第101話 『 プール日和ですね 』
「……晴れだな」
「晴天ですね。プール日和ですよ」
「今日、絶対暑くなるよな」
「そうですね。ニュース見たら、最高気温三十五℃以上ですって」
「……はぁ」
重いため息を吐けば、晴は深刻な顔を浮かべながら呟いた。
「俺は今日死ぬかもしんない」
「なにバカなこと言ってるんですか。ちゃんと行く前に日焼け止めも塗ったでしょう」
「それだけでこの暑さがカバーできると思うかっ」
「こまめに水分は取っておきましょうね」
「それでもこの暑さはヤバイと思う。なんというか、人体に影響が出そうだ」
「大丈夫。水は冷たくて気持ちいいですよ」
だから行きましょう、と手を引く美月に晴は必死に抵抗する。
「水は冷たくても日差しは熱いだろうが」
「もうっ。いい加減ごねてないで出発しますよ!」
「むりむり。外に出た瞬間溶けるって」
「人はそう簡単に溶けませんよ」
まだ時間に余裕はあるが、ここで躊躇っているから刻々と猶予がなくなっていく。
出発しなければいけないが、どうにも気が滅入って仕方がない。
「あー、今からでも遅くないから隕石降らないかなー」
「そうしたら小説書けなくなっちゃいますね」
「~~~~っ」
ぽつりと呟けば、晴の思考などお見通しな妻は淡々と返してくる。
反論できずにバツが悪くなれば、徐々に抵抗力も失われていく晴の体が浮いた。
「やっと重たい腰を浮かす気になりましたか」
「このまま引っ張ってくれ」
「本当に貴方という人は」
情けない晴のお願いに呆れれば、美月は微苦笑を浮かべて、
「このまま手を繋いでいれば、外に出れますか?」
「儚い人生だったなぁ」
「はい出発しましょうねー」
もう妻ではなく幼稚園児を引率する先生だな、と胸中で呟きつつ、晴は美月の手を握り返した。
「……雨降んねえかな」
「いい加減に行きますよっ⁉」
いつまでも駄々をこねない、と美月に叱責されながら晴は玄関を出たのだった。
△▼△▼△▼
プール当日は憎らしい程の晴天に恵まれ、まさしく絶好のお出かけ日和となった。
「お、登場早々から恋人繋ぎなんて、仲睦まじいものですなぁ」
首謀者――ではなく企画者の慎が晴と美月の存在に気付いて、挨拶の前に不快な笑みをみせてきた。
後でプールに沈めてやろうと内心で思っていると、晴の手を繋いでいる美月は不服気に嘆息して、
「おはようございます。慎さん」
「おはよう美月ちゃん。すっかり夫婦が板についてきたね」
「そんな和やかなものじゃないですよ」
肩を落とせば、美月は晴をジロリと睨みながら言った。
「この人、行く直前になって「今日は絶対に暑くなる。家から出たくない。クーラーしか勝たん」とか言い出したんです。なので、引っ張ってきました」
「あはは……手を繋いでるのはそういうこと」
睦まじいからではなく連行として手を握っているのだと理解すれば、慎は複雑な顔した。
それから慎は呆れた視線を晴にくれると、
「お前は、なんというか本当にブレないな」
「こんなクソ暑い日に外に出るなんて拷問だ」
クーラーしか勝たん、と口を尖らせる晴。
そんな晴に慎は何か言いたげにジト目を向けてきて、
「てか、なんでお前が帽子被ってて美月ちゃんが帽子被ってないんだよ」
「熱中症対策ですよ。この天気だと、晴さん絶対にバテるので」
「嫁にこんなに気遣われて恥ずかしくないのかお前は」
「なんとも思わんな」
はぁ、と重いため息から重なって聞こえた。
「俺が体力ないことも暑いの嫌いなこともお前ら理解してるだろ」
「貴方は秋が一番好きなんですもんね」
「あぁ。メシは美味いし気温は丁度良くなるし何より昼寝日和が続くからな」
「ドヤ顔で言うなよ」
布団最高、とドヤ顔すればまた二人に呆れられた。
「本当にご苦労様、美月ちゃん」
「いえいえ。もうこの人のお世話するのも慣れましたから」
それを証明するように美月は晴にスポーツドリンクを渡してきた。
さんきゅ、と短くお礼を言いつつ、晴は水分を補給する。
乾いた砂漠が潤うような快感に深い吐息が零れれば、晴はようやくひと心地つけた気分になる。
こくこくとスポーツドリンクを飲んでいる傍ら、美月はきょろきょろと周囲を見渡すと眉尻を下げて慎に問いかけていた。
「それで慎さん、詩織さんは?」
「詩織ちゃんならいまお手洗いに行ってるよ」
「時間に余裕があるからお前も行って来れば?」
「そうですね」
合理的だと顎を引けば、美月は一礼してからお手洗いへと向かった。
束の間に男二人きりになれば、慎は何やら感嘆としていた。
「俺が言うのもなんだけどさ、本当に来たんだな」
「当たり前だろ。美月も来たがってたしな」
「美月ちゃんのことなら体動かすのか」
「さぁな。ただ、行かないとか言い出したら殺される空気が出てから仕方なく来た」
「……家に出てくる前に何があったんだよ」
「家で小説書いてるほうがマシだって言ったらすげぇ顔された」
「うん。その光景容易に想像できるわ」
慎がやれやれと肩を落とす。
「今日は途中でバテるなよ」
「無理。というか、もうライフ半分切ってる」
「酔い止め持ってきた?」
「美月が用意してくれた」
「あの子本当にお前を熟知してるな⁉ もう過保護に近いぞ⁉」
男として恥ずかしくないのか、と指を指しながら追及されて、晴はそんな指をへし折りながらこくりと頷く。
「ちっとも。アイツが俺に呆れてるのは既知してるし、それでも付いて来てくれるのも知ってる」
「……信頼の形も色々あるってことね。……って指――――っ⁉」
感慨深そうに吐息した慎が、遅れて指を折られていることに気付くと絶叫を上げた。
そんな男同士のじゃれ合いも、数十メートル先から聞こえた賑やかな声に気付くと意識がそちらに傾いた。
「ん?」
目を凝らして見れば、前の方から美月と詩織が向かってきていた――だけでなく、二人の他に、もう二人こちらに近づいていた。
嫌な予感がしてバッ、と慎に顔を振り向ければ、慎はニヤニヤと不快な笑みを浮かべていて、
「さぷら~いず」
と愉し気な声音で言った。
――コイツはまた下らないことをしやがって。
顔をしかめる晴の耳朶に、賑やかな声が届いた。
「おはようございますっす! ハル先生!」
「おおおおはようございますハル先生!」
独特かつ陽気な挨拶と、緊張が窺える挨拶が聞こえた。
そんな二人の挨拶に晴はどっぷり深い吐息をこぼすと、肩を落としながら挨拶を返した。
「おはようございます。ミケさん。……それと、金城くん」
知らぬが仏ではなく、知らぬが自分ばかりだった晴に、この企画の首謀者と参加者たちは満足そうに白い歯を魅せながら――
「「さぷら~いず!」」
サプライズの成功を喜んだのだった。
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