第108話 『 晴さん少し焼けたなと思って 』
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、六人は帰り支度を済ませて今は帰り際のアイスを食べていた。
「やー、今日はたっぷり遊んだねー」
「そうっすねー。家に帰ったら爆速で寝れそうっす」
はむ、とアイスを頬張りながら感想をこぼす詩織に、ミケも深々と相槌を打つ。
「どう、金城くん。ミケさんとのプールは楽しめた?」
「はい! 僕の一生の思い出になりました! もういつ死んでも後悔はありません!」
「あはは。そこはもっと思い出を作ってからにしなきゃ」
男同士の会話も、今日のお出かけをきっかけにより親密さが増しているように見えた。
視界の端で友人たちが楽しく思い出を語っている様を見届けていると、ふと隣から送られる視線に気づく。
「どうした?」
「なんでも。ただ、晴さん少し焼けたなと思って」
「お前だって同じだろ」
同じ味のアイスを食べながら言えば、美月は「そうですね」と微笑む。
「白い肌の貴方もいいですけど、やっぱり小麦色の肌の方が健康的でいいです」
「日焼けするのは御免だな」
やっぱり暑いのは苦手なので、こんなに長時間外に出るのは今日限りで御免だ。
そう答えれば美月は「本当に貴方という人は」と肩を落としていて。
「どうせ長時間外に出るのは今日限りだとでも思ってるんでしょう」
「もう思考を読まれることに驚きもしないな」
よく分かってらっしゃる、と晴は苦笑を浮かべる。
それから、晴は一つ息を吐くと美月を見つめて、
「今日は良い時間を過ごせた。小説に使えるシーンも手に入れられたし、それにのんびり楽しむのも悪くないもんだ」
「それは私にではなく、主催者に伝えるべきでは?」
「アイツには黙っとく。言うと調子乗って第二回を開催しかねない」
「はは。確かにそうですね」
これが好評だった、とは全員の反応を見れば明瞭なので、ここで晴が慎に「こういうのも悪くないな」と感謝すれば間違いなく近日中に親睦会第三弾が開かれるはずだ。あまり短いスパンで開催されるのも困るので、今回はあえて感想は伝えないでおく。
まだ晴の胸中には気付かない慎を一瞥すれば、美月がおもむろに手を握ってきて、
「……少しだけ。いいですよね」
「いいと思うぞ」
詩織たちの視線を気にしつつも手を握り返せば、美月はほんのりと笑みを浮かべた。
「私も、今日は貴方と一緒にプールに来れて良かったです」
「そうか」
美月の吐露に、晴は淡泊に返した。
晴も美月とは同じ想いだ。ああやってのんびり過ごすのも心地よかったし、小説の為とはいえどウォータースライダーや水上アスレチックは存外と楽しかった。
美月とのプールデートも、想像以上に楽しかった。
皆と来るのも悪い気はしないけど、でも、
「来年は二人で来るか」
「――えっ」
ぽつりと呟けば、美月の瞳が大きく見開かれた。
驚き、息を飲む美月は数秒後に淡い笑みを浮かべると、
「……来年じゃなくて、今年でもいいんですよ」
「それは無理。プールは一年に一回で十分だ」
「プールじゃなくても海でも」
「やだ。疲れる」
美月の期待の羨望を淡々と砕けば、もうっ、と呆れられた。
「貴方は本当に小説以外はとことん面倒くさがりなんですから」
「自覚してるし、そんな俺と結婚したのはお前だ」
「そうですね私です」
少し拗ねてしまった美月に、晴はやれやれと肩を落とすと、
「今年は海に行かなくてもまだ行くとこあんだろ。それで満足してくれ」
縁日に花火大会、夏休み前に美月と行く約束した夏恒例の行事たち。
それにはちゃんと約束を果たすと決めている。だから、美月にはそれで手打ちにして欲しいのだが――、
「仕方がありませんね。今年だけは許してあげます」
「ということは、来年は許されないのか」
一応は許されたので晴もほっと安堵すれば、美月は遠い景色を見つめながら言った。
「まだ夏休みは半分もありますから、たくさん貴方といられますね」
「夏休みが終わってもずっといられるだろ」
「うっ。ちょっとときめきが」
「何言ってんだ。結婚して一緒の家に住んでるから今のは至極当然の発言だろ」
呻く美月に訳が分からんと首を捻れば、彼女はほんのりと顔を朱に染めて返した。
「貴方は平然と女性が喜ぶことを言うからズルいんですよ」
「当たり前のことだと思うけどな」
「その当たり前が嬉しいんです。そういうのって意外と勇気いるんですよ?」
「俺には必要ない」
本当に変な人、と美月はくすりと笑った。
感服しているような、呆れたような、両方の感情を瞳に宿す美月。そんな妻の瞳を真っ直ぐに見つめていれば、不意に邪な空気を察知して、
「……何見てんだお前ら」
ジロリと凄みのある視線を振り向ければ、そこには不快な笑みを魅せる慎たちが晴と美月を眺めていた。
「いやー、なんか面白そうな会話してるなと思って」
「おっほぉ。二人きりの時はハル先生そんな顔するんですねぇ。堪んねぇ」
「美月ちゃんも想像以上にハル先生にぞっこんっすねぇ」
「みみ皆さん。夫婦の時間に邪魔しちゃ悪いですよ」
人前で手なんか繋いじゃってアツアツですなー、と慎に指摘されて慌てて手を離せば、晴は丁度手の届く位置にあった手頃な頭を鷲掴みつつ言った。
「ミケ先生が想像するような会話はしてないですよ。日常会話です」
「あだだ! 俺の頭潰しながら言うなよ!」
「うるさい黙れ。お前だけは制裁だ」
「理不尽だ!」
晴の横暴に目尻に涙を溜めながら抗議する慎。その頭をやれやれと言った風に嘆息を吐いて放せば、詩織が突然「ねぇねぇ」と手を叩いて、
「今から記念写真撮らない⁉」
「おっ、賛成」
「いいっすね! そういうリア充みたいなことしてみたかったす!」
「僕も欲しいです! ……僕、学校行事以外で集まって写真撮るの初めてだ!」
なんか一人闇が見えた気がしたが、意図的に触れないでおいた。
「私も撮りたいです」
まだ少し顔が赤い美月もすんなりと頷けば、残るはあと一人。
全員が「どうなの⁉」という視線を送ってるのが非常に心外だが、晴はいつも通り素っ気なく答えた。
「俺もべつにいいぞ」
「よし。晴の同意も得たことだから全員集まれ! 晴を囲む形で」
「おいちょっと待ってなんで俺中心なんだ……ぐえぇぇ」
慌てて逃げようとするも既に左側から慎と詩織にタックルされて、そして反対側からは美月とミケ、金城に押し潰された。
「逃がしませんよ、晴さん」
「美月ちゃんは絶対ハル先生の隣だよねぇ」
「ちょ、晴。それじゃあ全員画角に入らないから体縮めて。削れないの?」
「出来る訳ねえだろっ」
「ほら、金城くん。もう少しこっちに寄るっすよ」
「そそそれだとミケ先生に密着してしまいます⁉」
右と左からわちゃわちゃと騒がしい声が聞こえてくる。
「うるせえ」と呟くも――その口には三日月が浮かび上がっていて。
こんな騒がしい日々も悪くないと思えた。
「はーい、皆撮るよ~。ポーズ決めてねっ」
「この狭さでポーズは無理だよ詩織ちゃん。……あだだ! 何すんだ晴⁉」
「お前の肉をスライスしてる」
「……はぁ。本当に貴方と言う人は。慎さんをイジメるの大好きなんですから」
「金城くん! もっとこっちっす!」
「あばば! ミケ先生と抱き合ってしまっている――っ⁉」
シャッターが押される刹那。ちらっと見た美月は晴に微笑みを魅せながら言った。
「とても楽しい一日でしたね、晴さん」
「――ふっ。そうだな」
スマホに収められた一枚の写真は、そんな美月の言葉を表していた――。
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