第75話 『 だから、貴方。いっぱい私を愛してください 』



 出会い系アプリから始まったこの恋は、晴を変えた。

 ずっと誰かを愛することなんてないと思ってた。

 周りのカップルを見れば時々羨ましいと思ったが、彼らは違う世界の住人だと解釈して自分を納得させた。


「(まさか俺が、女を抱く日が来るとはな)」


 三十歳まで童貞を貫いて魔法使いになる気はなかったが、このまま生涯童貞して生きていくんだろうと思った。

 ラブコメ作家なのに、恋愛なんて一度もしてこなかった晴。

 小説以外はどうでもよかった自分が、まさかこんな風に誰かを好きになって、愛して、繋がりを求めるなんて、今でも驚いている。


「「――んぅ」」


 こうして重ねる唇は、なんとも非現実のように思えて。

 感慨深さを覚える八雲晴の瞳の先には、愛しい妻が映っていた。


「怖くないか?」


 ほのかな灯りを頼りに、美月の頬に手を添えながら問いかければ、その手を愛しそうに重ねた美月が微笑んだ。


「はい。怖くありません」


 そう答えると、美月はふふと笑いだした。


「何がおかしい?」

「いえ、ちゃんと私を心配してくれてるなー、と」

「当たり前だろ」


 口を尖らせれば、美月は「晴さんらしくない」と意地悪に言う。


「肩に力が入り過ぎです。もっと気楽にしてください」


 そうは言われても、晴は初めてなのだ。

 緊張しないと思ったが、予想以上に余裕がなかった。


「俺だって緊張くらいする」

「あら、可愛いことを言いますね」


 少しだけ余裕な美月は、ドギマギしている晴を揶揄ってくる。


「お前は緊張してないのか」


 意趣返しのつもりで問いかければ、美月は口許を緩めて肯定した。


「してますよ。もう心臓バクバクです」

「そのわりには余裕にみえる」

「自分より緊張している人を見ると、意外と余裕が生まれません?」

「あぁ。たしかに」


 なるほど。美月がいくらか余裕なのは、自分より緊張している晴を見ているからか。

 その事実が妙に悔しいなと思っていると、美月の腕が晴の頭を覆った。

 そのまま、彼女に意思に従順するように頭は胸の中央へと押し込まれた。


「ほら、聞こえませんか。私の心臓の音」

「聞こえる」


 ドクン、ドクン、と大きくそして早く鼓動していた。


「ね、緊張してるでしょ」

「そうだな」

「でも、怖くはないんです」


 不思議と、と美月は穏やかな声音で言った。


「貴方に触れてもらえることが嬉しいからでしょうか」

「ならもっと触れてやる」

「それで和らぎはしないんですが……」

「しなくていい。感じてほしいから」

「むぅ。イジワル」


 沢山触れて、美月に喜んで欲しい。

 もっと、この気持ちを伝えたいと思った。

 俺はお前を好きなんだと、愛しているんだと。伝わって欲しかった。


「ふふ。晴さんの手、冷たい。緊張してるからかな」

「お前の手は温かいな」


 手を握れば、それぞれの温もりを確かめ合う。


「キスして欲しいです」

「いいぞ」


 求めれば、応じる。


「「――ん」」


 吐息が重なる。


「もっと」

「……あぁ」


 何十秒も唇を重ね合わせる。


「ぷはぁ……ねぇ。もっと、もっと、して?」

「分かったよ」


 美月の頬が蒸気して、色香を漂わせていく。


「んむぅ……はあっ……はぁっ」

「んっ……んぅ」


 何度唇を重ねても、深く求め合っても、お互いに満足することはない。

 吐息が重なって、呼吸も交わっていく。熱い息が頬に触れて、絡めう舌が互いを強く求め続ける。


「ぷはぁ……なんでこれ初めてなのに、そんなに上手なんですか」

「はぁ……はぁ。知るか。お前が逃げようとするから追いかけてるだけだ」

「晴さんがエッチだから悪いんです」

「お前が可愛いのが悪い」


 反射的に逃げようとする美月が可愛くて、だからつい意地悪したくて追いかけてしまう。


「童貞のくせに、いっちょ前にキスは上手なんですから」

「もうすぐ童貞じゃなくなるけどな」


 声音は平常でありながらも、自分が興奮していることが分かった。それを証明するのは、痛いほどに膨らんでいる下半身だ。

 早く美月と一つになりたいという欲求に駆られながらも、でも晴はもう少し、美月の体を堪能したかった。


「ブラ、外すぞ」

「いいですよ。あ、私が外しましょうか」

「いい。背中浮かすぞ」


 は、はい。と美月がぎこちなく返事して、晴は美月の背中に手を回す。そして、ホックがある部分を探し出せばカチッ、と金具が外れる音がした。

 そのまま下着を取れば、


「んっ……いきなり揉まないでください」

「自制はしてる」


 でも体はいう事を聞かず、欲望が溢れてしまう。

 晴の手の感触に、美月は懸命に声を抑える。

 初めて触る美月の豊満な胸。押し込めば晴の手を包み込むように沈む感触を楽しみながら、晴はぽつりと呟いた。


「華さんが言ってたけど、お前本当に胸でかいんだな。あとめっちゃ柔らけぇ」

「何言ってるんのお母さん……大きくありませんよ。私の胸は女子の平均です」

「これCか?」

「……そろそろ、Dになります」

「発育がよろしいこって」


 視線を逸らしながら、美月が白状した。

 やっぱり大きいな、と胸中で呟きながら、晴は美月の豊満な双丘、その片方をひたすらに堪能する。痛くないように、努めて優しく揉み続ける。ずっと触り続けられた。


「触り心地が良い」

「ちょっと、恥ずかしいので感想言うのやめてください」

「安心しろ。自慢していいレベルだ」

「誰にも自慢しませんから⁉」


 顔を真っ赤にして叫ぶ美月に、晴は良いムードが霧散してしまったと苦笑。

 ただそのおかげでいくらか緊張も弛緩すれば、晴は余裕を見せ始めていく。そんな晴を見て美月が嘆息した。


「はぁ。余裕がない晴さんのほうが好きです」

「弄り甲斐があるからだろ」

「いつも晴さんにやられっぱなしなので、その分のお返しができますからね」


 言い訳することなく肯定した美月に、晴は「言ったな?」とジト目を向けた。


「そんな悪い嫁にはこうしてやる」

「んっ……強く揉んじゃダメっ……です」

「俺を揶揄ったお前が悪い。反論は受け付けない」

「やっ、ダメ……んんっ」


 強く握れば、美月が不意打ちに嬌声を上げた。

 晴が満足するまで触り続ければ、美月は荒い呼吸を繰り返していた。

 ただ胸を数十秒揉んだだけというのに、美月の顔は真っ赤になっていて肩で息をしている。


「感じすぎだろ」

「はぁはぁ。晴さんが無遠慮に揉むからです。バカ。おばか。執筆童貞エロばか」

「なんだその罵倒コンボは」

「エロ作家」

「俺は官能小説家じゃなくラブコメ作家だ」


 反論すれば、美月はぷくぅ、と頬を膨らませて「知りません」といじけてしまった。


「イジメ過ぎたよ、悪い」

「……じゃあ、罰としてキスしてください」

「ホントに好きだな。キスするの」

「はい。好きです。晴さんとキスするのが」


 この妻は嬉しいことを言ってくれる。

 そんな可愛い妻のお願いとあれば、応えない訳にはいかない。


「何度でもキスしてください」

「何度もしてやるけど、また感じるなよ?」


 眉根を寄せれば、美月は何か言いたげな顔をして一度言葉を飲み込んだ。

 それから、美月は嫣然と微笑みを浮かべて、言う。


「感じちゃいます。だって、好きな人にキスされるんですから。いっぱい触られてるんですから」

「――――」

「だから、貴方。いっぱい私を愛してください」

「骨抜きになってもしらないからな」


 美月が求めたから、遠慮はしない。

 さっきよりも激しく。美月と唇と舌を重ねる。美月が喘いでもお構いなしに胸を揉んで、呼吸が荒くなっても容赦なく美月と舌を絡め続けた。


「んんっ……晴ひゃん……いき、苦しいですっ」

「ぷはぁ。お前が求めるから愛情を注いでるだけだ。満足するまで続けてやる」


 何度も、美月の熱を確かめる。

 その嬌声も。唇も熱も体も全部自分のものだと分かれば、より一層体が火照っていく。

 でもまだ、本番はこれから。


「はぁはぁ……美月。そろそろいいか」

「はぁ、はぁ……はい。いいですよ」


 蕩け切った美月は、肩で息をしながら晴の要求に応える。

 美月の足に手を伸ばせば、今までよりも強く美月が震える。そんな美月を安堵させるように優しく長いキスをすれば、美月は完全な裸体になった。


「余裕ないけど、優しくする努力はする。痛かったら言ってくれ」

「ふふ、そんな私を気遣わなくていいです。晴さんは、私でたくさん気持ち良くなってください」

「一緒に気持ち良くならないとする意味がないだろ」


 愛したいから繋がりたいのであって、欲求を満たしたいから繋がりたいのではない。

 晴は美月を愛おしからこそ、共に喜びを味わって欲しいのだ。

 そう嘆願すれば、美月は「分かりました」と微笑みながら頷く。

 少しずつ、美月の足を開いていく。

 晴の下半身が、美月の秘部に触れた瞬間だった。


「ねぇ、晴さん……」

「ん?」

「私、今日凄く生まれてよかった、って思えました」


 晴の頬に触れて、美月が紫紺の瞳を潤ませながら笑った。

 そして、晴も美月と同じ想いだった。


「あぁ。俺も、生まれてきて良かったって思える」


 頬に触れた美月の手に、晴は口づけをした。


「(美月に会えてよかった)」

「(晴さんに会えてよかった)」


 お互い、言わずとも同じ気持ちだとは、もう分かるから。


「ありがとう――そして愛してる。美月」

「はい。私も愛してますよ――晴さん」


 そして晴と美月は、ついに一つに結ばれた。

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