第125話 『 はい。来年も一緒に来ましょう 』


 夜空を飾る花々。それは星の光すらも強く輝きを放ち、そして儚く散っていく。


 鮮やかに咲き、散る花々は大勢の観衆の目を惹き付けていて。


「綺麗ですね」

「だな」

「ふふ。いつも通りの反応」


 次々に打ち上げられる花火を見つめながら、淡泊に返した晴に美月はくすくすと笑う。


「あ、見てください晴さん。いまの猫ですよ」

「色んなものがあるもんだなー……というか猫の花火なんてどうやって造るんだ?」


 花火職人の技量の方に興味が食い付けば、美月が呆れてしまった。


「構造よりも今は打ち上がっている花火に集中してください」

「ん。ま、千五百発なんて打ち上がっても首疲れて絶対全部見切れないけどな」

「身もふたもない感想」


 むぅ、と頬を膨らませて美月は花火から目を逸らした。


「ほれ、俺よりも花火見てろ」

「分かりましたよ」


 不服気に頷いた美月。晴も花火に集中するかと顔を上げようとした時だった。

 唐突に美月が晴の腕に抱きついてきた。


「これなら貴方と花火を味わえます」

「そうか。お前の好きにしろ」

「はい。好きにさせてもらいます」


 逃がさない、そんな意思が垣間見えるが、そもそも逃げる気などなかった。

 妻がやりたい事。それに付き合うのが旦那の務めだ。


「俺もこうしてれば花火とお前の両方を楽しめるしな」

「あら、貴方も花火楽しむんですね」

「花火を観に来たんだろうが」

「てっきり屋台にしか興味ないと思って」


 くすくすと笑う美月に、晴はバツが悪くなる。

 そして、ふと笑みがこぼれた。


「お前もずっと変わらないな」

「何がですか?」


 こてん、と小首を傾げる美月に晴は口許を緩めて言った。


「俺に辛辣なこと言い続けることだよ」

「全部事実です」

「それも辛辣だからな?」


 たしかに事実なのだが、こうもはっきり言及されては晴だって傷つく。


 口を尖らせれば、そんな旦那の反応が面白い妻はくすくすと笑って。


「少しイジワルが過ぎましたかね」

「自覚があるなら自重して欲しいな」

「えー、晴さんをイジメるのって意外と楽しいんですよ?」

「知るかそんなの。今すぐ止めろ」

「嫌です。これは妻の特権なので」


 終始美月に弄ばれている気がした。


 本当に強かな奴、と改めて美月の性格に舌を巻いて、晴は諦観した風に吐息した。


「お前が満足してるならそれでいいや」

「負けを認めるんですね」


 べつに勝敗を争っていた訳ではないのだが。


「はいはい。負けです降参です」

「ふふ。よろしい。旦那は妻に尻に敷かれてください」

「お前悪女だなっ。――たくっ」


 晴を揶揄えてご満悦げな美月。


 ここまで美月に手玉に取られているのもなんだか納得いかなくて、晴は一矢報いたい欲求が生まれてしまった。


 チラチラと周囲を確認して、誰も自分たちを見ていない事を確認。


 また花火に意識を囚われていた少女に「美月」と名前を呼ぶと、黒髪が薙いだ。


 その瞬間。


「――ん」

「――っ⁉」


 開花する花が夜空に溶けるのとほぼ同時に、晴は美月の唇を奪った。


「な、ななな⁉」


 一瞬、何をされたのか困惑して、そしてすぐに晴にキスされたのだと理解した美月は顔を真っ赤に染め上げた。


「急に何するんですか⁉」

「大丈夫。誰も見てない」

「そ、そういう問題じゃ……」


 動揺する美月。その口を自分の一指し指で塞げば、美月が黙る。


 夜空に響く轟音。もしかしたらそのせいで、この想いが伝わらないかもしれないから。


 だから、この想いがしっかりと伝わるように、晴は美月の耳元で囁いた。


「来年もまた一緒に来ような」


 綺麗だとか、可愛いだとか、愛してるなんてありふれた言葉は家に帰ったら何度も言うと思う。


 だから、今この瞬間は、来年も一緒に居る誓いを立てた。


 その誓いに、紫紺の瞳は花火ではなく晴を映して――


「はい。来年も一緒に来ましょう」


 そう約束したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る