第109話 『 この執筆ばかっ! 』
「晴さーん。行きましょうよ~~っ」
「嫌だ嫌だ嫌だっ……今週はもうどこにも出かけたくないって決めてるっ」
晴が腕を引っ張られてなお必死に抵抗するのは、美月がまたおねだりしてきたからだ。
そのおねだりの内容とは、
「プール行ったばっかだろ。なのになんで〝花火大会〟にも行かなきゃならないんだ」
「だって約束したでしょう」
「たしかにしたが、だからと言ってこんな短いスパンで行くとは言ってないだろ」
どうやら今日は近くで夜花火大会があるらしいが、流石にプールに行った数日後だし執筆もあるので行きたくなかった。
今週溜まった疲労は今日ぐっすり寝て解消しなければならないのだが、美月は中々引き下がってはくれない。
「若いお前と違って俺はいい年なの。体力ないの。だから無理。休ませろ」
「貴方だって十分若いでしょう。体力ないのは運動しないからです」
ぐぐ、と腕を引っ張り続ける美月に晴は抵抗を続ける。
「べつに今日じゃなくても来週も花火大会あんだろ。その時でいいじゃんか」
「それじゃあ来週も行きましょうよ」
「んな陽キャみたいな行動力俺にはない。てかお前だってインドアだろ」
「でも貴方と花火楽しみたいんですっ」
自分の腕で綱引きをしながら口論が始まった。
「そもそも、小説家だって夏休みあるんですよね。慎さんだって夏休み作ったって言ってましたよ」
「他所は他所。家は家だっ」
「貴方にだって連休くらいはあるはずでしょうっ」
「連休は作らないとないのっ」
「それじゃあ作ってくださいよ!」
なおも食い下がる美月に、晴も段々苛立ちを覚え始めた。
「俺は小説書きたいんだよ。空いた時間はお前に構ってるし問題ないだろ」
「でも……っ。私はもっと晴さんと一緒に色んなこと楽しみたいんですっ」
「それを捻出する為に執筆してるつってんだろが。いい加減理解しろ」
聞き分けのない美月にわずかに圧の込めた声音で言えば、整った顔立ちが苛立ちをみせながら引きつった。
ようやく美月の手が晴の腕を掴むのを止めれば、晴は「たくっ」と舌打ちして、
「こっちは仕事があるんだ。少しくらいこっちの事情も考え……」
呆れながら言った言葉が途中で途切れた。
それは、ぷるぷると怒りに震えている美月の顔に気付いたからだ。
やべ、と思った瞬間にはもう遅かった。
美月は凄みのある笑顔を向けると、
「そうですか。それなら好きなだけ執筆してればいいじゃないですか」
「い、いや……」
「貴方の仕事の邪魔してごめんなさいこれからは何も言いませんので!」
反論も有無も受け付けない美月の圧に、晴は言葉を失う。
呆然自失と立ち尽くす晴に、美月は目尻に浮かんだ涙を振り払うと、
「この執筆ばかっ!」
そのままリビングを去ってしまった。
バタンッ、と強く閉じられた扉の音を聞いてようやく我に返れば、晴の額からはだくだくと冷やせが流れ始めて。
「……最悪だ」
初めての夫婦喧嘩に、戦慄が走った。
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