第98話 『 スク水も持ってないしなー 』


 母の突撃ご自宅訪問もんなんとか切り抜けて、数日は穏やかな日々が続いた。

 そんなある日の夜。


「うーん。水着、どうしよっか」


 就寝前。ベッドの上でごろごろしている美月はスマホと睨めっこしていた。

 八月上旬に慎たちとプールに行く予定になっているが、美月には問題があった。


「スク水も持ってないしなー」


 美月の学校では、女子は水泳の授業がない。

 まぁ、仮に持っていても絶対にスクール水着では行きなくないが。

 そして肝心の水着も、美月は持っていなかった。

 去年――とういうより中学以来プールに行く機会がなかったので、水着なんて必要なかった。

 なので、今年用の水着を買わなければならないのだが、


「何がいいのか全く分からないや」


 スマホをぽちぽちとスクロールしながら画像を見れば、可愛い水着がたくさん目に入る。

 しかし、どれもパッとしない。

 画面上で決めようとしているからか、或は無頓着なのか。否、そんなはずはなかった。

 だって水着だ。最近、ようやく美月を意識始めた執筆バカを悩殺できるチャンスなのだ。そんな絶好の機会、妻としては見逃せない。


「晴さんはどんなのが好きかな~」


 晴の好みは清楚系だが、存外エッチな男だ。おっぱい星人だし。

 可愛い系にしようか、それとも思い切って過激なものしようか。どうせなら直接晴に選んでもらおうと思ったが、あの男はこの炎天下に外に出たがらない。

 すっかり夜行性になってしまった晴を引っ張り出すのは至難の業なので、第三の選択肢は残念ながら却下してため息を一つこぼした。


「仕方ない。明日、一人で選びに行こうかな」


 どうせなら誰かと一緒に見たかったな、そう思った時だった。

 プルル、とスマホが震えた。


「……詩織さんからだ」


 電話の差出人は慎のカノジョこと詩織だった。

 どうしたんだろうと思いつつ、体を起こして電話に出ると、


『あ、もしもし美月ちゃん』


 こんばんわ、と挨拶されて美月はぺこりと頭を下げた。


「こばんわ、詩織さん」

『夜遅くにごめんね~』

「全然気にしないでください。でも、どうしたんですか? こんな時間に電話掛けてくるの珍しいですよね?」

『たまにしかやり取りしないもんね。でもね、ちょっと美月ちゃんに聞きたいことがあったの』

「私にですか?」


 はて、と小首を傾げると、詩織は電話越しから『うん』と一拍置いてから本題に入った。


『いきなりで申し訳ないんだけど、私明日、仕事終わりに水着買いに行こうと思ってね。それでなんだけど、よかったら一緒に水着選びに行かないかなー、て思って』

「水着……ですか」


 なんとタイムリーな提案か、と思わず驚いてしまう。

 美月も丁度、明日水着を選びに行こうと思ったところだったのでその提案はむしろ嬉しいくらいだった。

 美月はこくりと頷くと、


「そういうことなら是非。私も明日、水着を選びに行こうと思ってたんです」

『タイムリーだね! 偶然? いや奇跡だ!』

「夜なのに元気ですね……」


 電話の向こうから詩織がはしゃいでいた。

 陽気な声音にテンション高いな、と苦笑していると、


『それじゃあ、明日さっそく買いに行こうか!』

「はい。よろしくお願いします」


 楽しみ、と聞こえる声に、美月も唇を綻ばせる。

 電話はほどなく切れて、余韻に浸りながらまたベッドに倒れる。


「(明日、いいもの買えるといいな)」


 ほんのりと口に浮かび上がる三日月は、なんとも楽しそうに眠りにつくのだった。


 △▼△▼△▼



 詩織との待ち合わせに一足早く着けば、そこで意外な人物と邂逅を果たした。


「あれ、ミケさん?」

「あ、こんちわっす美月ちゃん!」


 目を瞬く美月に、ミケは笑顔を魅せながら近づいてきた。

 軽く会釈してから、美月は眉根尻を下げると、


「どうしてここに? 誰かと待ち合わせですか?」

「そうっす!」


 肯定したミケに、美月は誰だろう疑問符を浮かべる。

 ミケの友達なら見てみたい、と興味が湧いていると、そんなミケがまたまた意外な人物の名前を挙げた。


「詩織ちゃんと待ち合わせしてるんすよね」

「え、詩織さんと?」


 こくこく、と頷くミケに、美月はさらなる困惑が生まれた。

 小首を傾げればミケが答えた。


「数日前に詩織ちゃんから連絡来て、プール一緒に行かないかって誘われたんすよ」

「なるほど」


 話が見えた。

 ミケがこのショッピングモールにいること。そして待ち人が美月と同じこと。


「もしかして、ミケさんも詩織さんに水着を買いに行こうって誘われました?」

「そうっす! 美月ちゃんも来るから先に二人で待ってて連絡もらったんすよ」

「それ私一言も聞いてないんですけど……」


 きっと思いつきでミケさんにも連絡しただろうな、と苦笑を浮かべると、遠くから陽気な声が聞こえた。

「おーい」と声を上げてこちらに手を振る女性に美月とミケは顔を向けると、


「ミケさーん。美月ちゃーん」

「詩織さん」

「しお☆りんちゃん!」


 遅れて詩織がやって来た。

 ようやく合流した詩織ははぁはぁ、と肩で息をしながら「待たせてごめんねぇ」と手を合わせながら謝る。


「二人とも待った?」

「私は今来たばかりっす」

「私も来たばかりなので、気にしないでください」


 お仕事ご苦労様です、と仕事終わりの詩織を労えば、唐突に抱きつかれた。


「あーん。こんな可愛い子に労ってもらっただけでクソ上司のクソ説教とクソタスク終わらせた甲斐があるよぉ」

「社会人はお辛いすっな~」

「そのお金でアニメと推しに貢げてますので!」

「やや。しお☆りんのような人のおかげで、我らクリエイター業界は生きていけるっす」

「ヲタク最高~! これもじゃんじゃん貢いで経済を回そう!」


 おー! と美月を挟んで結託する二人。

 ただでさえ熱い時期に情熱が迸っていて、美月は頬に汗を流しながら苦笑するのだった。

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