぁぁぁぁ! 久しぶりのお酒美味えええええ!」

「詩織ちゃんや。おっさんが出てますよ」


 缶ビールを勢いよく飲む詩織が堪らずうなる。

 ぐい、と腕で口を拭うと、詩織は「だって!」と腕を振って、


「久々のお酒だもん! やっぱお酒最高ー! ご飯も美味しい!」

「ふふ。たーんとお食べ」


 ビールのお供は一口サイズのおにぎりだ。


 慎お手製であり、ツナマヨやネギトロ、アボカドとオニオンのわさびマヨネーズ和え等の豊富な種類が用意されている。


 凶戦士状態バーサーカーの詩織に散々横暴を働かされた後でもこうして献身的になれるのは、やはり慎にとって詩織が〝特別〟な存在だから、なのだろう。


「ごめんね~。慎くんだって執筆とかで疲れてるのに」

「気にしないで。詩織ちゃんが美味しそうに食べてる姿見るだけで俺は疲れが吹き飛ぶから」

「嬉しいこと言ってくれますなぁ。……うま」


 自分の手料理で頬を落とす顔を見れば、本当に疲れなんて吹き飛ぶ。

 不思議な感覚に耽っていると、詩織が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「でも、私衣装が完成する前までの記憶ないんだけど、また慎くんに酷いことしちゃったよね?」

「……それは、まぁ、うん」


 歯切れ悪い慎に、詩織は「やっぱり⁉」と涙目になる。


「本当にごめん! プールの時バーサーカーにはならないって約束したのにぃ」

「気にしないで。たぶんなるだろうとは予測してたし。それで頷いたのは俺だしね」

「優男過ぎるよ~」


 まだお酒も一杯目だが、疲労も相まって酔いが早いらしい。


 涙もろくなっている詩織が抱きついてきて、慎は狼狽してしまう。


 お風呂上り、まだ湿り気のある髪の色香と、シャンプーの甘い匂いが鼻孔を燻ってくる。


 なんだか体が疼き始めてしまって、慎はマズいと詩織の背中を叩いた。


「し、詩織ちゃん! ご飯食べよう!」


 お腹空いてるでしょ、と促せば、詩織は無言のままこくりと頷く。

 それからゆっくりと顔を上げる詩織は、元の位置に戻ろうとして――


「詩織ちゃん?」

「なーに、慎くん」


 赤くなった頬が慎を見下ろしていて、思わず生唾を飲み込んだ。


「いや、そのご飯を……」

「大丈夫。ちゃーんと食べるよ。……後で」

「後でって――んっ⁉」


 詩織の言葉に困惑した瞬間、不意に唇が奪われた。

 驚愕に目を見開けば、そんな慎の反応を見て詩織は嫣然と微笑んだ。


「プールの時、言ったよね。頑張ってくれたら慎くんにご褒美あげるって」

「い、言ってたね」


 ぎこちなく頷く。


「慎くん、ちゃんと頑張ってくれたから、そのご褒美あげないと」

「そ、それは今じゃなくてもいいんじゃないかな。ほら、ご飯冷めちゃうし」

「温め直せばいいよ」


 気を逸らそうとしたが、無理だった。

 艶めかしく伸びていく手が慎の頬を撫でて、詩織がクスッ、と口角を上げた。


「散々我慢させちゃった訳だし、お姉さんとしてはちゃんと発散させてあげないと思うんだよね」


 慎くんはどう? と悪戯に問い掛けられて、慎はたじろぐ。


 期待していなかった、と言えば嘘になる。


 ただ、詩織の体調を鑑みれば今日はすぐにでも寝かすべき、と珍しく性欲よりも恋人の体調を優先に思案している自分がいた。


 だから、慎は爆発しそうになる感情を必死に堪えて、詩織を説得する。


「詩織ちゃん、疲れてるでしょ。ご褒美は今日じゃなくてもいいから」

「やっぱり優しいね慎くんは。そういう所が大好き」


 そう言われると、心が揺らいでしまう。

 欲望と理性に揺さぶられる慎に、詩織は尚も跨ったまま言う。


「慎くんの言う通り連日徹夜続きで炎天下の中に何時間もいてぶっちゃけ今すぐにでも爆睡できそうだけど、でもね……」

「――ぁ」


 わざとらしく一度言葉を区切って、それから詩織は人差し指を硬直する慎の唇に当てた。


「女の子だってね、溜まるんだよ。性欲」

「――っ」


 ゆっくりと、それはまるで蛇のように音もなく近づいて、それから甘い声が耳元で囁いた。


 そして詩織は、恍惚めいた微笑みを浮かべて懇願した。


「私の溜まった性欲。慎くんで満たして欲しいな」

「――ッ‼」


 それを聞き届けた瞬間。慎も我慢していた欲望があふれ出した。

 歯止めが止まらず詩織を押し倒せば「きゃっ」と小さな悲鳴が聞こえる。

 押し倒された詩織。なのに、その顔には笑みが浮かび上がっていて。

 もう、我慢なんてできなかった。


「今更やっぱ止めようはなしだよ?」

「そんな野暮なこと言わないよ。さっきも言ったでしょ。女の子だって性欲溜まるって」

「じゃあ、俺が満たしてあげるよ」


 ごくりと生唾を飲み込む様は、飢えた野獣のようだった。目も、爛々と光っているはずだ。

 最後に、本当に最後に、慎は理性が千切れる寸前で詩織に訊ねた。


「詩織ちゃんからのご褒美、受け取っていいんだよね?」

「どーぞ。これまでお預けした分、たーんと私を召し上がれ。――んんっ」

「――んんっ」


 白い歯を魅せて笑う詩織に、慎はゆっくりと顔を近づけて、そのまま貪るようなキスを交わした。


 ぶたれても、理不尽に怒られても――その先に待っているご褒美が最上のものだと知ってしまったから、慎は詩織という女性の虜から抜け出せなくなってしまった。


「慎くんっ……もっと、もっと私を満たして?」

「いいよ。俺も、俺自身を抑えられる気がしないから。もっと激しくしてあげる」

「ふふ。嬉しっ」


 魔性の女、と内心で悪態吐きながら、慎は詩織と熱い一夜を過ごした――。


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