第99話 『 やっぱり慎さんも要注意ですね 』
かくして始まった女子によるお買い物回。それは例外なく盛り上がっていた。
「ところで詩織さん。ミケさんがプールに来るということを晴さんは知ってるんですか?」
「んぁ。あぁ、たぶん知らないんじゃないかな。また慎くんが内緒で根回してたみたいだし。サプライズゲストとして隠してるんじゃない」
知らぬは晴ばかりだった。
「慎さんて、晴さんにサプライズ……とういうか予定にないことするの好きですよね」
「あはは。慎くんなりにハル先生を驚かせたいんじゃないかな」
一理ある、と美月は深々と頷く。
プールを企画したり、パーティー(他人の家)を企画したり、慎は何かと晴を娯楽に付き合わせようとする。
詩織の言う通り、慎も晴に楽しい思い出を作ってあげたいのだろう。
やっぱり友達想いの良い人、と認識を改める一方、同時に晴とのBL関係が垣間見えて眉間に皺を寄せる。
「……やっぱり慎さんも要注意ですね」
「なになに? BLの匂いがしたんだけどお姉さんの気のせいかな?」
「誰と誰がすっか⁉ あ、もしかしてあそこにいる男子カップリング⁉」
違います、と真顔で否定しつつ、美月は余計な思考は一度放棄する。この二人との温度差を肌で感じているので、盛り上がれば手が付けられなくなることを既に美月は学んでいた。
冷静に二人から熱を取り除きつつ、美月たちは件の水着店へと足を運んだ。
「おっほ~! 参考資料にしたい物がたくさん売ってるっす!」
「おっほ~! あ、これあの作品に出てた水着に似てる⁉ めっちゃコスプレしてぇ!」
「お二人とも、今はクリエイター魂に火は点けないでもらえますか?」
二人が奇声を上げたせいで周囲の視線が痛い。
辟易としながら注意すれば、年上問題児二人は「はーい」と悄然としながら頷いた。
「やっぱりクリエイターって変人が多いんですかね」
「多いっすよ」
「多いね~」
「素直に肯定しないでくれます⁉」
あっけなく肯定されては美月もどう反応していいものかと困惑してしまう。
そんな美月にコスプレイヤーとイラストレーターは水着を物色しながら答えた。
「コスプレイヤーはアニメのキャラが大好き過ぎてなりきっちゃう人たちだからね~」
「まぁ、好きじゃないとやりませんよね」
「うん。ヲタクとしての誇りがあるから、残業してクタクタで家に帰って来ても寝ずに衣装作っちゃうんだ」
「うっ。なんてハードな」
「それがヲタクってもんだよ」
にしし、と白い歯を魅せて笑う詩織が輝いて見えた。
美月の羨望の眼差しは、詩織だけに留まらない。
「うちらも同じっすよ。絵描くのが好きだから沼るんす。死ぬ気で描いたものが褒められれば、誰だって嬉しいじゃないっすか」
「二人とも凄くカッコいいです」
純粋な想いを吐露すれば、ミケと詩織はそれほどでも、と照れた。
美月は、二人のような矜持を持って何かに打ち込んだことはない。アルバイトは好きでやっているし、晴の隣にいるのも好きで支えているだけだ。
自分もそんな、誇れるようなものを一つでもいいから持ちたい、そう思った時だった。
「でも」とミケは少し寂しそうな顔で言った。
「私の業界はマジシビアっすからね~。ついてこれない人も多いんすよ」
「イラストレーターとか絵師って食べて行くの大変ってよく聞きますよね」
ミケの言葉に詩織は真剣な顔で頷いた。
そうっす、とミケは水着を眺めながら相槌を打って、
「うちらの業界、新人なんかはとくに一枚の絵に対する単価が安いんす。それに、依頼した側が報酬すっぽかす、なんてことも結構あることで」
「うげ、それとんだブラックじゃ……」
「ブラック通り越して奈落っすよ」
うわぁ、と詩織と揃って顔を引きつらせた。
ドン引きする二人を尻目に、ミケはまだ続けた。
「人気が出れば勝ち組。そうじゃなければ敗者。専門学校で優秀な成績を獲ったって、外に出れば中の下。よくて中の上。私、専門学校出身の絵描き仲間がいたんすけど、その子、結局会社に入ってからしばらくして辞めちゃったんすよね」
「え、どうして……」
「簡単すよ。絵を描くのが嫌いになったんす」
唖然とすれば、ミケは「これは私らの業界じゃ普通っす」と平然と返した。
「毎日何時間も書いて、絵だけに日々を費やして、それでも実力が伴わない者がいる。人生がぶっ壊れるくらいの覚悟をもってしても現実に叩きのめされて絵を見るのも嫌になる者がいる。鬱になった人も少なくないっす。――でも、そういう、底辺を味わってなお這い上がることで得られる快感がある」
ミケはニヤッと、美月と詩織に向かってそんな笑みを浮かべた。
それはまるで、勝者が魅せる絶対的プライドのようで。
「人生は努力の結果だ、なんてこと私は思わないっすけど、中途半端にやるのはおススメしないっすよ。やるなら命がけで。それこそ断崖絶壁を登るくらいの覚悟があったほうがいいっす。好きなことなら尚更」
「深いですミケ様……」
死と隣合わせで生きてきた人間は強い、とミケは大胆不敵に笑った。
「(なんだか、晴さんみたいな考え)」
ミケの思考や言葉は、晴に似ているなと思った。
晴も、一度は小説と人生を懸けて小説を選んだ人だ。晴の目は死んでいるが、その瞳の奥は決して揺らがない意思が見えた。
命を懸けまでやりたいこと、それがプライドと言うのだろう。そういう、自分にとって譲れないものがあるのがクリエイターなのだと、美月はミケから教授させられた。
感服していると、ミケは「ま」と一気に脱力して、
「これはあくまでこれから絵師とかそういうクリエイター関係に就こうとしている卵どもを叩きのめす言葉であって、美月ちゃんみたいなもう結婚して将来も安泰な人には関係ない話っすかね」
「いえ。すごく勉強になりました」
「えへへ。柄にでもないこと言ったから緊張したし照れるっすね」
すっかりいつものミケに戻れば、顔を朱に染めて恥ずかしそうに頭を掻く。
本当に勉強になったと感嘆していれば、不意に隣から呻き声が聞こえた。
何事かと振り返れば、詩織がハンカチを噛んで滂沱していた。
「これが神絵師からのありがたいお言葉! 本当に胸に響きまぢたぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「大袈裟っすねぇ」
「あだぢもっとコスプレに命懸けたいと思います!」
「……徹夜して作ってる時点で命懸けてると思いますけど……」
「そんなんじゃ足りないよ! もっと、私の中に燃え滾る情熱を注がなきゃ!」
「死にますよ」
「灰になるまでやろうと思う!」
ヲタク魂に火が点いて、詩織が瞳をメラメラと熱い闘志を魅せる。
そんな詩織と、満更でもなさげなミケに向かって、美月はやれやれと嘆息すると、
「とりあえず、そろそろ本格的に水着選びしましょうか」
「「あ」」
すっかり本来の目的を忘れていた自分たちに、三人は気を取り直して水着選びを再開させるのだった。
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