第100話 『 おっぱいよこせ 』


「ミケさんはどんな水着にします?」

「私はワンピースタイプがいいっす」


 女子だけの水着選びはかなり盛り上がっていた。


「ミケさんはビキニタイプ似合うと思いますよ」

「有難いっすけど、あんまり肌を出したくないんすよね。二人と違って立派なもの持ってないし。……ハハッ」

「「……あはは」」


 地雷を踏んでしまったと美月と詩織は頬を引きつる。

 空気を立て直すべくコホン、と咳払いすれば、


「肌を出したくない理由はやっぱり日焼け対策ですか?」

「そうっす。日焼けで肌ヒリヒリして絵が描けないー、なんてなったらもどかしくて気が狂いそうになる」

「なんか、ミケさんと晴さんてすごく思考が似てますよね」

「にゃはは。ハル先生は多少の痛みなら無視して執筆する男っすよ。私はとてもじゃないけどそこまでは動けないっす」


 それは我慢強さもあると思うが、ミケは晴の方が重症だと言った。


「なので嫉妬は意味ないっすよ」

「……してませんし」

「「かーわいい」」 


 ふいっ、と視線を逸らせば、大人二人にニヤニヤと笑われた。


「美月ちゃんはやっぱりこういうタイプの水着っすか?」

「そんな露出度高い水着は絶対に着ませんよ⁉」


 さらりとミケが美月にオススメしてきたのはトライアングルタイプの水着だ。布の面積がかなり少なく、本当に大事な部分しか隠せていない。


 ありゃ残念、とカラカラと笑うミケに嘆息すれば、美月は詩織に視線を移した。


「詩織さんはどうしますか?」

「私はビキニだよ~。でもフリルも可愛いよね」

「分かります。こういうのって大人びた印象は少ないですけど、可憐でいいですよね」

「分かりみが深い」


 二人揃ってこくこくと相槌を打つ。

 そこにミケも参戦した。


「おっぱい大きい民はいいっすね。色んな種類選べて」

「いやいや。ミケさん。こういうフリルものこそちっぱいが魅力的なんですよ。想像してみてください」


 と促されて美月も釣られて想像した。


「燦々と輝く太陽の下。カレシとプールデートに来たおっぱいが小さなカノジョ。胸に自信がないそんなカノジョが勇気を振り絞って可愛く、そして露出度が高いフリルの水着を纏って現れた」

「やばマジ萌える」

「でしょう。これだけで白米三杯はいけますよ!」

「まあ私カレシいないっすけど」

「「…………」」


 しれっと返したミケにお通夜みたいな空気が漂った。

 何も言い返せず沈黙していると、ミケはカラカラと笑って。


「おっぱいよこせ」

「「そんな笑みで怖いこと言わないで⁉」」


 胸を揉もうとしてくるミケに美月と詩織は全力で己の胸を守った。


「剥ぎ取るなら美月ちゃんからにしてください! 私は平均ですし!」

「ひどいっ⁉ そこは年上が庇ってくださいよ!」

「美月ちゃんの方が大きいじゃん!」

「まな板から言わせれば二人とも十分凶器っすよぉぉぉぉぉ!」


 唸り声をあげるミケに戦々恐々とする美月と詩織。そんな二人にミケはくすりと笑うと、


「茶番はさておき、おっぱいなんてあっても邪魔っす」

「それじゃあ今のやり取りは何だったんですか……」

「ほんのわずかな嫉妬と苛立ちを覚えた私のストレス発散っす」


 カラカラと笑うミケに、美月はほとほと疲れ果てて肩を落とす。


「たしかにおっぱいが大きいことに憧れはしますけど、でもやっぱり絵描くのに邪魔だと思うからちっぱいでよかったっす」

「でも、女性のイラストレーターって、自分の胸を参考にする人結構いますよね」

「いるっすね。でも、おっぱいなんて練習すれば誰でも書けるっすよ」


 男のイラストレーターも魅力的なおっぱい描いてるでしょ、と言われれば、美月と詩織はたしかにと頷く。


「むしろ最近は男の人の方が魅力的なおっぱいを描いてくるから困るっす。……あいつらおっぱいついてないくせに」

「でも胸筋立派な人もいますよね」

「それは私よりあると言ってるんすか?」

「滅相もありません!」


 凄みのある圧に詩織が全力で首を横に振った。それから詩織は必死に気を逸らそうとミケにこんな質問を投げかけた。


「み、ミケさんはどうやって大きい胸描いてるんですか?」


 ミケは「勿論」と前置きして、


「フィギュアとか参考資料見て描いてるっす。男のチ〇コも資料から取って描いてるっす」

「ちっ⁉」

「「可愛い~」」

「もうっ! 揶揄わないでください!」


 初心な反応を見せれば二人はまたニヤニヤと笑いながら見てきた。


 顔を真っ赤にして叫べば、詩織が「でもでも」と肩に腕を回してきて耳元で囁いた。


「美月ちゃん。もうハル先生と結ばれてるんでしょぉ?」

「――っ⁉」


 背筋がゾクリと悪寒が走れば、目を見開く美月にミケもすり寄ってきて。


「へぇ、美月ちゃん大人の階段上ってるんすねぇ」

「……あぅ」


 詩織とミケに囲まれて逃げ場が塞がれてしまった。


「どうなの~。お姉さんたちに教えてごらん」

「素直に白状したほうが身の為っすよ」

「うぅ~~~~っ」


 変態みたいに指をくねくねさせながら答えを促してくるミケ。

 いよいよ諦観を悟れば、美月は顔を真っ赤にして、


「……はい」


 と白状した。

 そんな美月の肯定を受ければ、年上二人は俄然盛り上がった。


「体の相性は⁉」

「こ、答えなきゃダメですか?」

「そりゃ気になるよね。だって二人とも、一度もそういうことせずに結婚したんでしょ」

「まぁ」

「だから知りたいんだよね。体の相性って、付き合う上でもすごく大事だから」


 詩織のいう事は全うだ。だからこそ余計に答え難いのだが。


 女性としては――というか男性も、体の相性が良い方が上手く付き合えるということは美月も既知している。


「黙秘権を……」

「「行使できませーん」」

「うぅぅぅぅ」


 声を揃えられて黙秘権を却下されて美月は唸った。


 たっぷり逡巡したあと、美月は好奇心にキラキラとした瞳を向ける詩織とミケにか細い声で答えた。


「相性は、いいと思います」

「「きゃ――――っ‼」」


 詩織とミケが大いに盛り上がる。

 こうなってしまえば、もう二人は止まらない。


「ねね、ハル先生って童貞だったんでしょ。夜のテクニックはどうなの⁉」

「あ、あの私たち水着買いに来たんですよね?」

「「いまはそんなことよりアナタたち夫婦の話が聞きたい!」」


 シンクロする下ネタ好きの二人に美月は気を逸らそうとしても無駄だと悟った。


 この追及から一早く逃れるには素直に応えるのが正解だと理解すれば、美月は落胆としながらも吐露した。


「それで、夜のほうはどうなんすかっ?」

「……まぁ、それなりに」

「ちゃんと気持ちよくしてもらってる? 女の子としては大事だよ?」

「ちゃ、ちゃんと満足させてもらってます……はい」


 なんだかげんなりとしてきた。

 そんな美月の心情などお構いなく、きゃっきゃっと盛り上がる詩織とミケ。


「その顔から想像するに、二人は相当体の相性がいいみたいですなぁ」

「ど、どうでしょうかね……」

「嘘は吐かなくていいよぉ。女の子は顔に出やすいからね。そういう質問されてイマイチだったらすぐに顔に出るよ」

「ふむふむ。参考になるっす」

「ここで勉強しないでくれますかミケさん⁉」


 詩織の発言をメモするミケを必死に止めるも、美月の声は届いてくれなかった。


「美月ちゃんはナイスボディですからねぇ。さぞかしハル先生のハートを射止めてることでしょう」

「それはどうでしょうか。晴さんは私が初めてだと言ってたので」

「じゃあメロメロな訳だ!」


 詩織の言葉に美月のほうが顔が赤くなってしまった。


 メロメロなのだろうか。たしかに晴はおっぱい好きだし行為で愛を示してくれているが、あまり表情を顔に出さないので分からない。


 でも、もう何回も求められているから詩織の言う通りメロメロなのかもしれない。


 そんな思惟に思わず頬が緩むと、美月の反応を愉しそうに見ている二人の視線に気づく。


「これはこれは……今日は女子会開くしかありませんねぇ」

「そうっすねぇ。根掘り葉掘り聞かないといけないなあ」


 によによと、不気味な笑みを浮かべる二人に美月は頬を引きつらせる。


「あ、あの……私は家に帰って晴さんのご飯を作らないといけないので」

「大丈夫っすよ。ハル先生だって大人なんすから」

「そうそう。ご飯くらい自分で用意できるって」


 どうにか逃げようとするも詩織とミケは逃がしてはくれなかった。


 ウフフ、とまるで意地悪なお姉さんのような笑みを浮かべる二人は、幼気な少女を危険な夜会に誘おうとする。


「まずは旦那を悩殺する水着を買って。それからお姉さんたちとたぁ~っぷりお話しましょうね~」

「大丈夫っすよ。悪いようにはしないっすから」

「嘘だ⁉ 絶対洗いざらい吐かされるじゃないですか⁉」

「まーまー。代わりに私も男の人を喜ばせるテクニック教えてあげるから」

「私も知識だけはあるっすよー」

「うっ……それはちょっと知りたい⁉」


 動じないと思ったが少し心が揺らいでしまった。


 いつも美月ばかりが晴にいいようにされているので、たまには仕返し――というより上になってみたい、とは思わくはなかった。


 そんな揺らいだ心に、悪いお姉さんたちは付け込んでくる。


「うふふ。どうする美月ちゃん? お姉さんたちとお泊りパーティーしちゃう?」

「美味しいご飯も奢るっすよー? 大人な話して盛り上がりましょうよ」

「…………」


 悩んで、悩んで、たっぷり逡巡した美月が出した答えは――


「よ、よろしくお願います」


 旦那を篭絡させたい気持ちが勝り、つい悪女たちの誘いに乗ってしまった。


 それから、三人はそれぞれ気に入った水着を買ったあと、それはそれは愉しい女子会を開くのだった――。

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