第117話 『 こんな夢のような生活が貴方を待ってます‼ 』


「ミケさんの家政婦さん候補――その名も〝金城冬真〟くんです!」

「突然連れて来られた挙句ミケさんの家政婦になるの初耳なんだけど⁉」

「私も初耳っすよ⁉」


 翌日。連日に渡りミケ宅へ訪れた美月は、金城まで連れ出していた。

 そして、本人に何の相談もなくいきなりミケの家政婦候補として挙げたのだが、


「ちょっと八雲さん⁉ 僕いきなりの連続過ぎてまだ頭が混乱してるんだけど⁉」

「まぁまぁ。一旦落ち着こうよ」

「いや落ち着けないよ⁉ そもそもミケさんの自宅に来たっていう事実だけで卒倒しそうなのに……その上家政婦ってどういうことなのさ⁉」


 錯乱する金城に、美月は「あのね」と肩に手を置いた説明した。


「ちゃんと事情は説明するから……まず、どうして私が何の連絡もなしに金城くんをミケさんの家まで連行したかって言うとね――その方が金城くんを引っ張り出すのに苦労しないと思ったからなの」

「なるほど。たしかに、事前に「これからミケさんの家に行く」って言われたら、僕は準備だけで一週間はかかるかも……」

「何もそこまで覚悟決めなくていいとは思うけどね……」


 神妙な顔で呟いた金城に苦笑しつつ、美月はやはりこの思案は正しかったと悟る。


 先の発言の通り、金城に事前にミケ宅へ行く、と誘えば彼はきっと抵抗すると思ったのだ。パーティーやプールでいくらか距離が縮まったとはいえ、やはりまだ二人は『憧れのイラストレーターと一ファン』という関係性は拭えない。


 さらにはミケが女性ということも相まれば、金城の抵抗は必須。だからこそ、美月は突拍子もなく金城に【十時に〇〇駅集合。拒否不可。必ず来たれ】というメールを送り、強引に金城を引っ張り出したのだ。


「あのメールを見た時びっくりしたよ。行かなかったらどんな目に遭うか分からなかったからね」

「大丈夫。何もしないよ。ただ、金城くんの家に行って強制連行を敢行するだけだから」

「それ引き籠りだったら泣く奴だよ⁉」

「どうせクーラー効いた部屋でアニメ視るつもりだったんでしょ」

「うっ……その通りなんだけど、でもなんかすごく声音に実感が籠っているのは気のせい? ……ひえっ」

「なにか?」


 そう聞き返せば、金城は冷や汗をだくだく流しながら首を横に振った。


 この場に一人いないのは既にお気づきだろうが、つまりそういうことである。


 美月の旦那こと八雲晴は、今日は「連日外になんか出たくない。絶対家で執筆する。クーラーしか勝たん」とか言って外出を拒んだ。美月が少し不機嫌なのもそれが原因である。


 今頃クーラーの効いた部屋で快適に執筆している執筆バカは放って置きつつ、美月はコホンと咳払いすると、脱線した本題に戻った。


「それでね、金城くん。改めてミケさんの家政婦になって欲しいって話なんだけど」

「むりむりむりむりむりむりむりむりむり‼」

「そんな連射されると私も凹むっすねぇ」


 必死になって首を振る金城に、美月は眉根を寄せる。


「なんで無理なの? 金城くんてバイトもしてないし、部活もやってないよね?」

「これでも短期バイトはしてるよ」


 それもアニメグッズやフィギュアを買う為、というのは言うまでもない。


 彼の成績も、学業優先といった感じはない。この間少しだけ進路について雑談したが、大学には進学したいがべつに専門でもいいとのこと。


 ならば問題など何一つないはずだが。


 憧れのイラストレーターと一つ屋根の下(とは言っても有限だが)で過ごせるのだから、むしろこれは金城にとって魅力的な提案だとは思うのだが、難色を示されれば美月も疑問に思わざるを得ない。


「ミケさんは家政婦さん……というより家を綺麗にしてくれる人募集してるんですよね?」

「そうっす。だから美月ちゃんに家政婦やって欲しいとお願いしたわけですし」

「それは金城くんでもオッケーですか?」

「私は構わないっす。それに、少なからず私の事を知ってくれる人というのはやはり色々と助かるっす」


 ミケの方は金城を雇うのは問題ないらしい。むしろ嬉しいそうだ。

 しかし、金城は未だに険しい顔をしていて。


「そ、その。僕なんかが家政婦なんて務まるとは思えないよ」

「そんな思い詰めなくていいっすよ。家を綺麗にしてくれればいいだけっすし」

「掃除のやり方なら私が教えるよ」

「それは大丈夫……だと思う。僕の家共働きで、父さんと母さん……それと姉さんの代わりに掃除やる事が多いから」

「優秀な人材発見じゃないすか⁉」


 意外な金城の特技を聞いてミケが歓喜した。


「かか金城くん! 是非我が家で働いて欲しいっす!」

「あばば! ミケ先生と手を繋いでしまっている⁉」


 好機を逃すまいとミケが本気の目で金城に懇願した。


「無理にとは言わないっす! 週に一回! いや二回……できれば三回くらい来て欲しいっすけど、我が家で働いて欲しいっす!」

「で、でも僕如きがミケ先生を支えることなんて……」

「支えるなんて大層なことは思わなくていいっす! 掃除してくれて、ご飯は……作れなくてもいいっす! ただ私が仕事に集中できるような環境を整えてくれるだけでいいんすよ!」


 懸命に金城を説得するミケ。

 その熱量に、次第に金城が揺らぎ始めた。


「キミは私のことを良く知ってくれている。だからキミにお願いしたいんす」

「で、でも女性と一つ屋根の下なんて」

「一緒に過ごす訳じゃないっすよ。それに、お姉さんがいるなら下着は見慣れているはずっすよね?」

「家族と他の女性の下着は違うんです! ま、ましてや尊敬して止まないミケさんの下着なんて……っ」

「欲しいならいくらでも取っていってください!」

「「いやダメでしょ⁉」」


 金城のスカウトを優先するあまり歯止めが効かなくなったミケに、金城と美月が目を白黒させながらツッコんだ。


 いくら優秀な人材を引き抜く為とはいえど、即答で自分の下着を犠牲にするのは流石に女性としてどうかと思ったが、


「え、でもハル先生は私の下着見て興奮しないっすよ? 金城くんも、私の下着なんかで興奮しないっすよね?」

「私の旦那がごめんなさい――――――ッ!」


 ミケの羞恥心が低い訳は晴のせいだった。


 あとで旦那は説教として、今はミケに頭を下げ続けた。内心、土下座したいくらいだ。


 そして、美月がミケに言いたい事は顔を真っ赤にした金城が代わりに言ってくれた。


「何言ってるんですかミケさん⁉ ミケさんは凄く魅力的な女性ですよ⁉」

「え? こんな喋り方変な私がっすか?」

「それは個性ですし、その程度で魅力がないなんて思わないでくださいっ」

「じゃあ金城くん、私の下着で抜けます?」

「そ、それは……」


 真顔で質問したミケに、初心な金城くんがたじろいでしまった。


「ちょっとミケさん。金城くんにセクハラするの止めてもらえます?」

「だって気になるじゃないすか。人生=処女なんすよ私」


 赤面する金城を救出するように二人の間に入り込んで、美月はミケを睨む。


 クリエイターは何故平気で下ネタを言えるのか、それが心底不思議だった。


 晴も、美月に平然と『お前もうヤッテるだろ』とか聞いてきたが、聞かれる側としては少しは言葉をオブラートに包んで欲しいものだった。


 処女、という単語にわずかに頬を赤らめつつ、美月はミケに言った。


「ミケさんだってスタイルいいし、可愛いじゃないですか。自分を蔑ろにするような発言は良くないと思いますよ」

「スタイル良い人に言われるピンとこないっすね。私ってそもそも可愛いんすか?」

「「可愛いです」」


 金城とシンクロした。


「にゃはは。そんな褒められると照れるっす」


 ――その反応も可愛いんだよなぁ。


 頬を赤らめたミケに、思わず心臓を鷲掴まれそうになった。


 どうやらミケは絶望的に客観視ができないようだ。傍から見れば、ミケは小柄で童顔、あどけない表情も多いから男性ウケは高いように思える。現に金城もミケを可愛い印象を抱いているようで。

 そこでふと、美月の脳裏にとある可能性が浮上した。

 もしかして、と思い徐に金城の耳を引っ張ると、


「……ねね。金城くんが返事しないのは、ひょっとしてミケさんを異性として見てるから?」


 そう小声で聞けば途端、金城は顔を真っ赤にして後退した。


「そそそんな訳ないでしょ⁉ たしかにミケ先生は僕みたいな消費ブタにも優しく接してくれてるし、笑顔が素敵な人だけどっ! ……でもでも! 断じて! 本当にそういう意識はないから! 僕はミケ先生のことを尊敬しているだけで、好意はないです⁉」


 その反応が答えではないか、と乙女の勘が囁く。


 金城の言葉は理解できる。尊敬して止まないイラストレーターとして好意は抱いているが、恋情は抱いてない。


「(それはおそらく本人が気付いてないだけなんだろうな)」


 美月も金城と同じだったから分かった。


 美月も、以前は〝恋〟という感情が分からなかった。けれど、晴と過ごすうちにそれに気づき、そして〝恋〟を知れた。


 恋というものを自覚するのは些細なきっかけだ。


「(晴さんもミケさんには報われて欲しい、って願ってたしな)」


 これがどう転ぶかは、まだ分からないけど――


「金城くん。最後にもう一度だけ聞かせて」


 真剣な顔で金城を見つめれば彼は生唾を飲み込んだ。


「金城くんはミケ先生のお仕事のお手伝い、したくない?」

「それは……出来ることなら、したいよ」


 彼は自信がないから、こうして尻込みしているのだろう。

 なら友達としてできる事は、その尻を蹴る――のではなく、手を引っ張ること。


「……自分だけがミケ先生を手助けできる、って思えば、凄くやる気が出ない?」

「――っ⁉」


 美月の言葉。それは美月が晴と生活して気付いた背徳感だった。

 友達にも是非、その背徳感を教えてあげよう。


「この人を今支えているのは自分。この人は自分がいないと死ぬと思ってみればいいよ。そうしたら、不思議とやる気が涌くから。ついなんでもしたくなっちゃうから」

「……うぐぐ⁉」

「……なんか闇が垣間見えるっすねぇ」


 ミケは苦笑するが、金城が揺らいでるならそれいい。


「一旦自分が出来るか出来ないかは置いて自分のメリットを優先に考えてみようよ。週に三回、尊敬する人と一つ屋根の下で過ごせる」

「ヲタク冥利に尽きる⁉」

「しかも相手は自分を必要としてくれている」

「なにこの背徳感⁉ 満たされ過ぎて死んでもいいかも⁉」

「ミケさんのお手伝いすれば、休憩中にお話したり、もしかしたら完成前の絵を見れるかもしれないよ?」

「――っ! 仕事で許可取れてないものは無理っすけど、ボツラフとかなら全然見てくれて構わないっす! あと意見も欲しいっす!」


 ナイスミケさん! と親指を立てれば、ミケも親指を立てた。

 最後にダメ押し、と美月とミケは金城に手を指し伸ばすと、


「「こんな夢のような生活が貴方を待ってます(るっす)‼」」


 なんだか悪徳勧誘感が拭えないが、アットホームな職場だと宣伝するには十分なはず。


 そんな女性二人の必死のアピールに、金城は沈黙したまま微動だにしなかった。


 やはり無謀だったか――諦めかけた、その時だった。


「こ、こんな僕でも、ミケ先生のお役に立てるでしょうかっ?」

「――ッ!。勿論っすよ! むしろ私は、キミにお願いしたいっす!」


 真剣な目で応えたミケに、金城は一度深く息を吸うと、やがて大きな声で言った。


「そそそれなら、精一杯働かせて頂きますッ!」


 ようやく承諾してくれた金城に、美月とミケは歓喜した。


「やりましたね、ミケさん!」

「うおっしゃあああああああ! これで汚部屋とさらばじゃああああああ!」


 こうして、ミケの家に家政婦――ではなくアシスタントが誕生したのだった。




 ―――――――――――

 【あとがき】

 すいません。本日の更新は1話になります。というかしばらく1話更新が続きます。。というか前は1日更新だったはずなのになんで2話更新が当たり前になっているんだぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼

 作者のメンタルが回復するまでしばらくお待ちください。

(嫁とか彼女がいたら癒されるのになんでいないのか……)

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