第124話 『 花火、始まりましたね 』
慎や詩織とは偶然出会った訳だが、晴の友人は片手で足りるくらいでこれ以上は遭遇しないだろうと思っていたが――
「およよ、やっぱお二人も来てたんすね」
「そういう流れだと思ったらもう驚かねえな」
「何言ってるんすか?」
もはや必然のようにミケと遭遇すれば、運命の神様って本当にいるんだなと思ってしまった。
そんな晴にカラカラと笑うミケ。そしてその隣には、
「金城くんもミケさんと一緒に来てたんだね」
「は、はいっ。お久しぶりですっ、ハル先生!」
猛烈な勢いで頭を下げる新米アシスタント――ではなく金城に晴は「こばんわ」と口許を緩めた。
「どう? ミケさんのアシスタントは? 上手くいってる?」
「まだまだです。でも、凄くやりがいがあって楽しいです!」
なら良かった、と安堵の息を吐いた。
「本当に八雲さんの言う通りだったよ!」
「?」
何がだろう、と小首を傾げれば、晴は美月を睨んだ。
「お前、金城くんに何そそのかしたんだ?」
「さ、さぁ。何も言ってませんけど……」
露骨に視線を逸らした美月に、晴は絶対よからぬ事を金城に吹き込んだなと察した。
あとで美月に追求するとして、晴は金城に向き直ると、
「ミケさんを宜しく頼むよ。この人、意外と無茶する人だから」
「は、はいっ。任せて下さい! ……なんて大見えは切れませんけど、僕にとっても全世界にとってもミケさんは宝ですので、精一杯支えていきたいと思います」
「ふは。頼りにしてるよ」
真っ直ぐな金城の決意表明に思わず笑みがこぼれてしまった。
そんなアシスタントのひたむきに、ミケは「なんか照れるっすねぇ」とわずかに頬を赤く染めていた。
「(これなら二人の心配は無用だな。俺が余計な手出しをする必要もないか)」
晴なりに金城のことは心配してたが、先の言葉や表情から察するに充実した日々を送っているようだ。ちらっと隣を見れば、美月も「良かったね」と金城に微笑みを向けていた。
そして、そんな新米アシスタントの肩に腕を回したミケが自慢げに鼻を鳴らした。
「ふふ。私の頼れるアシスタントの金城くんは本当に凄いんすよ。言った事はきちんとこなしてくれるし、絵に関しても読者目線からのアドバイスをくれるから参考になるし。何より男キャラクターを描く為の資料になってくれるっす!」
金城くんの有効活用が凄まじかった。
本当に優秀な人材をゲットしたんだと感嘆とするも、称賛された金城の方は「もっとミケ先生のお役に立てるように頑張ります!」と気概を魅せていた。
良いコンビになりそうだな、と胸中で思いながら、晴は「そうだ」と声を上げた。
「ミケさんが花火大会に来るなんて珍しいですね」
「貴方が言いますかそれ」
隣からやっかみが入るも意図的に無視すれば、ミケが答えた。
「さっきも言った通り、金城くんのおかげでだいぶ作業が楽になったんすよ。いつもは仕事が終わったら部屋の後片付けに追われるんすけど、今は彼がやってくれるんで。その生まれた時間分、次の作業に早く取り掛かれるんす」
「慣れてきたらミケ先生の仕事に合わせて資料を用意しておきたいんですけど、やっぱりまだ難しいです」
「そういうのは慣れだよ」
この子はどこまでミケに従順なのだろう、と感服してしまった。
金城が社会人になったらきっと現場で重宝される人材になるだろうと思いつつ、晴は二人との話に意識を戻す。
「で、今回も依頼が思いのほか早く片付いたので、どうせならいつも頑張ってる金城くんに何かしてあげたいなー、と思って。それで花火大会に来た訳っす」
「なるほど」
「良かったね、金城くん」
「うん! 幸せすぎてもう死んでもいいよ!」
「今キミに死なれると私が困るので、まだ生きててくださいっす」
これは随分とミケに気に入られたな、と胸中で呟く。
ミケが金城を連れて花火大会に来たのは、きっと彼女なりの彼への感謝の印なのだろう。
それが分るのは、晴もミケと同じ気持ちだからで。
「……あまり二人の時間に邪魔しちゃ悪いし、俺たちはそろそろ行くか」
「――ぇ」
そう言って美月の手を握れば、驚いた顔が晴を見つめてきた。
「それじゃあミケさん。金城くん、また今度」
「あ、はいっす。お二人も花火楽しんでくださいね~」
「は、はい! ハル先生、八雲さん、またお世話になります!」
「そういえば金城くん、最近は美月ちゃんに料理習ってるらしいっすね」
ミケの言葉通り、夏休みの期間を利用して金城は週に二回ほど八雲家に料理を習いに足を運んでいる。
ミケさんの為にも料理ができるようになりたい、とどこまでも推しイラストレーターに尽くすアシスタントの鏡を魅せられてしまっては、二人も微力だが力になってあげたいと思い彼の進言を申し入れた訳だ。
まあ、晴は何もしない――というより出来ないので、結局のところ彼の更なる成長は先輩主婦でもある美月頼りになる訳なのだが。
「うん。これからもビシバシ指導していくから、音を上げないようにね」
「はい! 先生!」
「この場で先生呼びは止めて⁉」
すっかり金城の家事の先生としての立場を確立してしまった美月は顔を赤くして叫んだ。
顔を赤くする美月の手を引きつつ、晴は「それじゃ」と一礼して歩き始めた。
ミケと金城も歩き始めて、徐々に距離が開いていく。
「あの二人、やっぱりいい感じでしたね」
「だな」
ミケと金城の波長が合うと思っていたのは美月も同じだったので、存外上手くいっている二人を見て安心しているようだった。
それから、美月は感心したような吐息をこぼした。
「それにしても、晴さんから別れを言うなんて少し驚きました」
「邪魔しちゃ悪いと思ってな。せっかく憧れのイラストレータと一緒に花火に来れたんだ。金城くんの意を組んであげたくてな」
「貴方にしては気が利きますね」
「お前には気が利かなくて悪かったな」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
心外、と頬を膨らませた美月。
そしてすぐ、美月はふふ、と微笑むと、
「上手くいくといいですね、あの二人」
「そこまでは高望みしてない。ミケさん、恋愛経験ゼロな上に恋愛感情もさっぱりだと言ってたから」
「それは……前途多難ですね」
頑張れ金城くん、と小さくエールを送る美月。
美月はやはり、二人に対して邪な気持ちが働いていると視えた。しかし、晴としてはミケが少しでも外に目を向けてくれればいいなと思って金城くんにミケを託した訳で。
いずれにせよ、ミケを大切に想ってくれるならなんでもいいやと思えた。
自分を大切に想ってくれる人。その存在が世界中で何よりも掛け替えのない者だと知れたのは、隣にいる美月のおかげで――。
ドォォォォン! と唐突に爆音がすれば、晴は咄嗟に顔を上げた。
また、爆音が響く。初めは数十秒おきに、けれど、それは徐々に間隔を失くして。
「花火、始まりましたね」
「――だな」
紫紺の瞳に映る火の花を見つめながら、晴は美月の手を強く握った。
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