第67話 『 嫁の生態調査――① 』
晴が結婚したのは、極々普通の女子高生だった。
その事実を改めて振り返ろうとして、晴はアイディア出し用ノートの一ページに【美月の生態】についてシャーペンを走らせた。
「……アイツの好物はパスタ」
その中でも一番はナポリタンなそう。休日のお昼なんかにはよくパスタが出てくる。パスタの次に好きなのは、サンドイッチらしい。当然、甘い物も好き。
苦手なものはたくあんと辛い物だが、ピリ辛は大丈夫なそう。
「あいつもわりとよく食うよな」
晴の好物は断然肉なのだが、美月もガッツクほどではないがお肉は食べるほう。焼き鳥は塩が好み。
「飲み物で好きなのはレモンティー。紅茶……最近はカフェオレ飲んでるイメージのが強いんだよな」
晴の影響か、美月は出先でカフェオレを注文しているところをよく目にしていた。
晴はミルク多めだが、美月はコーヒー多めのカフェオレが好きなようだ。
そんなに甘いもの摂取してたら将来糖尿病になりますよ、と恐ろしいことを言われたので、最近はお茶もよく飲むようにしている。お茶うまい。
美月の好物はこのくらいにして、次にいく。
「いわずもがな家事は完璧だな」
掃除に料理に裁縫と、女子高生とは思えないハイスペックな能力を誇る美月。
小説(仕事)特化型が晴なら、美月は万能型といったところか。
掃除はおそらく、この日にどの箇所をやるのか決めているのだろう。もう二カ月近く一緒に住んでいるし毎日美月を見ているから、晴でも分かった。本当にマメな子だ。
料理の腕前は語るまでもなく上級。いっそ店でも開けるのでは、と思えるほどにレパートリーは豊富で味付けも絶妙だ。
小さい頃から母親である華の為に料理を続けてきたが故の賜物なのだろう。
美月の料理は、どれもがほぅ、と心の底から安堵する味なのだ。特にみそ汁は別格で、豆腐とわかめ、油揚げとオーソドックスでありながらも毎日飽きることなく飲み続けていられる。それもそのはず。出汁は市販のものではなく、昆布と鰹節を使って一から取っているのだから。どうりで繊細な味になるわけだし、手間もかかっている訳だ。本人は「慣れれば晴さんでも出来ますよ」というが、面倒なので晴には真似できない。
「勉強もできるとか、あいつ完璧超人かよ」
ハイスペックな美月の有能ぶりは、家事だけには留まらない。
勉学も恙なくこなせるようで、成績も上位だそう。
『赤点? 取る訳ないじゃないですか』
前に勉強について聞いたとき、美月は鼻で笑いながらそう言った。
まぁ、リビングで勉強しているところをよく見ているから晴の心配も杞憂なのだろう。
家事もバイトもやっていてよく成績を落とさないものである。晴は執筆ばかりでいつも赤点ギリギリだったというのに。
家事に学業にバイトそれに晴のお世話と休んでる日があるのかと思う美月だが、本人曰くちゃんと休んでいるそう。
「風呂に入る時はいつも入浴剤が入ってる」
晴をリラックスさせるためかと思いきや、どうやら自分がリラックスするためらしい。勿論晴のことも配慮されているが、快眠と適度に休むことが多忙な日々を送るコツだそう。
本当に強かな子だ。
「最近は俺によく甘えてくる」
晴の何がいいのか、同棲を始めたばかりの頃はスキンシップをあまり取らなかった美月が、結婚を境に頻繁に晴にスキンシップを要求するようになった。
手を繋いだり、キスをして欲しいとか、もっと長いキスをしろだとか、日に日に美月の要求は高くなっていく。
晴も美月にはいつもお世話になっているので、むやみに断れないからつい応じてしまう。
「あいつとはそれなりにスキンシップを取るようになったが、やっぱり慣れねぇな」
美月の要求には答えるが、晴のほうからはあまり要求はしない。
思えば、手を繋ぐも、キスをするのも、全部美月から「して」と強請られてからしている。
それは男としてどうなのかと思ったが、晴としてはどう美月に接していいのかいまだに戸惑っているのだ。
抱きしめたい、と思わない日がなくもない。
普通にいい匂いがするし、あの体は非常に抱きしめがいがありそうだ。晴のほうから抱きしめて、美月がどんな反応を見せるのかも気になる。
以前の美月は高飛車な猫ようだと思ったが、今はそうは思わない。ご主人様の常に傍にいたがるような、そんな甘えぼうの猫にみえた。
――触れてみたいと、そう思った。
喜ぶのか、恥じらうのか、照れるのか、驚くのか――晴が触れた美月がどんな反応をしてくれるのか、凄く興味があった。
「あぁ、俺結構アイツのこと考えてるのか」
自分でも気づかなかった感情を知れば、ふと笑みが零れる。
――『晴は変わったよ』
慎が最近、晴に会う度に口にする言葉。
本当に自分は変わったのだと、つくづく実感させられる。
でもまだ、逡巡はあって。
――『自分の人生と小説。天秤に掛けるならどっちだ』
「――――」
いつかの、自分自身の問いかけが、唐突に脳裏に過った。
それは思い浮かべていた妻の微笑みを掻き消して、あの日の決断を思い出させる。
――『手出しは無用すっよ、ハル先生。いま私の邪魔したら、コンビ解消っす』
また、ふと数年前の回想が脳裏に過った。
薄暗い部屋で、自分自身に追い込まれたミケとの会話。追い込まれたミケに手を出さなかったのは、晴も同じ境遇に立ったことがあるから。
――全部いらない。小説が書けるなら、全部捨ててやる。
本当に全部捨ててしまった晴はいま、何故か結婚して、順風満帆とはいわずとも満足した日々を送っている。
好きな小説を書けて。
好きだと思える人と、同じ時間を過ごしている。
「俺は、それが許されるのだろうか」
述懐が、晴の美月に触れたいという願いを拒んだ。
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