第115話 『 なんで下着が普通に床に落ちてるんですか? 』
という訳でミケ宅へと着いた晴と美月。
家のインターホンを鳴らすと、客人が来るからか珍しくパジャマ姿ではないミケが現れた。
「おー二人ともお待ちしてたっす!」
手短な歓迎のあと、ミケは部屋に入るように晴と美月を促した。が、
「入る前に一つだけ言っていいっすか」
「なんですか」
晴は平然としたままで、美月はごくりと生唾を飲み込む。
「ここから一歩足を踏み入れれば、絶望が待ってるっす」
「そんな、自分の部屋を荒れ果てた世界みたいに言わないでください」
「美月ちゃん。キミは今から見る光景を前にしてもそんなことが言えるすかね」
なんでちょっと悪役みたいに言ってるんだ。
胸中でそうツッコめば、ミケは晴にも真剣な目を向けてきた。
「ハル先生。今回は今までの比じゃないっす。覚悟はいいすか?」
「そんなに酷いんですか?」
「はい。すでにGが五匹現れました……死ぬかと思った」
黒光りしたヤツと対面したミケはげっそりしていて、それを聞いた晴も流石に足を踏み込むのも躊躇った。
「……ヤツが、ここに潜んでいるのか」
「なんでちょっと刑事風に言ってるんですか。さっさと入りますよ」
「あ、おいちょっと待って。もう少し覚悟を決める時間をくれ」
晴とミケのくだらない演劇を聞き流して、美月は晴の耳を引っ張ってミケ宅に連行した。
「お邪魔しま……うわっ⁉」
「おおぅ。早速ゴミが溜まってらぁ」
「にゃはは。気づいたらこんなに溜まってました」
ミケの玄関とキッチンはすぐ横なので、視界の端についた大量のごみ袋に晴と美月は揃って頬を引きつらせた。
とりあえず靴を脱げば、二人は「うっ」と呻き声をこぼさずにはいられなかった。
「夏だからか、色んな匂いが籠ってますね。うぷっ」
「そうだな。これはたしかに今まで一番酷いかもしれない。……うえぇ」
「二人の言う事は全部正論なんすけど……鼻つまみながら言うの止めてもらっていいすかね⁉」
涙目になってしまったミケだが、これは放っておいた家主が悪い。
美月がこの事態を予測していたので持参したマスクを掛ければ、わずかに呼吸が楽になった。
「とりあえず今日はこれでいさせてください」
「別に構わないっすよ。私もキッチンに立つときマスクしてしますし」
「……自分の家なのに」
そう言ってミケもマスクを掛けた。
全員がマスクを装着すれば、美月が手を叩いてミケを促す。
「それでミケさん。どこを掃除すればいいですか?」
「全部っす」
さらりと言ったミケに美月はマスク越しでも分かるほど頬を引きつらせた。
「と、とりあえず部屋を案内してください。勝手を知ればその分効率も良くなりますから」
はい、と敬礼するミケ。この家の主なのにも関わらず、既に指揮権は美月に渡っていた。
「着いて来てください」と案内されて、まずはミケ宅のリビングに足を運ばせる。とはいっても距離は数メートルもないのだが。
「ここが居間っす」
「おおう。見事な散らかりよう」
紙やら小物やら服やら――文字通り足の踏み場がない惨状が完成していた。
「どうなったらこうなるんだろうな」
「貴方は人のこと言えないでしょう。私と慎さんが家事担当する前は汚部屋だったと聞いてるんですからね」
ジロリと睨む美月に晴はバツが悪くなる。
んんっ、と気を逸らすように咳払いしたあと、
「さ、次の部屋を紹介してください」
「露骨に逃げたっすね~」
にししと笑うミケに晴は「シッ」と口に指を当てて黙らせた。
そんな晴に促されたミケは、お次に仕事部屋件プライベートルームを案内してくれた。
ガララ、と年季の入った物音を立てて戸が引かれると、こちらも当然のように足の踏み場がなかった。
仕方なく顔だけ部屋にねじ込んで観察すれば、頬が強張った。
「なんか……こっちの方が物散らかってるな」
「そうですね。フィギュアとか、資料本とかがそこら中に落ちてます」
「にゃはは。資料として使ったはいいすけど、しまう時間が煩わしくてついそのままにしちゃうすんよね」
「分かりますその気持ち」
ミケの言葉にこくりと頷いて、晴とミケは「同士ッ!」と腕を組んだ。
そんな世話のかかる成人二人を美月は咎めるような視線を送ると、
「そこの片づけが出来ない大人二人。同盟組むよりも掃除に集中してください」
「「はーい」」
現状、立場的には美月が上なので、だらしない大人二人は指示を聞かざるを得ない。
ひとまずミケの家の惨状を理解した美月は、フンッと強く呼気を吐くと、
「さて! それじゃあ大掃除開始しますか!」
「「お~」」
気合を入れる美月とは対照的に、気乗りしない二人は気怠そうに拳を伸ばしたのだった。
△▼△▼△▼
かくして始まったミケ宅の大掃除。その様子をご覧いただこう。
まずはリビングの担当を任された晴。
「ひえっ……びっくりしたぁぁ。クモか。ゴキブリだと思っただろうがぁ」
物の隙間からカサカサと音を立てて登場した小さな生き物に心臓が止まりかけながら、晴はティッシュでクモを掴んで外に逃がす。
「ハル先生、虫触れるんすね」
「G(ゴキブリ)ファンネル以外だったら大抵は。でも小さい虫限定ですけどね」
「私は基本全部無理っす。……というかなんすかGファンネルって? 私そんな小型兵器に追われるくらいなら早々に死んだ方がマシっすよ」
「奴らの生存本能は敵ながらあっぱれですよね。マジキメラア〇ト」
「ゴキかキメラア〇トだったら、流石にゴキの方がマシだと思うっす」
ヲタクならではの会話を広げながら掃除を楽しむ晴とミケ。
一方の美月はというと、
「ミケさん⁉ なんで下着が普通に床に落ちてるんですか⁉」
「あぁ、それ着けたのか分からなかったんで放っておいたんすよ」
「資料本の隙間から出てきてビックリしたんですけど⁉」
「じゃあ資料用のやつだと思うっす」
あちらも晴とは違う意味で驚いていた。
「私の部屋にあるものは適当に整理整頓してくれたら助かるっす」
「フィギュアはあの間隔的に隙間が生まれてる場所に戻せばいいですか?」
「そうっすね。どうせ戻してもすぐ引っ張り出すだろうし」
「あの、それだと掃除する意味ないんですけど……」
美月の顔は見えないが、げんなりとしている事だけは分かった。
いたたまれない、と思いつつ黙々と掃除していると、晴もミケの下着を偶然掴んでしまった。
「ミケさーん、ここにもある下着どうしますかー?」
「あー、それはっすねー……おわああ⁉」
「~~~~~~っ‼」
部屋の奥から驚いた声と、声にもならない絶叫が聞こえてきた。
眉根を寄せていると、ミケの部屋から鬼のような形相をした美月が物凄い勢いで駆け寄って来た。
そして、美月はそのまま晴の手からミケの下着を剥ぐと、
「何やってるんですか⁉」
「偶然手に掴んだのがミケさんのブラだったんだよ」
美月に掴まれてぷらぷらと揺れるブラジャーを見ながら言えば、美月は眉を吊り上げた。
「だとしてもっ、他の女性の下着を取るなんて変態にも程があります!」
「なんでそんなに怒ってるんだ?」
「逆に何で貴方はそんな平然としていられるんですか⁉」
ミケの床に落ちている下着はそれなりに見ているから、と答えたら確実に殺される雰囲気だったので、ここは誤魔化すことにした。
「なんでだろうな。たぶん、小説に使う為に下着の画像見てるからじゃないか」
「……本当に?」
圧の籠った声音が怖い。
「はい。そうです」
思わず正座して許しを乞えば、美月は「はぁ」とため息を落として、
「今回ばかりは見逃してあげます。それと、今から何があってもミケさんの下着を手に取っちゃダメですからね」
「はい。今後は一切触りません。誓います」
よろしい、と反省する晴に冷然とした目を向ける美月。そして、静かな怒りを見せながらミケの仕事部屋の掃除へと戻っていた。
「……殺されると思った」
バクバクとする心臓を抑えながら、晴は慎重にリビングの掃除を再開した。
△▼△▼△▼▼
「いやぁ。なんか申し訳ないっすね」
「気にしないでください。理由はなんであれ、晴さんが全面的に悪いので」
少し拗ねた風に言えば、ミケは「にゃはは」と苦笑しながら言った。
「べつにハル先生は私の下着程度じゃ興奮しないっすよ」
「だとしてもダメです。ミケさんも女性なんですから、こういう事はしっかり危機感を持つべきです」
「了解っす。注意しておくっす」
敬礼するミケに、美月も今後は晴も不用意にミケの下着は掴むことはないだろうとひとまず留飲を下す。
それから黙々と掃除を再開させると、ぽつりと呟いた。
「……これは家に帰ったら、たっぷり躾けしないとダメかな」
ニタァ、と上がった口角に、ミケは「ひえっ」と背筋を震わせたのだった。
――――――――――
【 あとがき 】
ちなみに作者もGは苦手ですけど、最近は〇〇よりマシだと思ったら平気で戦えるようになりました。あとそういう生き物系の動画見てるのも影響してるかも。
台所とか家に出てくるゴキは大抵クロゴキブリと呼ばれるものですが、海外に生息するデュビアとかレッドローチ(爬虫類のエサにもなる)は触ってみたいなと思ってます。(でも触ったら発狂すると思う)
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