3・5章 【 夏休み編終わると思った? まだまだあるよ! (8月編) 】
第126話 『 自分でハーレム主人公とか、言う人初めて見たっす 』
月並高校二年、金城冬真。
中流階級の家庭に生まれ育ち、そして両親と一人の姉の四人家族でごく平凡の生活を送っている。
勉強や運動も平均的で、特技も特にない。
性格は消極的でネガティブ。周囲には影が薄いとよく言われているので、強いて言えば特技は【気配を殺す】ことかもしれない。
人と話すことも当然のように苦手であり、クラスではいつも教室の端っこにいる。
交流関係も少なく、同姓で友達と呼べる存在は一人だけ。
趣味は【アニメとゲームにラノベ】――要するに〝ヲタク〟だ。
容姿は黒髪短髪。姉曰く顔立ちは整っているようだが、眼鏡のせいで台無しとのこと。
身長も高校二年生の男子の平均より低く、筋肉質でもない。もやし、と言わても遜色ないくらいには華奢で肌も色白い。
根暗で眼鏡で身長も低くておまけにヲタクと――もはや陰キャ男子のテンプレを体現しているが、生まれてから今日まで、ラノベ主人公みたいなハーレムや異世界転生といったイベントは一度たりとも起きた事はなかった。
退屈続きの学校生活を送って、休日は大好きなフィギュアやタペスタリーに囲まれた部屋でアニメやラノベ鑑賞に浸り、姉に「プリン買ってこい」と尻に敷かれ、また鬱屈とした学校生活送る――そんな、満たされているようでどこか欠けた生活が続くのだろうと思っていた。
けれど最近、そんな日常が少し――否、大きく変わった。それはまるで、止まっていた歯車が動いたように。
まるでラノベのような出来事だと時々頬を抓るが、この痛みが夢物語ではなく現実だと教えてくれた。
本当に、嘘みたいな話だ。
ただのヲタクが、それまで神だと崇めていた人と――一つ屋根の下にいるなんて。
「僕の人生どうなっちゃたんだ⁉」
述懐から我に返ると、冬真は堪らず叫んだ。
何の突拍子もなく奇行に出た冬真に、向かいに座る女性がビクッと肩を震わせた。
「うわっビックリした。どうしたんすか急に?」
「い、いえ……僕の人生がいきなりラブコメハーレム主人公になってしまったと思いまして」
「自分でハーレム主人公とか、言う人初めて見たっす」
何言ってるんすか、と可笑しそうに笑う女性――ミケ。
その可憐な笑みに未だに慣れず頬を赤らめながら、冬真はぎこちなく言った。
「だ、だって。憧れのイラストレーターさんと一つ屋根の下にいるなんて、未だに信じられなくて」
「そんな緊張しなくていいんすよ。たしかに私は世間的には有名なイラストレーターかもしれないすけど、中身は絵しか興味ないダメ女なんすから」
「ミケ先生はダメ女なんかじゃありませんよ! 凄く素敵な方です!」
「おおぅ。そこまでドストレートに褒められると照れるっすねぇ」
ぽりぽりと頬を掻くミケの顔がほんのりと赤みを増した。
冬真も遅れて羞恥心がやってくると、堪らず赤面した顔を俯かせた。
なんだかお見合いみたいだ、と思うと余計に心拍数が上昇してしまって。
お互いにぎこちなくなってしまうと、ミケが唐突に「あー!」と声を上げた。
「そうだ! 今日の作業もひと段落したし今から撮り溜めたアニメ消化しようと思ってたところなんすよ! どどうすか金城くんも、一緒に観ないっすか⁉」
ミケなりに空気を換えようとしているようで、冬真もその提案にこくこくと頷いた。
「は、はい是非! ……でも、何観るんですか?」
「実はまだ何も手を付けられてなくて……」
恥ずかしそうに言ったミケだが、彼女の多忙さを鑑みればそれは当然の事だろう。
流石は超有名イラストレーターさん、と感心している傍らで、ミケがぽちぽちリモコンを操作していた。
「あ、これ気になってんすよねー。トイッターでトレンド入りするくらいだから面白いんかなー……金城くん、これ面白いんすか?」
「あ、はい! 凄くおススメですよ!」
一拍遅れて頷けば、ミケは「じゃあこれでいいっか!」と録画を再開させた。
自分も付き合おうと、姿勢を正している最中だった。
「ほら、金城くん。こっち来るっす」
「うええ⁉」
タンタン、とミケが床を叩いて冬真を誘っていた。
「そこだと観づらいでしょ?」
「い、いえ! 全然観えますよ! 僕眼鏡なので!」
何言ってるんすか、とミケが苦笑する。
それから、ミケは一時停止ボタンを押すと、
「ほら、一緒に楽しみましょ」
また、冬真に隣に座ってと促してくる。
段々と不機嫌になっていくミケの顔をみれば、もはや否応なく隣に座らざるを得なくなって。
「し、しし失礼します!」
「ういっす。いよ~し、それじゃあ一緒にアニメ鑑賞会だ――っ!」
「お、おおー……」
隣に憧れのイラストレーター、それも異性のお姉さんとなれば、心臓の鼓動は騒がしくなるばかりで。
座った時は三十センチ以上あった距離も、無意識に冬真に近寄るミケのせいで今は間隔なくなってしまった。
「(いい匂いがするし、ミケ先生との距離が近すぎる!)」
ちらっと、隣を見ればそこに無邪気なミケの顔があって。
「(ミケ先生! 絶対僕のこと意識してないよな⁉)」
男として見られていないのか、将又、ミケがそういう感情に疎いのかは分からないが、この距離感に戸惑うのは冬真ばかりだった。
時々、太ももにミケの膝が当たる度に、心臓の鼓動はドクンッと弾む。
「(ぬあああああ⁉ 全然内容が入ってこない! 既に一回観てるけど⁉)」
異性に対する耐性がないせいで、冬真はせっかくのミケ先生とのアニメ鑑賞会に全く楽しめなかった――。
「(あ、楽しんでるミケさんめっちゃ可愛い)」
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