第116話 『 ミケさんにとっておきの相手を紹介しますね! 』


 およそ五時間後――


「いやぁ! こんなにピッカピッカの部屋にアフターされたのは何年かぶりっす!」


 数日にぶりに拝めたであろう床と綺麗になった部屋を見て、ミケがぴょんぴょん跳ねながら興奮していた。

 そしてミケは美月の手を握ると、


「本当に今日は助かったっす、美月ちゃん!」

「い、いえ……お役に立てたなら何よりです」


 感謝を伝えるミケに、美月はぐったりとしながら返した。

 掃除ができない晴とミケのお荷物二人を抱えながらの作業はかなり身に応えたらしく、珍しく顔に疲労が滲み出ていた。


「おつかれ」


 ぽん、と手を頭に置いて労えば、小さく「疲れました」と呟く美月。


「今日は家に帰ったらマッサージでもしてやるか」

「あら珍しい。そんな献身的でどういう風の吹き回しですか?」

「今日のお前、頑張ってたからな。その報酬というやつだ」


 そう答えれば、美月は「じゃあお言葉に甘えます」と微笑んだ。

 晴も「ん」と淡泊に返すと、不意にこちらに向けられる嫉妬の視線を感じた。


「人の家で夫婦の空気出さないでもらっていいすか?」

「「すいません」」


 真顔のミケに晴と美月は思わず頭を下げた。

 なんだか申し訳ない雰囲気になると、ミケはカラカラと笑った。


「半分冗談すよ」

「それ半分は本気なやつじゃないですか」

「お二人を呼んだのは私ですし、何回かそういう空気になるだろうとは予想してたっす」


 どんな予想だ、と胸裏でツッコミながら晴は苦笑した。

 それから脱力するように吐息したあと、


「それじゃあ、部屋も綺麗になりましたし俺たちはそろそろ帰ります」

「もう帰るんすか? もう少しゆっくりしてけばいいのに。せっかく床でくつろげるんすよ」


 物寂しそうな顔で晴たちを引き留めようとするミケ。


「掃除してくれたお礼も何もしてないのに、これで帰られたらむしろ私の方が申し訳ないっす!」

「そうは言っても、ミケさんコミケ終わったばかりで疲れるでしょう?」

「それとこれとは話が別っすよ。今は納期もないし数日はゆっくりするつもりっす」

「ミケさんも休むんですねぇ」


 なぜか晴の方を見ながら呟く美月。

 眉間に皺を寄せていれば、ミケが答えた。


「休むといってもクロッキーとかの練習はするっすよ。一日でも書かないと感覚が鈍るというか、手が違和感を覚えちゃうんす」

「そうそう」

「貴方は納得しない」

「ぐえぇぇ」


 脇腹に鉄拳をくらってノックダウンする晴を無視して、美月はミケと会話を続ける。


「ミケさんが多忙なのは前の女子会でも聞きましたけど、それなら家政婦を雇ってもいいんじゃないですか?」

「ぐぬぬ……やっぱりそっちの方がいいすかねぇ。でも作業中に話しかけられたりするの抵抗が……」

「晴さんは家政婦さんのご飯が食べられなくて雇わなくなった、って言ってましたけど、ミケさんはそんな面倒な問題抱えてないですよね?」


 会話に紛れてさらりと旦那の心を抉ってくる妻。

 そんな晴に構うことなく美月は平然とミケと会話を続けた。


「そうっすね。私は基本誰が作ったご飯でも食べられるっす」

「となると問題は、やっぱり対話ですかね」

「私、基本波動が同じじゃない人と会話するのも関わるのも苦手なんすよ」


 ミケは直感が他人より優れて(本人談)いて、本能的に他人の波長を見分けることができるらしい。

 金城や詩織ともすぐ打ち解けられたのは彼らが同士、つまりはヲタクだと見抜いたからであり、それ以外は消極的な性格になってしまうのだ。


「ハル先生が前に「部屋が綺麗だと仕事が捗る」という話を聞いてから、正直綺麗な部屋に憧れてるんすよね」

「言いましたねそんなこと」


 ぐぬぬ、と険しい顔で逡巡するミケ。

 どうやら本格的に家政婦を雇うか迷っているようだが、晴としては「いいですよ」と気軽に促すことは難しかった。

 こういうのは本人が決めるもの、そう思いジッとミケを見つめていれば、唐突に目を見開いたミケが聞いてきた。


「ハル先生。美月ちゃんを雇っていいすか⁉」

「え私ですか⁉」


 突然、白羽の矢が立った美月が目を剥いた。

 驚く美月を他所に、ミケが「だって」と手を振りながら言った。


「美月ちゃんなら私たちの仕事理解してくるし、掃除できるし料理も最高なんすよね⁉ しかも私と仲良いし……こんな私冥利に尽きる家政婦さんいないじゃないっすか⁉」

「たしかに」

「旦那に納得された⁉」


 ミケの言わんとしていることは理解出来た。

 晴としてはミケの生活環境を整えてあげたい気持ちはある。が、ただ問題は思いのほか多く在って。

「俺としては美月がいいなら文句ないですけどね」


「よっしゃ!」

「最後まで聞いて下さい。でもそれ、現実的に難しいと思います」


 歓喜したミケだが、そう言えば急激にテンションが下がった。

 どうして、と悲しそうな目を向けてくるミケに、晴は苦笑する美月を一瞥して答えた。


「美月は既にバイトしてるんです。それに加えて八雲家ウチの家事もある。端的にいって多忙なんですよね」

「じゃあ離婚してください」

「無茶言わないでください。俺は美月が離婚するって言うまで離婚するつもりないです」

「……一生離婚するつもりないですよー」


 晴の言葉にニヤける美月に呆れつつ、晴は続けた。


「なので、美月を家政婦として雇うのは現実的に無理かと」

「ごめんなさいミケさん」


 頭を下げた美月に、ミケは「気にしないで下さい」と顔を上げさせた。


「ダメ元で提案しただけですし、美月ちゃんにも事情があるので仕方がないって理解してるっす」


 と言うが、ミケはやはり落ち込んでいた。

 どうにかしてあげたい気持ちはあるが、妙案が思いつかない。

 このままではまたミケの部屋がまた汚部屋になってしまう、と危機感を覚えていた時だった。


「あ、いい案がありますよ!」


 と美月が目を輝かせながら言ったのだ。

 目を瞬かせる晴とミケに、美月はムフフ、と自信満々な笑みを浮かべていて。


「私がミケさんにとっておきの相手を紹介しますね!」


 果たして、その相手とは――。

 

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