第86話 『 曲者全員集合って感じですね 』
約二時間後。
『晴―。来たから開けてー』
モニター越しから慎に催促された晴は「ん」と淡泊に返してオートロックを解除した。
それから数分後。今度は玄関先のインターホンが鳴る。
ガチャリ、と玄関を開ければ、そこにはお店のロゴが入った袋をぶら下げるカップルともう一人、見慣れた女性が立っていた。
「サプライズって……お前」
珍しく驚く晴に、慎はにこにこと笑いながら答えた。
「うん。お前の担当イラストレーター連れてきたよ」
慎が体を退くと、彼女は詩織と慎の間を縫うように「はいっす!」と元気な声と敬礼ポーズで挨拶してきた。
「お久しぶりですハル先生! ミケっす!」
「ミケさん……」
サプライズゲストに驚けば、本人と首謀者は意表を突けたとハイタッチ。
「サプライズって、ミケさんのことだったのか」
「そうそう。やっぱパーティーは人がいないと」
カラカラと笑う慎の隣で、ミケが慎に誘われた経緯を教えてくれた。
「急に押し込んじゃってすいません。このナルシストがハル先生を驚かしたいから協力してくれって土下座でお願いされて」
「ちょっと捏造するのやめてもらます⁉ あとカノジョがいるからナルシスト呼びもやめて!」
カノジョの前でもお構いなしに慎を貶すミケ。それに慎は必死に懇願するも、当のカノジョはというとミケを前にずっとトリップしていた。
「はぁぁぁぁ。私の隣に神絵師がいるぅぅぅぅ! 神様、私をミケさんと同じ時代に生んでくれてありがとぉぉぉぉぉ!」
「大袈裟っすねぇ」
「そんなことありませんよぉぉ! ミケ先生は私たちヲタクの神様のようなお方ですから!」
「私は普通の絵師っすよ?」
「謙遜も素晴らぢぃぃぃぃぃ⁉」
しまいには泣き崩れてしまう詩織。そんな詩織に呆れながら、晴は慎を睨む。
「おい、お前のカノジョだろ。どうにかしろよ」
「むりむり。詩織ちゃん。ミケさんのことになると限界ヲタクになるから」
「お前がミケさんを呼んだ理由が分かった」
「あはは~。流石はハル先生」
含みのある笑みに、晴はけっと唾を飛ばした。
慎の思惑通りに事が運んでいる事実に不快感を覚えながらも、晴はガシガシと後頭部を掻くと、
「……とりあえず全員、家に入ってくれ」
と個性豊かな三人組を家に招いたのだった。
△▼△▼△▼
「あれ? 美月ちゃんは?」
リビングに充満していく脂っこい食べ物の匂いに鼻を摘まんでいると、慎がきょろきょろと周囲を見渡しながら問いかけた。
「買い物に行ってる」
「なんで?」
「飲み物とか、氷とか足りなくなりそうだから買ってくるって」
「そういえば、俺ビールとかは買ってきたけど美月ちゃんは未成年だったね」
「ミケさんもビールあんま飲まないからな」
「はいっす。私はどちらかといえばジュース系のほうがいいっす」
「私はお酒大好き!」
詩織はイメージ通りだった。
「俺は酒飲まない」
そう断言すれば、慎は「お前は飲めるけど飲まないだけだろ」と呆れていた。
気を取り直すように慎はコホンと咳払いすると、
「相変わらず気の利く子だな」
「美月だからな」
すっかり美月=気の利く妻という認識になってしまえば、慎はカラカラと笑った。
「もう美月ちゃんナシじゃ生きていけない体に改造されたか」
「あぁ。絶対死ぬ」
「そこは自信持って答えるなよ」
慎が肩を落とすが、事実なので仕方がない。
この家が綺麗なのも、晴が健康でいられるのも全ては美月が晴を管理してくれているからだ。故に、晴はもう美月ナシでは生きていけない。
だから妻のご機嫌を取るのにいつも必死だ。喧嘩もしないように気を付けている。怒って家を出て行かれたらどうすればいいか分からないし。
「俺が前まで頻繁に通ってた部屋が、今はすっかり晴と美月ちゃんの愛の巣になってしまった訳か」
「愛の巣言うな」
気色悪い発言をする慎に足蹴りを入れれば「いてっ」とうめく。
男同士で話していると、その間リビングを観察していたミケが「ねぇねぇ」と瞳をキラキラさせながら訪ねてきた。
「ハル先生のお宝本はどこっすか⁉」
お宝本とは、同人誌とか青年向け雑誌のことだろう。要はエロ本とかだ。
人の家に来ていきなりそれを探しだすのかと呆れたが、ミケの要望とあれば答えない道理はないし隠す必要もない。
「俺の部屋にありますよ」
「入っていいすか!」
「いいですよ」
躊躇うことなく肯定すれば、慎は「お前すげぇな」と感心していた。
「私も気になる! ミケ様と見てきていいですか!」
「詩織ちゃんも⁉」
目を白黒させる慎。
「だって気になるじゃん。売れっ子作家の性癖!」
「そ、そんなの知ってどうするのさ……」
「どうもしないよ。ただ私の好奇心が叫ぶの! ハル先生のお宝を見たいって!」
なんで自分は人のカノジョにまで性癖を知られるのだろうとは疑問に感じたものの、詩織の要求にも晴は「いいですよ」と頷いた。
べつに性癖なんて知られても羞恥心も襲わないし、暴かれたところで弱点になる訳でもない。
素面で居続ける晴に、慎は感服と呆れを半分ずつ宿した瞳を向けてきた。
「自分の性癖知られて恥ずかしくないのお前?」
「べつにどうも。知られたところで減るものないし」
「主に精神がすり減ると思うんだけど……」
「ないな。出版社に暴露されてもお好きにどうぞって感じだ」
「お前感情死んでるな」
「死んでない。生きてる。性欲だってちゃんとあるぞ」
じゃなきゃ美月とも夫婦の営みしないし。
その性欲があるということを自覚したのも美月を愛するようになった事は慎には内緒にしつつ、晴は呆気取られる友人を一瞥すると、
「クリエイターなんてだいたいこんなもんだろ」
「いや俺とお前一緒にしないでくれる⁉」
当然のように言えば、慎は全力で否定するのだった。
△▼△▼△▼
それからさらに数十分後。今度はインターホンの音がなく扉が開けば、
「ただいまー」
「お、お邪魔しまーす」
と美月とは別の声が玄関から聞こえた。
暇つぶしに慎とゲームしていた晴は一度手を止めると、玄関へと足を運んだ。
「……キミは?」
晴の視線の先。そこに立っていたのは、眼鏡の少年だった。
びくっと肩を震わせる少年に代って、美月が「ただいま」と言った後に説明してくれた。
「彼は金城くんです」
「あぁ。お前が最近できたって言ってた友達か」
はい、と美月が肯定する。
そして、相槌を打った美月に続くように、金城は勢いよく頭を下げた。
「ははは初めましてハル先生! ここここの度はご自宅にお招き頂きありがとうございます!」
「初めまして」
金城くんは緊張しまくりだった。
別に晴が自宅に招いた訳ではないので、彼が晴宅へとやって来た理由を美月から説明を求めた。
「どうしてこの子まで招いたんだ?」
「さっきスーパーでばったり会って。それで立ち話もなんだと思って、家に遊びに来てもらおうかなーと」
今日パーティーですし、と付け加える美月。
それから、美月は晴に上目遣いで聞いてきた。
「ダメでしたか?」
「べつに。俺は今更増えようと構わない。ただなぁ……」
「?」
がしがしと後頭部を掻けば、美月は疑問符を浮かべる。
どう説明したもんかと逡巡していれば、玄関に近い晴の部屋の扉が音を立てて開いた。
晴と美月、それともう金城の声が聞こえたのだろう。好奇心いっぱいに人の部屋を物色していた変態女性二人がひょっこりと扉から顔を覗かせてきた。
「久しぶりっす美月ちゃん。……およ? 誰っすかその子?」
「あ、美月ちゃん久しぶり~」
「お久しぶりです。詩織さん。ミケさん……ミケさん⁉」
そういえば美月はミケが来るという情報を聞かされてなかった。
今更ではあるが、晴が遅れて美月に伝える。
「慎がミケさんも連れてきた」
「そうなんですね。……なんか、曲者全員集合って感じがします」
「一応聞いてやるけどそこに俺は含まれてないよな」
「何言ってるんですか。貴方も当然含まれてますよ」
当然のように言われて晴は口をへの字に曲げた。
そんな夫婦の会話を、ミケと詩織は顔だけ扉から出したまま微笑まし気に見届けていた。
「相変わらず仲良いっすね」
「いいですよねー。あのラブコメに出てきそうな理想な関係。ハル先生はやっぱ攻めで美月ちゃんが受けかな。意外と逆カップリングもありだなぁ」
「たまんねぇっすよね。そそるっす」
「ミケ先生、あの二人で是非とも同人誌書いて下さい。私十冊くらい買いますよ」
「マジっすか。面白そうだから創ろうかな」
「そこ、勝手に夫婦の同人誌作ろうとするのやめてくれますか」
妄想が膨らんでいくコスプレイヤーとイラストレーターにくぎを刺しておく。
「はーい」と返事する二人はまだ扉から顔だけを覗かせていた。どうせなら出てくればいいのに、と胸中で思っていると、
「~~~~~~~っ⁉」
金城が声にもならない絶叫を上げていた。
何事かと目を剥く美月と晴。
全員が金城に視線を向ければ、彼はわなわなと口を震わせながらミケを指さしていた。
「あ、貴方はもしかして……っ⁉」
「はいっす! ミケっす……あ間違えた【黒猫のミケ】っす!」
敬礼と共に名乗ったミケ。
そして、金城は【黒猫のミケ】という名前を聞いた瞬間。
「神が僕の前に舞い降りた――――⁉」
と死ぬ間際の一言を放って突然卒倒した。
「どうしたの金城くん⁉ ちょっと金城くん⁉ 死んでる⁉」
「生きてるに決まってんだろ。はぁ、何やってんだお前ら……」
戦慄する美月と呆れる晴。
そして、純真無垢の少年の心を知らぬうちに弄んだ神様はというと、
「あれれ? 私何かやっちゃいましたかね?」
きょとんと小首を傾げるのだった。
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