第87話 『 あ、ここでは八雲でお願いします 』
というわけ始まった曲者揃いのパーティー。それは大いに盛り上がっていた。
「うっま~~~~~っ‼ 久しぶりのピザめっちゃうっま~~~~っ‼」
「……ミケさんていつもどんな食事をしてるんですか?」
ミケと美月、そして金城は料理を食べながら会話を弾ませる。
「私は大抵コンビニ弁当っすよ。あれが一番手っ取り早く栄養摂れるっすからね」
「……うわ、なんだか晴さんみたい」
「ハル先生は私より酷かったすよ。前に聞いた時カップ麺とおにぎりって答えてました」
「……結婚してよかった」
「なんだかその言葉の意味が全然違く感じるよ瀬戸さん」
人の過去をさらりと暴露した上にけらけらと笑うミケに、美月は深刻な顔で肩を落とす。
それから頬を引きつらせる金城に美月は「あ」と手を上げると、
「ここでは八雲でお願いします」
「めんどくさ⁉」
「だってここ学校じゃないもん」
「せと……八雲さんて結構難しい性格してるね……」
「どういう意味かな金城くん?」
「いえ! なんでもありません!」
美月の凄まじい圧に、金城は流れるように綺麗な土下座をした。
「いやぁ。二人って仲良いんすね。私は学生時代、男子はおろか女子の友達もいなかったからなー」
さらりと悲しいエピソードをぶっ込んでくるミケに美月は頬が引きつる。が、金城はバッ、と顔を上げると「流石は神!」とミケを崇めた。
「友達を作る時間よりも絵を描く時間を優先するとは! もはや僕みたいな陰キャボッチとは次元が違う生き方!」
「いやただのボッチだったんすけどね」
「ミケさんのそれは孤高というものです!」
それは褒めてるのか、と疑問に思ったものの、ミケは金城の言葉に目をキラキラさせていた。
「そうか……私は孤高だったのか! そう思えると黒歴史もカッコよく思えてきったす!」
ボッチは最強! と拳を突き上げるミケに、金城も「ボッチ最高!」と便乗する。
美月としては虚しさしか感じないが、二人が盛り上がっているならいいのだろう。
「キミは話が分かる人っすね眼鏡くん!」
「いやミケさん。この子、金城という名前が……」
「いや美月さん! ミケ様に僕の名前を覚えてもらうなんておこがましいにも程があるよ!」
「様⁉ おこがましい⁉」
ミケを崇高する金城は、自分の存在を卑屈しているのに活き活きとしていた。なんだなんだこの人たち。
「さぁ少年! ついて来るっすよ! 我らヲタクの未来は安泰!」
ジュースを飲む船長――ではなくミケに、金城もオレンジジュースを手に復唱する。
「我らヲタクの未来は安泰!」
「あはは! キミホント面白いっすね! あとでお姉さんがサイン書いてあげるっす!」
「生きててよがっだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
本当に泣いてしまった金城に美月は大袈裟な、と呆れる。
「いやー。初対面の異性とこんなにすんなりと話せるのはハル先生以来っすねー。なんか嬉しっす」
「そんな! ハル先生と僕が同列なんておこがましいですよ! 僕なんて一消費者にしか過ぎないのに」
「そんなキミたちがいるから私たちは生きていけるんすよ」
「これからも一生貢がせていただきます!」
目頭を熱くする金城にミケは「にゃはは!」と盛大に笑っている。
「(なんだかいい雰囲気だし、私は移動しようかな)」
互いに初対面にも関わらず気の合っている金城とミケ。そんな二人を見届けると、美月は今度は大人三人組の方へ視線を移す。
晴たちは何をしているのかというと、ゲームを楽しんでいた。レースゲームだ。
「あ! お前スターで突進してくんな!」
「打開最高~」
美月が見た画面では、晴のキャラクターが虹色の光を放って慎のキャラクターに突進していた。避けた慎に意図的にぶつかるという、かなり悪質な突進だった。
「たまにしかゲームやらないくせになんでそんな高度な技できんだよ!」
「動画で見た」
「くっそ! 動画見ただけで技術ものにできる天才め!」
「ほら、文句言ってる暇があるならさっさと走ることだな。NPCに抜かされてるぞ~」
「お前が突進してこなかったら一位だったわ!」
頑張れ晴くーん、と詩織は足をぱたぱたとさせながら、なぜか晴を応援していた。
「詩織ちゃん⁉ なんで俺を応援してくれないの⁉」
「えー、だって慎くんのほうがゲームうまそうだから。応援するならハル先生のほうかなって」
「そこはカレシの俺を応援してよ!」
「そんなお前にはこれをお見舞いしてあげよう」
「うわぁぁぁぁ⁉」
カノジョに応援を求めた慎に返って来たのは、晴の緑甲羅だった。
「なんでそんな的確に俺を狙えるんだよ!」
「お前との距離を測ればこれくらいは容易いぞ」
「お前は俺キラーか⁉ バック越しから当ててくんな!」
「器用で悪いな」
「くあぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
晴にボコボコにされた慎は涙目になっていた。
「ハル先生すごーい。慎くん残念~」
レースも終わって、結果は晴が一位。慎が四位だった。晴のせいでNPCにも抜かれてしまった慎は涙目になっていた。
「もうお前とはゲームやりたくないわ! なんで今日に限って俺をイジメるんだよ!」
「お前のカノジョが目の前にいるからな。カッコ悪い姿魅せつけようと思って」
「悪魔かっ! 本物の悪魔かお前は!」
「お前は勇者の器ではなかったな」
口笛を吹く晴に、慎はいじけた子どものように叫ぶ。
「よしよーし。負けちゃった慎くん。今度はお姉さんと対戦しようねー」
「またボコボコにされるんじゃん!」
いじけた慎を宥める詩織だが、どうやらゲームの腕前は彼女の方が上手なようだ。
「悔しかったらゲームの腕も磨くことだな。シンヤ先生」
慎のペンネームを呼ぶ晴は、ニヤニヤと悪魔の笑みを浮かべていた。本当に悪魔、とういうか魔王に見える。
そんな魔王は美月の視線に気づくと、視線をちらりと向けてきた。
「お前もやるか?」
コントローラーを掲げる晴に、美月はゆるゆると首を横に振る。
「いえ、見ているだけで楽しかったですよ」
「まぁ恰好の見ものがいたからな」
「それ絶対俺のことだろ!」
「お前以外に誰がいるんだ」
「そこは否定しろよ!」
泣き叫ぶ慎に、詩織たちはケラケラと笑った。
「ナルシストさんは相変わらずザコっすねー。このミケが仇を討ってあげましょうか?」
「ミケさん、このゲームやったことあるんですか?」
「いえ一度も」
「じゃあなんで百戦錬磨の女みたいに登場したんだよ!」
「そんなのやってみたいと分からないからじゃないっすか! 何事も挑戦っすよ!」
「流石はミケ様! 僕もお供します!」
「お、金城隊員はやったことあるんすね」
「嗜んだ程度ですが、ミケ様の盾になるくらいはできます!」
「頼もしいっす!」
いつの間にかすっかり主従関係が築いていたミケと金城。
「あ、じゃあ私ミケ先生とやりたーい!」
「ボコボコにしない、詩織ちゃん?」
「大丈ブイ! ちゃんと手錠持ってきてるから! 私は縛りプレイで挑みます! きゃ、本当に縛っちゃった!」
上手いこと言った、と喜ぶ詩織に慎が目を白黒させた。
「いやどういう想定したら手錠なんか持ってくるのさ⁉」
「え……パーティーっていったらコスプレが主流でしょ?」
「「いやいや主流じゃないから(ありませんよ!)」
愕然とする詩織に、美月と金城、そしてカレシである慎までもが唖然とさせられた。
しゅん、と項垂れつつも自分の手に手錠をかける詩織にさらに唖然としながら、ミケ、金城、そして慎はテレビに集まっていく。
そんな、賑やかな風景に双眸を細めていると、晴がぽん、と頭を置いてきた。
「楽しいか?」
「はい。楽しいです」
こくりと頷けば、晴は「そら良かった」と口許を緩める。
「こんなに素敵な時間をくれて、ありがとうございます」
「俺は何もしてないけどな。こいつらが勝手に騒いでるだけだ」
「ふふ。そうですね」
晴の言葉に、美月はその通りだと笑みをこぼす。
それでも、こんなに楽しい時間を過ごせたのは、晴と結婚したからで。
「――ありがとう、貴方」
喧騒に紛れさせた小さな声音。けれどそれは、大きな感謝が込められていた。
美月の感謝が聞こえたのかは分からないけれど、晴は嬉しそうな微笑を浮かべたのだった――。
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