第106話 『 貴方が結婚した妻は注文が多いんですよ? 』
プールといえばありがちなのは、待たせたカノジョがナンパに遭うということ。
まぁそれはフィクションの話で、現実にはそんなラブコメみたいな事が現実に起こる訳がないと高を括っていた晴だったが、
「おー、アイツすげえな。ナンパされてる」
トイレに行って来るからと美月を待たせていたら、見事に男性二人にナンパされていた。
こんな事が本当に現実にあるんだなー、と妙な感慨深さを覚えつつ、晴はすたすたと美月の元へ歩み寄れば、
「待たせたな、美月」
しれっと登場した晴にナンパ男二人と、そして美月も呆気喰らっていた。
「お前がその反応はおかしくないか?」
「……いえなんと言いますか。なんでこの状況にそんな平然と登場できるのかと驚いているんですど」
「そんな平然としてるか? 内心少し緊張してるんだが」
「その割には顔に表情が出てませんよ」
はぁ、と肩を落として指摘されれば、晴は「そうか」と淡泊に返した。
それから、晴は視線をナンパ男二人に向ければ、
「で、お前ら、俺の嫁になんか用か?」
と言えば男二人は「嫁⁉」と目を剥いた。
その反応に晴は「はぁ」と深いため息を落とすと、
「相手をよく視ずにナンパとかよくやるな。今何連敗中だ?」
「う、うるせえ!」
男がたじろいで吠えるも、晴は一切動じることはない。それどころか、
「……ふむ、この時間でもナンパに成功していないとなると、今はざっと十連敗中といったところか」
「「うぐっ⁉」」
二人が露骨にたじろいだ。それにも構わず、晴は男たちを凝視しながら語っていく。
「まずは女の子同士で来ている人に声を掛けて、それも呆気なく撃沈すれば、今度は一人で待っている女の子を狙った感じか」
「「うぐぐぐ⁉」」
「それでも相手には全員カレシ又は夫がいてまた撃沈。すっかり気落ちしているとこにパッと見大人しそうなコイツを見つけて、強気に攻めれば落ちるとでも思ったのか声を掛けたんだろう。まあ、考えとしては悪くないが、やはりもう少し相手を観察するべきだな。コイツの左薬指を見ればすぐに分かるだろうに。あぁ、でもそれが分らないから尽く撃沈して時間を無駄に浪費してるんだもんな……」
「晴さんストップ⁉」
と持論を語るのに熱が入ってしまえば、慌てて美月の声がそう抑制した。
なんでだ、と眉根を寄せれば、美月はなんともいたたまれない顔をしていて、
「それくらいにしてあげてください。この人たち泣いてます」
「やべ……」
傷口に塩を塗り続けてしまった結果、ナンパ男子振二人は泣いてしまっていた。
美月ですら悄然とした顔をしているのだから、本人たちはさぞトラウマ級の恐怖を植え付けられたことだろう。
晴はコホンッ、と咳払いすると、
「ま、まあナンパすること事体は止めないが、相手をよく視ることだとは忠告しておく。これからは確実に落とせる相手を狙っていけ」
「……なにナンパ相手にアドバイスしてるんですか」
美月にジト目で睨まれるも意図的に無視して、晴はナンパ男子二人に「さっさと行け」と手で払った。
「……これは完全にトラウマになってしまったな」
哀愁漂う背中を見届ければ、晴は直前までナンパされていた妻に振り向いた。
「大丈夫だったか?」
「はい」
「嘘は吐くなよ」
震えてる美月の手を見て言えば、美月は諦観を悟って吐露した。
「少しだけ怖かったです」
「そうか。なら、これで少しは和らぐか?」
そう言って震える手を握れば、紫紺の瞳がわずかに見開いた。
「ふふ。優しい」
「悪いな。こうなること予測してなくて」
「ラブコメ作家なのに?」
「フィクションと現実は違う。まさか本当にお前がナンパされるなんて思わなかった」
そう言えば、美月は頬を膨らませた。
「自分でいうのもあれですけど、私は可愛い方ですよ」
「ふーん。で」
「で⁉」
淡泊に返せば美月が目を白黒させた。
それから拗ねた風に言った。
「可愛い=ナンパされやすいんです」
「世の女性を敵にしそうな発言をよく平然と言えるなお前」
後ろからナイフで刺されてもおかしくない発言だった。
晴の方が背筋を震わせれば、美月は「事実ですから」とドヤ顔で答えた。
それから「だから」と継いで、
「私がまた怖い目に遭わないように、しっかり手を繋いでくれますか?」
「もう繋いでる」
「ダメです。しっかり。解けないように強く繋いでください」
「注文が多いな」
「貴方が結婚した妻は注文が多いんですよ?」
イジワルに唇を緩くした美月に、晴ははぁ、とため息を落とす。
「へいへい。それはもう理解してる」
「ふふ。ならよろしい」
満足げに美月が微笑んだ。
それからゆっくりと歩き出せば、
「それにしてもあの登場はどうなんですか? 私としてはもっとこう、スマートに来てほしかったです」
「カノジョナシ=人生だった俺になんてもん要求してんだ。騒ぎにならなかっただけでも及第点だろ」
「それはそうですけど、ああいう場面なら男側は「コイツ俺のカノジョだから、てめえら気安く触るんじゃねえ」みたいな感じで来てくれた方が女性はキュンキュンしますよ」
「キュンキュンさせてやれなくて悪かったな」
バツが悪く顔を歪ませれば、美月は「でも」と口許を綻ばせて言った。
「助けてくれた晴さん、凄くカッコ良かったですよ」
「そうか……まぁそれで相手泣かせてしまったが」
「あれは誰だって泣きますよ。……というか、貴方は本当に最後まで締まりませんね」
そこはありがとうと言うべきでは、と窘められてしまったが、晴はフッと微苦笑を浮かべると、
「現実なんてこんなもんだろ」
と自分はやはり主人公の器ではないと痛感させられた。
そんな現実にも、非現実めいた日常というものはすぐ目の前にあって――
「どうかしましたか?」
「……なんでも。ほれ、さっさとウォータースライダー乗りに行くぞ」
「そうですね。行きましょうか」
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