第67.5話 『 八雲晴の生活 』
これはまだ、晴が一人暮らしを始めたばかりの頃。
「……今何時だ」
朝の陽射しはカーテンに遮られていて、アラームもセットし忘れた晴は重い瞼を抉じ開けながらスマホの電源を点けた。
「……七時か」
サラリーマンや学生ならもう起きてもいい時間だ。しかし、晴は小説家で原稿も今回は余裕がある。
それに深夜三時ごろまで執筆をしてたので、その分もう少しだけ寝られた。
「もう少し寝よ」
睡魔に誘われるまま、晴は二度寝。
晴は睡眠の質が悪いのか、よく起きてしまう。
というより、眠っている時でも小説の事を考えているのが原因なのだろう。
目を瞑って、それから意識が無くなるまで頭で話を書き纏める。意識が途切れればなくなってしまうのでは、という懸念は晴には杞憂だ。晴は一度作った
「……んぁ。そろそろ起きるか」
もう一度目が覚めてスマホを点ければ、時刻は十時を過ぎていた。
昼過ぎまで寝るのは流石にどうなのかと思って強制的に意識を覚醒させれば、毛布を剥いで体を起こした。
その重い足取りは顔を洗いに洗面所へ――ではなく、キッチンに向かって行った。
顔も洗わずキッチンに向かえば、冷蔵庫から飲料水を取って飲む。
ぷは、と息を吐いて、晴はガシガシと頭を掻いた。硬く、ベタっとした髪。そういえば、昨日は面倒だからとシャワーを浴びなかった。
「朝メシもいらねえや」
朝食も面倒だからと抜いてしまえば、晴は立ち込めた尿意にトイレへ向かった。
すっきりした後は、自部屋に戻ってスマホを三十分ほどイジる。
「さてと、そろそろ書くか」
肩こりと気怠さを覚えながらもスマホの電源を切って、晴は仕事部屋へ向かう。昨日は向こうで作業をしていたので、パソコンは仕事部屋にあった。
廊下を渡ってリビングへ着けば、そこには脱ぎ捨てられた自分の服や積み重ねられた本が無造作に散らばっていた。
洗濯はこの時間だと乾くかは微妙なので、今日も洗濯機の仕事はなかった。
足の踏み場がなくなるまでか、着る服がなくなるまで、それまで晴は洗濯機を回さない。
仮に回したとしても、お急ぎの一択だった。
それから、空腹で頭がおかしくなるまで晴は執筆を続ける。
十四時ごろに昼食を摂るが、大抵はカップ麺とコンビニで買ったおにぎり一個だった。
あまり食べ過ぎるとまた睡魔が襲ってきて脳が鈍くなるので、晴は満腹感よりも空腹感を凌げることを優先にしている。
「くあぁぁ」
大きな欠伸をかけば、執筆を五時間ほどで一時中断した。
時刻はすっかり十九時を回っていて、そこから約九十分ほど休息を取る。
その間も、ご飯は面倒だからと食べなかった。
二十一時ごろ、晴はあともう少しと執筆を再開した。
ようやく満足すれば、もうあと一時間ほどで日付が変わろうとしていた。
流石に二日連続体を綺麗にしないのは気が引けたので、風呂場へ向かおうとする。その最中に視界が揺らぐが、無視して足を動かした。
シャワーを浴びて、さっと体を綺麗にした後は冷蔵庫からコンビニで買っておいた弁当を取り出した。
温めて、食べて、空になった容器はゴミ箱に入れる――が、そのゴミ箱もいつの間にかいっぱいだったので、仕方なくシンクに放り込んだ。
ゴミも、もう何週間も出していないせいでパンパンに詰まった袋が溜まっていた。流石に捨てないとキッチンに立てなくなるので、今週の可燃ごみの日に出すと決めた。
それから自部屋に戻れば、照明を点けてベッドに潜り込んだ。
一時間ほど動画を見て、瞼が重くなるとそれに抵抗することなく目を瞑った。
けれど、意識が途絶える間までは、晴は頭の中で物語を進めていた。
勝手に綴られてしまう物語は、晴の安寧を喰らって進んでいく。盛り上がるであろう場面で目が醒めかけたが、寝たいという意識が強く働いて瞼が緩んだ。
「すぅ。すぅ……すぅ」
ふ、と無意識に強張っていた体から力が抜ければ、そのまま微睡に意識は奪われる。
そうしてまた数時間後に目が醒めて、もう一度眠って起きる。
毎日。その繰り返し。
まるで、機械かのように、晴はそんな日々を送り続けた。
そんな生活を改めようと思って雇った家政婦。
そんな生活を見ていられずお世話をしてくれた慎。
そんな生活を整えてくれた美月。
小説に囚われていた晴は、その時はまだ手を指し伸ばしてくれる存在が現れる事を想像もしてなかった。
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