第112話 『 水着姿でムラ……ムズムズしてたんですか? 』

 

 仲直りの後の夕飯は格別で、お腹が満たされた後のお風呂はさらに至福だった。


「風呂気持ちいぃ」


 夏に適したぬるま湯に脱力していると、突然ガララと扉が音を立てた。

 は、と思って振り返れば――なんと美月が水着姿で立っていた。


「何してんのお前」


 目を瞬かせながら聞けば、美月は顔を赤くしながら答えた。


「一緒にお風呂に入ろうと思って」

「唐突過ぎるだろ……」


 なんの予兆もなく大胆な行動をされれば、流石の晴も戸惑いを隠せない。

 嘆息すれば、晴は足をもじもじさせる美月に言った。


「今からでも戻ればまだ間に合うぞ」

「大丈夫。すでに覚悟は決めてありますから」


 ふん、と気合を入れるように両脇を締めた美月に晴は「あっそ」と淡泊に返した。

 絶対後で羞恥心に襲われて悶えるとは容易に想像できるが、本人の意思なら晴も肯定せずにはいられない。うだうだと言い争ってまた喧嘩したら今度こそ家出されそうだし。


「俺は一緒に入るのは構わないぞ」

「そ、それじゃあ失礼しましゅ」

「噛んだな」

「指摘しないでくださいっ」


 緊張しているのか噛んだ。

 赤み帯びた顔がさらに真っ赤に染まりながらも美月はタイルに足を踏み入れた。

 ふぅ、と肩の力を抜くと、美月は膝を曲げて晴との視線を合わせた。


「お背中流しましょうか?」

「いや、もう体洗ったんだけど……」


 申し訳なそうに答えれば美月は出鼻を挫かれて「もうっ」と頬を膨らませた。


「なんで貴方はラブコメ作家なのにラブコメしないんですかっ」

「そう言われてもな。やってしまったもんは仕方ないだろ」

「それだと読者は満足しませんよ」

「安心しろ。ここは現実だから読者はいない。ましてや俺たちの話を楽しむ輩は慎たちくらいだ」


 慎やミケに、美月と一緒にお風呂に入ったと明かせばさぞかし盛り上がるだろうとは思った。

 この事実は胸に閉まっておきつつ意識を美月へと向ければ、


「とりあえず体流せば?」

「そうですね」


 こくりと頷いた美月が立ち上がり、シャワーヘッドを掴んだ。


「…………」


 立ち上がった美月のお尻が丁度晴の視線に並んで、つい目を逸らしてしまった。

 壁の方へ視線を移せば、シャワーから水が出る音が聞こえてきた。

 ある程度体を流した美月は、それから当然のように晴が浸かる浴槽に入ってきた。

 何といえばいいのか、今の美月は非常に大胆だった。


「どうしたんだお前」

「何がですか」


 晴の前に腰を下ろした美月に問いかければ、わざとらしく小首を傾げた。


「大胆過ぎるぞ」

「どうしてでしょうかね」


 顔は見えないが、くすっと笑い声は聞こえた。

 眉根を寄せれば、美月はチラッと晴を一瞥して、


「仲直りした後なので、きっと甘えたいんだと思います」

「そうか」


 どうしていきなり一緒にお風呂に入ろうとしたのか、その理由を理解すれば晴もすんなりと納得した。


「そういうことなら、こういうのはアリかもな」

「ふふ。まさか納得してくれるとは思いませんでした」

「俺もお前に触れたかったところだったから」

「――きゃ」


 予備動作なしに後ろから美月を抱きしめれば、可愛らしい悲鳴が聞こえた。


「これくらいされる覚悟はできてたんだろ」

「……はい」


 肩に顎を置けば、赤くなった顔が見えた。


「というかなんで水着なんだ?」


 今更そんな質問をすれば、美月は「それは」と前置きしてから答えた。


「今年はもうプールと海に行かないと分かったので、どうせなら少しでもこの水着着たいなー、と思って」

「来年も着ればいいだろ」


 そう言えば美月は困った風に嘆息して、


「たぶん、来年はもう着れないです」

「なんで?」

「その、胸が……成長する可能性があるので」


 恥じらいながら着れなくなる理由を明かした美月に、晴はなるほどと頷く。


「それじゃあ、着れるうちにたくさん着ないとな」

「気に入ってはいますけど、着る機会はあまりありませんかね」


 あるぞ、と言えば、美月は振り向いて目を丸くした。

 理由を求める瞳に、晴はニッと口角を上げると、


「これから一緒に風呂入る時はそれ着ればいい」

「……これから一緒に入るつもりなんですか」

「定期的になら、まぁいいと思うぞ」


 美月が望めば晴も文句はない。たしかに風呂場は憩いの場ではあるが、たまになら一緒に入ってもいいと思えた。


「今日はいきなりだが、これからは先に言ってくれれば一緒に入ってもいい」

「じゃあ毎日入りたいです」

「それは勘弁してくれ」


 流石に毎日入るのは色々と大変なので、素直に頭を下げた。

 機嫌を損ねたか、と思ってうっすらと美月を見れば、なぜかくすくすと笑っていて。


「私も毎日は身が持ちません」

「なら言うんじゃねえよ」

「毎日入りたいって言ったらどんな反応するか気になって」


 イジワルに微笑む美月にジト目を向けるも、さらに機嫌を良くさせるだけだった。


「本当に貴方の反応を見るのは楽しいです」

「悪女かお前は」

「貴方が私をそうさせるんです」

「俺は全くその気にさせた覚えはないんだが……」


 眉間に皺を寄せれば、美月は「自覚なしですねぇ」と愉快気に口角を上げた。

 年上だが下に見られている気がして、晴は意趣返しと目の前にあった肌に噛みついた。


「ひゃんっ……なんでいきなり噛みつくんですか」

「やられっぱなしも性に合わなくてな」

「それで噛みつくのはズルいです」

「ならお前もやり返せばいい」


 そう言って挑発的な視線を送れば、美月は顔を赤くしてたじろいだ。


「……貴方はズルいです」

「降参か?」

「はいはい。降参ですよ」


 あっさりと白旗を美月はやれやれと肩を落として湯船に浸かった。

 晴も追撃はせず脱力すれば、体を浴槽に退きつつ湯船に浸かる。


「あの、晴さん……」

「……なんだ」


 先程までの和やかな空気は一転、気まずそうに晴の名前を呼んだ美月。

 スルーされるかと思ったけど、美月は気になって仕方がないのか言及してしまった。


「言おうか迷ってたんですけど、さっきからその……当たってます」

「仕方ないだろ。男は特定の相手と触れ合うとこうなる定めなんだ」

「特定の相手?」

「皆まで言わせる気か……好きな相手だ」


 やれやれと言った風に明かせば、美月はうれしそうに口許を綻ばせた。


「そういうものですか?」

「そういうものだ」


 美月の柔らかい肌が自分の肌に触れる度に、晴の下半身は熱くなる。それはもう生理現象のようなものだから、止めようがない。


「私でそうなってくれるのは凄く嬉しいんですけど……いくらなんでも盛り過ぎでは?」

「お前が水着なんか着て入ってくるからだろ」

「この水着、そんなに気に入ってるんですか?」

「お前に合ってるからな」


 観念しながら吐露すれば、美月は「でも」と眉尻を下げて、


「プールの時は顔色一つ変えなかったじゃないですか」

「それはあれだ。なるべくそういう意識をしないようにしてた」


 へぇ、と美月は嬉しそうに口角を上げた。


「私の水着姿でムラ……ムズムズしたんですか?」

「お前は体つきいいからな」

「貴方って何でも平然と答えますよね」


 イジリ甲斐が少ないとなぜか怒られた。


「悪かったな感情の起伏少なくて」

「そんな酷いことは言ってませんけど……んっ」


 意趣返しと、振り向いた美月の唇を奪えば、晴は胸の高揚を伝えるように熱いキスをした。


「ぷはっ……感情があまり顔が出ない代わりに、行動でお前に示してやる」

「はぁはぁ……もしかして、今する気ですか?」

「そのつもりだ」


 蕩けた目で問いかけてくる美月に、晴は躊躇いなく肯定した。

 揺れる紫紺の瞳に、濡れた艶めかしい髪。眼前にある白い肌が、晴を誘惑して止まない。

水着のままする。というのも非常に魅力的だが、そうなると一つ問題があるので今年はできない。でも、来年か再来年はぜひとも美月の水着姿を拝んだまましたいと思った。


「喧嘩のあとは盛り上がるらしいぞ」

「し、知りませんよそんなこと」

「じゃあ試すか」

「お、お手柔らかにお願いします」

「どうかな。久しぶりだから加減できるから分からない」


 イジワルに首を傾げれば、美月の頬が引きつった。


「ちゃ、ちゃんとペースは考えてしましょうね」

「当たり前だ。そうじゃないとデキちゃうかもしれないからな」 


 一瞬晴の言葉に怪訝な顔をした美月だが、すぐにその意味を察して顔を真っ赤にした。


「本当に配慮してくださいね⁉」

「分かってる。俺としても、もう少し二人の時間を過ごしたいからな」

「今それズルい⁉」


 顔を覆い隠して照れた美月に、晴はフッと微笑をこぼすと、


「とりあえず、風呂から出たら仲直りの続きしような」


 耳元で囁いて、それから晴は顔を赤くする美月の唇を堪能するのだった――。

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