第80話 『 美月様はマジ女神な件 』
来週から定期試験が始まるが、勉学には困っていない美月はいつも通りの学校生活を送っていた。
けれど、今日は少しだけ周りが緊迫していた。
どうしてかというと……
「えー、という訳で今日のホームルームは九月にある修学旅行の班決めでーす」
「「うおおおおおおおおっしゃあああああああ‼」
男子の咆哮がここからも、隣同士の教室からも聞こえた。
耳を抑えていれば、後ろの席からちょんちょん、と肩を突かれた。
「班組もうぜみっちゃん」
「気が早くない?」
振り返れば、千鶴が親指を立てて早速行動に出ていた。そして、ちらっと花蓮の方を見れば、むこうもこちらに親指を立てていた。同盟が早い。
友人二人が送ってくるテレパシーに肩を竦めていると、担任は説明を続けていた。
「お前たちがうきうきわくわくの修学旅行は九月の二週からなので、そろそろ決めてもらないと先生たちが困ります。というか私が面倒なのでさっさと決めてもらいたい」
私情が凄いなとクラス全員が苦笑した。
「先生来週のテスト作ったせいで疲れてるから、お前たちで時間内に決めてくれ。私は寝る。あそうだ。忠告はするが、班決め今日中に終わらなかったらお前ら全員居残りだからな。明日とか次回に持ち越しはしない。絶対決めろ」
平然と恐ろしいことを言ってくる。
「班決めのまとめ役は学級委員でいいだろ」
「「はーい」」
前出ろ、と先生に指示されて、学級委員が前に出てくる。
「最終下校時刻まで決まらなかったらくじ引きか私の独断で決めるから、そこんとこ念頭に入れて置けよ~」
それじゃ、と敬礼してから、担任はどこからともなく教卓から寝袋を取り出した。その中にもぞもぞと入っていくと、寝息が聞こえ始めた。
「ぐぅ……ぐぅ……ふがっ」
「「(本当に寝た――――――――――っ⁉)」」
全員、頬を引き攣らせる。
実にマイペースな担任に気圧されつつも美月たちのクラスは班決めを開始していく。
「えーと、それじゃあ先生の言う通り、班決めしようか。……できるだけ静かに」
担任を怒らせたら怖いのは全員知っているので、無言のままこくりと頷く。
という訳で班決めが始まったが、
「よしみっちゃん組もうぜ~」
「もう私たちはセットだよね」
「ズッ友~」
早々に美月は千鶴と花蓮とペアになった。
美月たちを見習う訳ではないが、クラスメイトたちも和気藹々とグループを作っていく。
「男子はどうしよっか」
「みっちゃん男子苦手だからな~」
「うっ。ごめん」
修学旅行のグループは、男子と女子の計五人で形成されなければならない。
美月は千鶴と花蓮を含め、現在三人。なので、残りは必然と男子のグループと一緒にならねばならない。
しかし、美月は同年代の男子に抵抗があるので、すんなりと決められなかった。
そんな美月と一緒のグループになりたい男子たちは多々いるが。
「こいつらみっちゃんがカレシいるって知ってるだろうが」
「それとこれとは話が別なのだよ千鶴ちゃん」
男は可愛い子と一緒になりたいもの、と花蓮は美月を抱きながら言った。
「うーん。どうしよっか」
「この際誰でもいいよ」
「そうはいかないよ。みっちゃんが楽しめないじゃんか」
「そうだよぉ。楽しいから修学旅行なんだよぉ」
「二人とも」
友達想いの二人に涙が零れそうになる。
目尻に浮かべた涙を拭いつつ周囲を見渡せば、続々とグループが決まりつつあった。
黒板にもグループの名前が書かれていって、現在はおよそ半分ほどが確定している。
「(そろそろ私たちも決めないとな)」
二人に負担を掛けたくないので、美月も意を決して男子たちを見渡す。
明らかに美月に気があろう男子に、クラスでもイケメンで温厚だと評判のサッカー部のエース。マイルドヤンキーのグループ――そしてもう一つ、クラスの端にいる男子二人を見つけた。
「あ!」
その一端をロックオンすれば、美月はそちらへ足を向かわせていく。
すたすたと、その軽快な足取りは迷わず進んでいく。
そして、立ち止まった美月が手を指し伸ばしたのは、
「ねぇ、一緒に組まない?」
「っ⁉」
美月が手を差し出したのは、金城だった。
美月がこちらに向かって来る気配はすぐに察知していた金城は、まさかと思いつつ目を逸らしていたが、そんな金城を逃がさずに捕まえれば、彼はだくだくと冷や汗を流していた。
「瀬戸さん……ど、どうして僕たちなんですか?」
口をぱくぱくさせている金城に代わって、彼の友達であろう男子生徒が問いかけてきた。
「どうして、って。私金城くんと友達だから」
当たり前のように言えば、不意に後ろから千鶴たちが顔を覗き込ませた。
「およ。金城たちと組むん?」
「そうしようと思ってる。いいよね、二人とも」
教室で最近金城と喋っている光景を見ている二人は、気兼ねなく頷いてくれた。
「私はいいよぉ」
「私も男子は誰でもいいや。それにみっちゃんが金城と親しいのも知ってるからね」
既に教室でも金城とは話し合う仲だと二人は既知しているので、怪訝になることはない。
「ありがとう、二人とも」
短くお礼を伝えて、美月は金城に振り返る。
「ね、一緒に組もうよ、金城くん」
「ぼ、僕たちなんかでいいの?」
うん、と躊躇なく頷けば、金城の友達は卒倒してしまった。
泡を吹くクラスメイトを千鶴と花蓮が介抱している様子を横目で見つつ、美月はまだ躊躇している金城に顔を近づけた。
「何か不満?」
「いや、そういう訳じゃない……けど、僕たちなんかでいいのかなと思って」
どういう意味かと眉根を寄せれば、遅れて気づいた。
美月と金城に向けられる、クラスメイトたちの好奇の視線を。
「(そういうことか)」
金城の事を何も知らないクラスメイトたちは、金城を大人しくて暗い子だと認識している。
クラスメイトたちは、美月が金城に話しかけているのは可哀そうな子だからコミュニケーションを取ってあげている、と勝手に解釈している。
でもそれは間違いだ。
美月が金城と話すのは、友達だし話すのが楽しいから。
本当の彼は、ニコニコと愛想がいい笑みを浮かべて、好きな事を楽しそうに語ってくれる子だ。
本当の金城を知っている美月だから、手を指し伸ばし続けた。
「私は金城くんたちと一緒に修学旅行楽しみたいな。それとも、私たちじゃ不満かな?」
そう問いかければ、千鶴と花蓮も乗ってきた。
「へーい金城くーん。私たちのどこか不満があるのか~い?」
「こんな美少女と組めて、光栄じゃないのかーい?」
揶揄うように問いかける二人。
ハーレムものみたいな構図になった美月たちの圧に、金城はぷるぷると体を震わせると、
「……せん」
「ん?」
ガバッ、と伏せていた顔を上げた金城は、大声で言った。
「不満なんてありません!」
ようやく本音を吐露してくれた友人に、美月は微笑みを浮かべて、千鶴と花蓮もまんざらでもなさそうに笑った。
それから、金城は勢いよく席を立つと、
「凄く光栄です! 不束者ですが、よろしくお願いします!」
九十度に折られた本気の誠意。そして視線を下げれば、金城の友達も鼻血を流しながら親指を立てていた。異存ありません、と言っているのが分かった。
美月たちと班を組んでくれることを承諾してくれた金城とその友達に、美月は淡い笑みを浮かべた。
「うん。宜しくね、金城くん」
「天使やぁ」
いつものように大袈裟なことを呟く金城に、美月はあははと苦笑。
という訳で美月たちの修学旅行グループは決定したが、そのビッグイベントはまだまだ先だ――。
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