第85話 『 パーティしようよ 』
美月の期末試験も終わった週末。
『あもしもし晴』
「断る」
『あのさ。毎度思うけど、俺が電話かける度にとりあえず否定する流れ止めない?』
電話越しから苦笑が聞こえるも、晴は不快そうに鼻を鳴らした。
「お前のそのワントーン上がった声音がもう何を言いたいか物語ってるんだよ」
『察しいいなお前』
「カノジョがいるくせに休日俺に電話してくるのも嫌な予感がする要因の一つだ」
『お前の推察力の高さは理解したから、俺の話聞けよ』
「断る」
『この流れで断るなよっ』
それから慎はやれやれと嘆息すると、晴の抗議も無視して言った。
『今日の夜、晴の家に行っていい? 詩織ちゃん連れて』
「意味が分からないぞ」
なんでカノジョ連れて人の家に来る必要がある。
『どーどー、最後まで人の話を聞きなさないって』
「……一応聞いてやる」
『おぉ。晴も成長したなぁ』
「切る」
『冗談だから⁉ お願いだから最後まで聞いて!』
「俺を揶揄うなんざ百年早いんだよ」
ペッと唾を吐いて、顔をしかめながら慎の話を聞いてやった。
「んで、なんで俺の家に来る?」
『お互いさ、今年はカノジョ……というかお前は既に嫁がいるわけだけど、あんまり交流はしてこなかったじゃん。』
「お前はカノジョできたばっかだろ」
『それを言うなら晴も結婚したの先月だろ』
その通りだと頷いた。
『でさ、俺としてはもっとお互いの交流を深めたいわけ。来月プールにも行くしね』
「じゃあその時でいいだろ」
『もっと仲を深めておいて悪いものはないだろ』
本当に晴は淡泊だな、と慎が肩を落とす。
「で、もう話は概ね見えたが、なんで俺の家に来たいんだ」
電話越しから慎がむふふ、と笑いながら答えた。
『パーティーしようよ』
「絶対嫌だし断固として断る」
どうせろくなものじゃないだろうと思っていたが、本当にろくでもない提案だった。
即却下すれば、慎は『なんでだよぉ』と不服そうに呻った。
「お前の家ならまだしも、なんでわざわざ俺の家なんだ」
『俺実家暮らしだし、詩織ちゃんの部屋は大人数が集まれるような場所じゃない。美月ちゃんはもうお前の家に住んでる。そうなると必然と晴の家に辿り着くだろ』
「辿り着くな。俺の家をなんだと思ってる」
『たまり場』
「切る」
『うそうそ⁉ すごく立派なお家です!』
つまらないお世辞で必死に電話を繋ごうとする慎に唾を吐く。
晴は大仰に吐息して電話を切るのを一度見過ごすと、続けろ、と慎に促した。
『俺たちの中じゃ、晴の家が一番大きくて人が集まりやすいだろ』
「たしかにお前の言う通りだが、だからといって俺の家に集まる必要はないだろ」
どっか適当な店があるだろ、と言えば、慎はそれじゃ盛り上がれないと意味の分からないことを言ってきた。
「お前は俺の家をクラブにでもするつもりか」
『大丈夫。クラブより賑やかだし楽しめるよ』
「嘘つけ。絶対後片付けが面倒だろ」
『そこは美月ちゃんに任せないんだ』
「一人に押し付けるわけないだろ」
優しいね、と慎はカラカラと笑う。
『俺もタダで家を提供してくれなんて言わないよ。ちゃんと後片付けもする』
「当たり前だろ」
『ね。だからいいだろ』
「メシはどうすんだ」
『それも用意してありますって旦那』
「旦那言うな。なんで家主の俺を差し置いて準備万端なんだよ」
『いやー。褒められても何も出ないなー』
「褒めてねぇし出すな……たくっ。ちょっと待ってろ」
数分経ったら掛け直す、と伝えて、慎も『分かった』と電話を切った。
それから晴は美月の部屋に足を運ぶと、ドアをノックした。
「美月、ちょっといいか」
はーい、と返事と一緒に足音が近づいて来る。
扉が開くと、髪を束ねた美月が現れた。
「なんですか、晴さん」
「お前、今日はバイトないよな」
「はい。それが?」
肯定を見届けると、晴は慎から提案された内容をそのまま伝えた。
「慎がこの家でパーティーをしたいんだと」
「ふむ。いつですか?」
「今夜」
「今夜⁉ ずいぶんと急ですね……」
驚く美月に晴もその通りだと肩を落とす。
「ご飯は慎と詩織さんが持ってくるらしい。たぶんデリバリーのやつ」
「なんか私たちのお家なのに、勝手に話が進んでる上に用意が周到ですね」
呆気取られる美月に晴はがしがしと後頭部を掻くと、
「たぶん半年くらい前までこの家に頻繁に通ってた反動が抜けてないんだろうな」
「そうでした。晴さんは慎さんにお世話されたんですもんね」
「その通りだから反論できねぇ」
くすくすと笑う美月に晴はバツが悪くなって顔をしかめる。
「迷惑はかけないようにするらしいが、お前はどうしたい?」
「晴さんは?」
「めっちゃ嫌だ」
険しい顔をして答えれば、美月はあはは、と苦笑をこぼした。
晴の意見を聞き届けつつ、美月は一拍置いて答えた。
「私はいいですよ。ちょうど期末試験も終わって一息吐きたいところでしたし、なにより楽しそうです」
「そうか」
美月の言葉を聞けば、晴は逡巡なく慎に電話を掛け直した。
『もしもし晴。美月ちゃんはなんだって?』
「美月はいいそうだ。俺もいいぞ」
慎に家を貸す許可を出せば、隣で美月が「え」と目を見開いていた。
『ん了解。男に二言はナシだからな』
「ないけど家は汚さない努力をしろよ」
『元々汚部屋の住人が今更何言ってんだ』
「今綺麗だろうが」
『全部美月ちゃんの手柄でしょうが』
正論過ぎて反論できなかった。
うぐぐ、と奥歯を噛む晴を電話越しで笑い飛ばす慎は、
『じゃあ、詩織ちゃんと一緒に二時間後くらいにそっちに行くわ』
「二時間後な」
『あそうそう。サプライズもあるよ』
「そんな予告して欲しくなかった」
『楽しみにしとけよ~』
すごく嫌な予感がするサプライズ予告だ。
不穏な気配を察知しつつも「分かった」と返事すると、そのまま電話が切れた。
ふぅ、と深く息を吐くと、晴を見つめる紫紺の瞳が何かを伝えそうに揺れていた。
「どうした?」
「あの、いいんですか?」
「何が?」
眉根を寄せれば、美月は「だって」と晴の袖を引っ張る。
「晴さん、嫌だったんじゃないですか」
「たしかに嫌だが、お前がいいなら俺はいいぞ」
ぽん、と頭に手を置いてそう答えれば、美月は目を瞬かせる。
「どうしてですか?」
「特段理由はないが……まぁあれだ。期末試験頑張ったご褒美というやつだ」
晴は何もやってないしする予定もないが。
それでも美月の息抜きになるなら、と晴らしくない提案を受け入れた。
「嫌な予感しかしないが、まぁ、楽しめるならいいだろ」
「晴さんらしくない解答」
「言うな。自覚してる」
驚く美月に、晴も苦笑。
それから、美月は淡く微笑んだ。
「変わりましたね、晴さん」
「誰のせいだ」
「私のせいですか?」
今度はイジワルな笑みを浮かべる美月に、晴はその頬をむにっと両手で押さえた。
「そうだ。お前のせいだ」
そう言った口は、嬉しそうに三日月が描かれていて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます