第119話 『 これ食べたら、間接キスになるな 』

【まえがき】

今回は珍しく晴の台詞がサブタイです。ちょっとここの晴がエッチぃのよ。

―――――――――――――――



「縁日ってどうやって楽しむんだ?」

「急に何言い出すんですか……」


 縁日デート、といってもどうやって満喫すればいいか分からずに立ち尽くしていると、隣から嘆息が聞こえた。


「いやだってそうだろ。縁日って、屋台楽しむくらいしか思いつかない」

「いやそれがメインですから。逆に貴方は何に期待してたんですか」

「ラブコメみたいなことを期待してた」

「それだと私が貴方とはぐれないといけませんよ」

「探すの面倒だからはぐれるな」


 そう言ってぎゅっと強く握れば、美月は嬉しさ半分、呆れ半分といった表情を浮かべた。


「もし迷子になっても見つけ出してくれますよね?」

「当然だろ。それに、万が一はぐれても電話すれば場所なんてすぐ割り出せる」

「貴方はラブコメ作家なのにラブコメキラーですね」

「なにその嬉しくない二つ名」

「安心してください。微塵も褒めてませんよ」


 はぁ、と肩を落とす美月に手を引かれつつ、晴は賑わう屋台を見つめた。


「色々あるな。何食べようか迷う」

「貴方は食べ物にしか興味ないんですか?」

「実際、縁日って食べ物メインで楽しむものだと思うぞ」


 そう答えれば、美月は「一理あります」と渋々肯定した。


「屋台ものって、高いですけどその場でしか味わえない感じがあっていいですよね」


 うんうん、と頷く。


「ま、メシは歩きながら適当に買ってくか。注文があれば言ってくれ」

「あら、もしかして今日は晴さんの奢りですか?」

「そのつもりだが」

「太っ腹ですね」

「お前が頑張ったご褒美だ」


 全額晴持ちと聞いて、美月がやったと小さくガッツポーズ。


「何食いたい?」

「うーん、今のところ希望はないですかね。でも、タコ焼きは食べたいかも」

「いいな。見つけたら買ってくか」 


 賛成です、と美月が頷いた。

 とりあえず最奥まで向かう事にして、晴と美月は家族や恋人同士、友達同士で遊びに来た人の間を縫って進んでいく。


「色んな人がいるなー」

「そうですね。浴衣で来てる人もいますね」

「夏の風物詩って感じだな」


 ぽつりと呟けば、美月が晴を見つめながら聞いてきた。


「私にも浴衣着てほしかったですか?」

「いやべつに」


 淡泊に返せば、美月が頬を膨らませた。


「そこは見たい、と懇願するべきでは?」

「そもそもお前浴衣持ってんの?」

「持ってません。でもレンタルすれば着られます」


 なら着てくれば良かったのでは、と思ったが、そもそも縁日に来たこと事体急だったので用意が間に合わなかったのかと納得する。


「なら来年期待しとく」

「ふふ。まだ今年の夏祭り残ってますよ」


 一瞬、どういう意味だと眉根を寄せたものの、そういえばまだ花火大会という目標が達成していなかったことを思い出した。


「何お前、花火大会で着るつもりなの?」

「さぁどうでしょうか。それは楽しみに待っていてください」


 わざとらしく答えを引っ張る美月。

 絶対着るつもりなんだろうと悟りながら、晴は「好きにしろ」と淡泊に返した。


「残りの夏もお前に付き合うことになるのか」

「なんで煩わしそうに言うんですか。貴方だって小説に使えるからウィンウィンでしょう」

「それはそうだが。今年はいつになく動いている気がする」

「良かったですね。健康でいられますよ」


 運動して、美味しいご飯を食べて、生活規則が整って――忙しさの中で、晴の生活は改善されていった。

 それも全て、隣で淡く微笑む妻のおかげで。


「健康でいられるおかげで美味いもんがたくさん食える。お前には感謝してる」

「ふふ。もっと感謝してください」

「それじゃあ俺は何をしたらいい?」

「そうですねぇ。あ、ならあそこの的屋で犬のぬいぐるみ取ってください」

「ハードル高けぇ」


 腕を引っ張られながら進んで、晴は苦笑をこぼした。


「取れなくても文句言うなよ?」

「取れなかった場合は帰りのコンビに高級スイーツを所望します」

「いや強欲かっ……そんなに食ったら太るからな」

「ふ、太らないように注意はしてますもん」

「ほう? なら今夜は家に帰ったら太ってないかチェックでもするか」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 △▼△▼△▼



 女の子にりんご飴、という構図は絶妙にマッチしていた。


「やっぱりお前は何しても様になるな」

「どうしたんですか、急に褒めて」


 賛辞を送られて困惑する美月に、晴は一瞥をくれて言った。


「お前とりんご飴という構図があまりにも様になっていてな」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、私浴衣じゃないですよ?」

「浴衣じゃなくても様に合ってる」


 終始褒め尽くしていれば、たまらず美月が顔を俯かせてしまう。


「そ、そんなに褒められても何も出ませんけど……」

「何も貰う気はねえよ。ただこうして一緒にいるだけで満足してる」


 淡泊に言うも、どうやらそれすらも今の美月にはクリティカルヒットしまうらしい。


「きょ、今日の晴さん変です!」

「何が?」


 真っ赤にした顔を隠しながら叫ぶ美月に、晴は小首を傾げる。


「なんかこう……顔が死んでるのにカッコよく見えます!」

「顔死んでる言うな。傷つくだろ」


 実際ちょっと傷ついた。

 はぁ、と嘆息して、それから晴は美月が持っているりんご飴を掴むと、


「あま……これ食べたら、間接キスになるな」


 齧って、ペロッと舌を舐める。

 意趣返し。それもあるが、どうせならもっと美月の色々な表情が見たくなって。

 瞬きする瞳に、顔を真っ赤にする美月が写って――


「イジワルな人」


 顔を真っ赤にしながら、紫紺の瞳が揺らめいた。

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