第82話 『 夏といえば水着回。その下準備です 』
「ふーん。それで、今週は期末試験があって帰りが早い美月ちゃんだけど、今日は〝男友達〟の金城くんがちょっと勉強で怪しい所があるから一緒に勉強してから帰ると」
男友達というワードを強調してきた慎は、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら晴を見てくる。
「どうせ嫉妬してるとか揶揄いたいんだろうが無駄だぞ。アイツがどこで誰と何しようがどうでもいい」
「ドライ過ぎだろ。……今ごろホテルにいるかも……」
「あ?」
「ごめん調子に乗りました。なのでどうかその睥睨をどうかおやめください」
テーブルに頭を擦りつける慎に晴はフン、と強く鼻息を吐く。
「たくバカが。学生がラブホに入れる訳ないだろ」
「ツッコむところそこかよ」
「たくバカが。コンクリに詰めんぞ」
「バイオレンスなこと言い出すの止めろよ⁉ あと目が本気なのも止めて⁉」
ごめんて、と猛省する慎に嘆息すれば、晴はじろりと睨む。
「美月はそんな下劣なことをしない。今度アイツを愚弄する発言したら出したらお前の息子千切るからな」
「挑発してマジすんませんした⁉」
声音に圧を込めれば、慎は委縮した。
「……揶揄い過ぎた俺も悪いけど、でも晴が本気で怒るとか、変わったね」
「当然だ」
自分の妻と晴自身の関係を軽く見られるのは不快だった。
美月を信用しているからこそ、晴は慎の先の発言に嫌悪感を示す。
「悪かったよ。今度は気を付ける」
「分かればいい」
ふん、と鼻息を吐いて晴は高圧的な態度を引っ込める。
険のある空気を引っ込めると、晴は慎に視線だけくれて言った。
「お前も聞いたんだろ。俺の昔話」
「まあね」
慎はすんなりと肯定した。
「それで関係を変えようとか、俺を気遣おうとか余計な気遣いは無用だからな」
独り言のように言えば、慎は目を丸くする。
すでに、晴は美月によって過去は清算されている。それ以上に望む気はないし、これ以上気遣われたら背中がむず痒くなる。
「だからお前はいつも通り、うざいお前でいろ」
「うざいて……晴から見て俺どんな奴なのさ」
苦笑交じりに聞いてくる。
「明るくて裏が見えない
「それ絶対良い意味じゃないよな⁉」
「一通り聞け。それで友達想いなやつだ」
「……晴」
感慨深そうに吐息する慎は、次の瞬間吹いた。
「お前の口から友達想いとか、ウケる」
「潰すぞ股間」
げらげらと笑う慎に、晴は頬を引き攣らせる。
人がせっかく褒めてやったというのに、この友人は笑い飛ばしやがった。
そんな友人は目尻に堪った涙を拭うと、
「お前らしくないのは事実だよ。それが変わった証拠なんだろうけど……」
一拍置くと、慎は柔和な笑みを浮かべた。
「俺だってお前と同じだ。余計な気遣いは無用。これからも不愛想で淡泊で――俺の目標でいてくれ」
「――っ」
向けられたのは、優しい瞳。けれどその中に、晴をライバルだと語る闘志が見えた。
そんな慎に、晴は口許を緩くすると、
「あぁ。俺も変わらない。でも、俺はお前には負けない」
友情と呼べるものに触れながら、対抗心を剥き出しにするのだった。
▼△▼△▼▼
「ねえぇ、はーる」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないだろ……」
不穏な気配を察知してとりあえず拒否すれば、慎がげんなりとした。
「何か途轍もなく不穏な気配をお前の笑みから感じる。だから先に拒否しておく」
「相変わらず鋭いなお前」
んんっ、と咳払いしてから慎は晴の意思にお構いなく聞いてきた。
「晴はプールと海だったら、どっちが好き?」
「…………」
「どっちが好き?」
「黙秘権を行使する」
「残念ながら黙秘権は受け付けませーん」
顔をしかめる晴をニヤニヤと愉しそうに見守る慎。
「勘の鋭い晴ならもうこの質問の意図分かってるよね?」
「もう隠す気ないだろお前」
うん、と肯定されて腹が立った。
やれやれとため息を吐いて肩を落とすと、晴は諦観したように答えた。
「その質問、絶対どっちに行きたいかだろ」
「せいかーい」
呆れながらに言えば、慎は道化じみた笑みを浮かべる。
「絶対に行きたくない」
「なんでだよ」
「暑いからに決まってるだろ」
インドアの晴からすれば、真夏の外に出るなんて拷問以外の何にもない。
「夏はクーラーの効いた家に引きこもるって毎年決めてる」
「そんなお前を毎年連れ出してあげてるのは誰かな?」
「親切みたいに言うな。どちらかと言うと連行に近いだろうが」
去年も慎に家から引っ張り出された苦い記憶が蘇る。灼熱の太陽は端的にいって地獄だった。
「ほらひねくれ者。早くどっちがいいか答えなよ」
「ひねくれてない。至極真っ当な見解だ」
「どうせ今年は俺じゃなくて美月ちゃんに引っ張り出されるんだから、観念しなって」
そうだった。今年は美月がいるのだ。
美月もインドアのほうだが、晴の健康を気遣って絶対に外に連れ出そうとする。
妻によって外へ連れ出されることもお見通しの慎は、晴を容赦なく追い詰めていく。
それでも意固地に答えを引き延ばしていると、突然慎の顔から笑みが消えた。
晴、と落ちた声音に固唾を飲み込むと、
「お前、俺に借りが一つあったよね」
「…………」
黙秘権を行使していると、圧の籠った声で「あるよね」と追及された。
晴もすっかり忘れていたが、先の慎の言葉で思い出した。
先々月、晴が美月をストーカーから身を挺して守ったとき、大怪我を負った。その時に救急車や出版社に掛け合ってくれたのが現場にいた慎だった。
そこで生まれた借りを、慎は今返せと言ってきた。
「つまり最初から晴に拒否権はないってこと~」
「今すぐお前と友達という関係を解消したい」
「つれないこと言うなよ~。俺たち友達だろ」
「拒否権潰した奴が言うな」
飄々とした笑みに舌打ちした。
「ほら、どっちに行くか早く決めて」
「はぁぁぁぁぁぁ」
これは絶対連行されるのが決定したなと悟れば、晴は観念して黙考した。
「うーん」
「…………」
数秒。
「どうすっかなー」
「……………………」
数十秒、そしてさらに一分が経過した時だった。
「いや長いよ⁉ さっさと決めろよ!」
「うるさい。これは真剣に考えるべき案件なんだよ」
なんでそんなに悩むんだよ、と呆れる慎は、途端ニヤニヤと不快な笑みを浮かべた。
「もしや、どっちで美月ちゃんの水着姿を堪能したいか悩んでるの?」
「…………」
「晴くんのすけべ~」
何か妙な誤解してる慎に、晴は「いや」と首を横に振ると、
「どっちの方がより日陰にいられるかで悩んでる」
「何なのお前。陽を浴びたら死ぬの?」
眉間に手を置く慎に、晴は「バカ野郎」と刮目して言った。
「これは俺にとって死活問題なんだぞ」
「どういうこと?」
疑問符を浮かべる慎に、晴は真剣な顔で答えた。
「真夏のクソ暑い日に上裸でいるということは、つまり日焼けをするということだ」
「なに当然のことを真剣に語ってんだ」
慎のツッコミを無視して続ける。
「日焼けしたら肌がヒリヒリする。真夏の日差しに慣れていない俺からすればダメージは絶大だろう。つまり、だ」
「つまり?」
「執筆できなくなるから外に出ない。これが答えだっ……あてっ」
バシン、とテーブルを叩いて真剣な顔で訴えれば、慎が頭に手刀を入れてきた。
「バカ言ってないでさっさと決めろ」
「俺の説明を聞いて耳を傾けないとか、お前は悪魔かっ」
「日焼け止め塗ればいいしその対抗策もちゃんと美月ちゃんが考えてくれるって」
晴の嫁ではあるが同時に世話係でもある美月の信頼度がエグい。
晴の懸念は全て美月が解決してくれると豪語する夫でもない男に口を尖らせていれば、
「小説の参考シーンにも使えるだろ」
「水着回はもう書いてある」
「そうだったな!」
また小説をエサにしてきた慎に淡泊に返した。ちなみにその水着回は読者からは絶賛された。
なのでもう間に合っているが、
「まぁ、実際に体験しないと分からないこともあるか」
「毎回思うけどホントお前ちょろいな」
最初から小説でおびき出せばよかった、とまるで晴が小説ならなんでも食いつくみたいな事を言っている慎にジト目を送る。まあ、実際はその通りなのだが晴本人はその事実に全く気付いていなかった。
「俺も参考資料が欲しかったから提案した訳だし、なら今年はせっかくだし皆で行きたいと思ったんだよ」
羨望するように双眸を細める慎に、晴は「ふーん」と生返事。
慎の思惑など微塵も興味ないが、たまにはコイツに付き合ってやるかと晴は腕を組むと、
「決めた」
「お、どっち?」
「プールがいい」
晴の答えを聞いて、慎は了解、と早速予定を作り始める。
ぽちぽちとスマホをイジる慎は視線だけくれて聞いてきた。
「でもなんでプール?」
「遊戯施設が多いだろ。ウォータースライダーとか波の出るプールとか。沢山参考シーンに使えそうだから」
「本当に小説の事しか頭にないのな」
呆れる慎に、晴は不服気に言い返した。
「……それと、美月とも一緒に楽しめると思ったから」
「取ってつけたように言ったな」
「……いや最初から考えてましたけど何か」
露骨に視線を逸らせば、慎は何度目かの呆れをみせる。
これが美月にバレたら半殺しにされるので、この話は墓場まで持って行くとして、
「でも、そうだな。今年は美月がいるのか」
無意識に口許が緩めば、慎は何も言わず。ただ朗らかな笑みを浮かべながら見守っていた。
それから、慎はスマホで予定を確認しながら訪ねてくる。
「行くのは来月でいいかな。詩織ちゃんの連休に合わせたいんだけど」
「あぁ。俺もその方がスケジュール調整できるから助かる」
「了解。俺もスケジュール確認しておかないとな」
大人に休みはないが、それは晴たち小説家も同じだ。
原稿が終われば休めるが、逆に終わらなければ永遠に休日はやってこない。そもそも定休日なんか存在しない。だからこうして自分で予定を立てて、締め切りに間に合わせるのだ。
締め切りと進行状況。余裕がある日が小説家の休日になる。
「美月ちゃんは夏休みだから余裕はあると思うけど、絶対に聞いておいてね」
忘れた厳禁、と先んじて忠告されてバツが悪くなる。
「分かったよ」と淡泊に頷きながら、晴は脳内メモに『美月に予定を聞く』としっかり書き残しておいた。
「行くのは八月のお盆休みになるかな」
「うげ絶対混むじゃん」
「それ以外全員の予定合わないだろ」
顔をしかめれば、慎は文句あるかと睨んでくる。
「いい? 来月は絶対プール行くからな。途中でやっぱ暑いからやだはナシだからな」
「そんな圧を込めるな。分かってる。気が変わらないように努力する」
「まぁ、晴の場合は美月ちゃんに連行されるから問題ないか」
「連行て言うな。引っ張り出されると言え」
「どっちも変わんないだろ」
それもそうだと、晴は慎と共に苦笑。
「(今年の夏は大変そうだな)」
いつも通りの夏になると思ったけど、今年の夏は色々と忙しなくなりそうだった。
もう疲れてしまうくらいには面倒で、多忙で目まぐるしくなりそうな日々――、
なのに、心は不思議とわくわくとしていた。
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